§1千宙との仲

 秋庭あきば二奈にいなは長崎の公立高校を卒業し、東京の千里大学薬学部に入学した。一般教養の講義で立松千宙の隣に座り、会話を交わすようになった。

「わたし、薬学部の秋庭二奈と言います。長崎から出て来て、東京の事は何も分からないので、いろいろと教えてくれるとありがたいです!」

「一人暮らしなの?俺で良ければ、力になるよ!俺は理学部の立松千宙。よろしく!」

 立松さんは物静かで派手な感じもなく、好感の持てる男子だった。講義の後、学食で食事をしながら、出身高校や大学の事などを話した。


 二人は学内で時々昼食を共にし、お互いを理解して親しい仲になっていった。千宙は駅近くの居酒屋でバイトを始め、二奈も近くのカフェで働いていた。バイト上がりの時間が一緒になった時があり、偶然に出会った喜びを隠せなかった。それからは、大学の外でも会うようになり、お互いに好意を抱くようになった。

「立松さんは、彼女がいるの?大学とバイトで忙しそうだから、もしいたら可哀かわいそうだなと思って。」と私は探りを入れてみた。

「今はいないよ。高校の時の彼女とは別れたけど、心に秘めた人はいるかな。」

「すごく意味深な発言ですね!その人のこと、聞きたいな。」と言ったが、彼は口を閉ざしていた。仕方がないので、私から自分の恋愛話を語った。


 二奈には高校2年生から交際していた同級生がいて、彼は長崎の大学に進学した事で別れざるを得なかった。まだ好きだという気持ちを残したまま、帰郷した時に会う事も考えたが、長崎と東京の距離を考えて決断した。その話を聞いた千宙は、心に秘めていると言った梅枝七海を思い浮かべていた。中学生の別れと高校生同士の別れとでは、似て非なるものだと分かっていたが、二奈の打明け話に心が動いた。

「その彼を、まだ好きなんでしょ!ケンカ別れでもなく、よく決断したね!」

「その時はもめて、ケンカ別れみたいなものですよ!わたしが何で東京の大学を選んだのか批難されて、俺が嫌いなのかと責められて、散々でした。」

 私が心の内を吐き出した事で、彼は思い出しながら話し始めた。

「俺は中学の時だけど、同じような経験をしている。1年ぐらい付き合っていたその子が、静岡に転校になったんだ。それで誤解やら何やらが生じて、別れるしかなかったんだ。秋庭さんの別れのつらさとは比較にならなくて、ごめん!」


 千宙はさらに、大学生になって好きな相手がお互いにいなければ、会う約束をしたという手紙の内容についても話していた。

「早く連絡した方が良いよ!何をためらってるの?立松さんには彼女はいないけど、相手の子がどうだか分からなくて怖いんだね。会ってみないと、分からないよ!」

 私は彼の話を聞いて胸が熱くなり、励ます立場になっていた。


二奈はこの日、千宙に告白しようと思って探りを入れたのだが、思わぬ話の展開に白旗を上げた。ただ、じくじたる思いはなく、彼の行動を駆り立てていた。

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