第12話 美人と変態と凡人と。
太陽は獅子王副会長の拳を掴んだまま、彼女に微笑んでいる。
「くっ、何を笑っている。貴様、手を離せ!」
獅子王副会長は、かなりご立腹のようだ。
「太陽、謝れって」
「そうだね。うん。獅子王副会長、ごめんなさい。そんなに怒るとは思いませんでした」
太陽は謝った。だけど掴んでいる手は離さない。
「……ま、まぁ、謝るなら許す。だから……手を離してはもらえないか?」
獅子王副会長は掴まれている手を離そうともがいていた。だけど、どうやっても離せないので少し弱気になっているようだ。
「それはちょっと無理ですね。超絶性格が良くて超絶美人の手に触れる機会はそうそうないので離しません……グヘヘ」
獅子王副会長の顔が青ざめる。太陽の発言にドン引きしたみたいだ。
「私は性格は良くはない。それに美人でもない。だから手を掴み続けなくて良いだろう」
「わ〜お。それは嫌味になりますよ〜。他の女子が聞いたら嫉妬しますよ〜」
獅子王副会長は困惑している。
「キ、キミ。太陽君に手を離すように言ってもらえないか?」
二メートル離れた場所から、二人を眺めていた俺に助けを求める獅子王副会長。
「太陽、時間内に学校に戻れないから、そろそろ出発しないか?」
「う〜ん……仕方ないなぁ。分かったよ」
俺の提案を受け入れ、太陽は掴んでいた手を離した。獅子王副会長は安堵の表情を見せた。
「よ〜し、じゃあ行くか。レッツゴ〜」
「ちょっ、待てよ」
太陽が何事もなかったように走り出した。俺も後を追うように走り出す。
「……強いな」
獅子王副会長の横を通る時、ボソリと彼女は呟いた。その視線の先には太陽がいる。
俺は太陽に追いつき並んで走る。歩きより少し早い速度で。振り返ると獅子王副会長は五メートル後方を走っていた。
しばらく走ると最初の給水所に到着。かなり遠くの前方に走っている生徒が見える。
給水所で水分と塩分を補給をする。雲一つない快晴。すでに暑い。熱中症に注意しないとね。
「くは〜。可愛い子が入れたスポーツドリンクは美味しいね。疲れが吹き飛んだよ。ありがとね」
太陽は給水所にいる下級生の女子にお礼を言っている。その言葉になんと返して良いのか分からず、愛想笑いをしている。
「彼は誰にでも口説き文句を言っているのか?」
太陽を見ながら、呆れ顔で俺に聞いてくる獅子王副会長。
「そうですね。普段からあんな感じです」
「そうか……」
獅子王副会長は少し寂しそうだ……何故だろう?
「ところで、獅子王副会長はどうして最後尾を走っているのですか?」
なんとなく別の話題に変えた方が良さそうな雰囲気なので、俺は獅子王副会長に質問してみた。
「ん? ああ、私が最後尾を走るのは、途中で体調が悪くなった生徒を救護する為だな。副生徒会長の最後の仕事だ」
「なるほど。大変ですね。知らなかったです」
「……キミは優しいな。太陽君と違って尊敬に値する」
……う〜ん。俺の意図がバレてる? さすが獅子王副会長。だけど尊敬されるほどの事では無いと思うけど?
それからも太陽は、給水所で水分補給をする度に女子に感謝の気持ちを伝えていた。獅子王副会長は呆れていた。
◇◆◇
「もうすぐ頂上だな」
並走する太陽が俺に声をかける。頂上を目視できる距離まで来た。
「そうだな。このペースで行けば、ギリギリ間に合うな」
俺達は雑談しながら走っていた。まだまだ余力はたっぷりある。
俺は後ろにいる獅子王副会長が気になり、振り返り彼女をチラッと見た。
無表情で走る獅子王副会長。息切れはしていない。だけど汗はかなり出ている。体操服がグッショリ濡れていた。
俺は少し心配になり獅子王副会長の隣に並んだ。
「どうした?」
「大丈夫ですか? 汗、かなり出てますけど」
俺は獅子王副会長に体調を尋ねた。
「何も問題はない。水分と塩分はちゃんと補給している。キミも私と同じで汗まみれだろう? キミが疲れていないなら私も疲れるはずはない。太陽君は……汗ひとつ出ていないな。凄いな彼は。一体何者なんだ?」
前を走る太陽の体操服の背中はサラッとして濡れていない。こちらを振り返った顔にも汗はなかった。
「そうなんです。アイツは凄い奴です。なんでも出来るんです。だけどちょっと……いや、かなりの変態ですけどね」
「そうか」
『フッ』と笑う獅子王副会長。納得したのかな?
「お〜い。はやく来いよ〜」
頂上の給水所に到着した太陽が俺達を呼んでいる。
ん? あれは……。
その給水所には給水係の生徒達がいる。その中には二人で楽しそうに話をしている静香と生徒会長がいた。
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