§2急速な接近

 千宙はサッカー部、七海は陸上部を任され、放課後は部活指導に明け暮れた。1週間が過ぎ、千宙は土日も部活動の練習試合に駆り出されて休む暇はなかった。来週からは授業を受け持つ事になっており、七海は寮に帰って教材研究に没頭した。

「立松先生、日焼けして真っ黒ですね!昔の千宙君みたいで懐かしいな!」

「梅枝先生は、お勉強してたの?自信満々の顔をしてるよ!」

 2週目に入って余裕ができ、俺たちは昔のように冗談を言い合うようになっていたが、心にはいくつかのわだかまりがあり、真から打ち解けてはいなかった。


 二人の心は急速に再接近したものの、間に立ちふさがる壁を取り除くためには、いつか正面を向いて話し合う必要があると感じていた。週末になって七海は元気がなく、千宙はそれに気付いて話し掛けた。

「どうしたの、何か悩んでいるの?良かったら話を聞くよ!」

「うん、ありがとう。でもここでは、ちょっと話しづらいかも!」と彼女は、他の実習生の目を気にしていた。俺についての事なのか、彼らに関係する事なのかは分からなかったが、頼りたい気持ちが伝わってきた。皆にばれないようにそっと、

「相談に乗るから、俺の家においで。連絡すれば、母が夕食ぐらいは準備するよ!」とメモを渡すと、「えー?千宙の家に?どうしよう!行っても良いのかな?」と珍しくいじいじと思い悩んでいる彼女が、可愛らしかった。


 千宙は思いあぐねている七海を強引に誘い、家に向かった。歩いて帰る道すがら、姉の萌香もえかが結婚した事、父は単身赴任で留守な事、母は千宙が家を出てから独り暮らしでいる事など、家の事情を話して聞かせた。七海は話しを聞きながら、見覚えのある景色を眺めて、自分自身を中学時代にタイムスリップさせていた。

「あらまあ、七海ちゃん?千宙から実習で一緒だと聞いて、ぜひ家に連れて来て、と言っていたの。だって、中学の時のガールフレンドに会えるなんて、奇跡よ!」

 母の遠慮のない言葉に、彼女ははにかんでいたが、顔が引きつっていたのが知れた。俺は間に入って取りつくろい、3人で食卓を囲んだ。食事が済んだ所で、彼女を自分の部屋に連れて行った。

「わあ、千宙の部屋だ!あの時とあまり変わってない!どうしよう、懐かし過ぎて頭が付いて行けない。こうして千宙といるのが自然で、当たり前に思えてくる。」

「俺も、何か変な気持だ!七海が俺の部屋にいるなんて、不思議な気がするよ。」

 しばらく思い出話をしていたが、七海の悩みを訊く事にした。

「わたしが担任しているクラスの男子なんだけど、早熟というのかませているというのか、エッチな質問を平気でしてくるの!」

「そういう年頃だからね。でも、思うのは仕方ないけど、口に出すのは駄目だな!」

「話しにくいけど、キスした事があるかとか、エッチはとか聞くの。それだけなら聞き流すんだけど、わたしと千宙が中学の時に付き合ってたのを知っていて…。」

「ちょっと待って!その子の名前は?1年生だよね。」と俺は思い当たる節があり、訊き返した。案の定、サッカー部の生徒で、その子は俺にもしつこく訊いていた。

「田村だよ!あいつが俺たちの事を、面白おかしく吹聴ふいちょうしたんだと思う。明日部活があるから、その子にはよく言っておくよ。来週には、田村を取っちめてやる!」

 七海は恐縮そうにしていたが、俺にも関わる事だと思って意気込んでいた。


 部屋で話し込んでいると千宙の母が飲み物を持って来て、「七海ちゃん、泊まっていっても良いわよ!」と出し抜けに言ってきた。二人は顔を見合わせて、首を振って笑っていた。

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