第865話_資料提供
とりあえずもう出発しなきゃいけないから、私はお湯のポットやお茶淹れの作業用テーブル、そして仮設トイレを収納空間に戻した。
当然それ以外の片付けは兵に任せます。軽く身体を伸ばした後、馬車に戻る。
今のメインの仕事は女王の護衛である為、バイオトイレの設計図を書くのはあんまり集中し過ぎないように気を付けよう。
元々、スラン村のトイレを一新する際にルフィナ達向けへ図面を引いてある。ただ、魔法陣のことは私の領分だったから書いていないし、スラン村用は動力源が私の魔法石になっていることもあり、その部分も使えない。
でもさっき使った仮設トイレは、魔法石なしで作っている。だから間を取るようなものだね。
このトイレを五、六人で使う場合は一週間に一度くらい魔力を充填する必要がある。スラン村のものであれば同じ人数で二か月に一度くらいかな。スラン村は私の魔法石があるせいで百年使えるだけ。
さておきマディスに魔力売買の仕組みがあるなら、定期的に魔力を買うことで平民にも使うことができるかもしれない。ウェンカインは……分からないが、まあその辺りは自分達で考えるだろう。
排泄物の分解速度を落とせば魔力消費を減らせること、それを魔法陣のどの部分で調整するのか等、詳しく書きまとめておく。
基本的に難しい部分は全て魔法陣に組み込まれているけど、魔道具の基礎的なことを知っている前提の説明なんだよな。私が今書いた説明で、きちんと伝わるのか少し不安になってきた。
「カンナ、此処の記載の意味わかる?」
資料が完成した時、ふと隣を見たらカンナが起きていたのでこれ幸いと尋ねてみる。正面の女王に聞いても良かったか? いや、ウェンカイン王国側にも渡すことを考えれば、最近になって魔法陣の勉強を始めたカンナに聞くくらいがちょうどいいか。
十秒ほど資料を見つめた後、カンナが「はい」と言って頷く。
「此方と、此方の二箇所が対象となるように意識して発動する、と読み取れました」
「そうそう、正しいよ。確認ありがとう」
カンナが分かるなら、流石に王宮の専門家であれば問題なく読み取ってくれるだろう。あとは目の前の女王もしくはケヴィンが理解できればオッケーだね。
ベルクにも渡す為の複製をきちんと用意してから、資料を女王に手渡した。四枚くらいの紙だ、ケヴィンの小さい鞄でも入るはず。
「分からないことがあったら今の内でも良いし、後日、ウェンカインの王様経由で問い合わせてくれてもいいよ」
今のような状況で呑気に資料が読めるかは分からない。それに今「理解できた」と思っても後日分からない点を見付けることもあるだろうから。
女王は資料を受け取ると、「感謝する」と素直に礼を述べてくれた。
結局、女王とケヴィンはそのまま身を寄せ合って熱心に資料を読み込んでいた。すごく気になっていたらしい。
進行方向に背を向けて座っているのは私とカンナの方だとは言え、あんまり熱心に読むと酔っちゃわない? 窓の無い馬車だと、元々そこは関係ないのかな。まあいいか。私は護衛に集中しよう。
この後の道程は、私の結界がかなり機能したみたいでほとんど魔物の強襲を受けることなく順調に進んだ。
資料も女王達はよく理解できたようだし、一旦は心配ないみたい。
さっきのような休憩を更に二回挟み、夜明け前に王都が見える位置に到着する。女王達とカンナは休めそうなタイミングで何度か眠っていた。ちゃんと休息になっていたらいいな。
「間もなく王都からも、我々の影がはっきりと見えるようになります。軍旗を掲げて慎重に進みますが、魔物らは勿論のこと、マディス軍からの攻撃の可能性もゼロではありません。警戒をお願いします」
「はーい」
緊迫したベルクの言葉にも、私は間延びした返事をした。
流石に此処からは誰も寝ちゃいけない。急に攻撃が来て馬車が横転する可能性もゼロではないからね。
気を取り直すように軽く首を回して、姿勢を正した。返事は呑気だけど、気合いは入れているよ。
少し遠くでベルクの声が聞こえる。言葉はほぼ聞き取れなかったものの、「全軍、前進!」という最後の号令だけは、はっきりと聞こえてきた。
なお、見える位置で下手に急いで接近すると王都の民や兵を警戒させる可能性が高いので、馬には堂々と
流石にこの距離なら一分一秒を争って急いで到着しなくても、魔族に入念な準備時間を与えずに済むはずだ。多分ね。今まで気付いていなかったらの話。
次の停車は、王都の東門前だった。夜はすっかりと明け、私達の姿はマディス王都を守る兵から見落としようがない。城壁の辺りに警戒した兵が集まっている様子を、小さく開いた窓から覗き見る。
「女王からの援軍要請に応え、ウェンカイン王国から参った! 王都を狙う魔物らの掃討、並びに魔族討伐を支援する!」
門から一定の距離を取って停止し、ベルクが叫ぶ。後方にはそう大きな声に聞こえないが、彼の傍に付いている魔術師が拡声魔法で補助し、王都城壁に届くようにしているはず。
きっと今頃、城壁側の兵らは戸惑っているだろう。
動きがあるまで少し待たされた。でも、それもたった十数分ほどのこと。すぐに二名の騎兵が此方に確認に来る。
思っていたより早いな。上司に確認します~って一時間や二時間は待たされるかと思った。
「出るよ、女王」
「ああ」
馬車の扉が恭しく叩かれ、呼ばれるのに応じ、馬車を降りる。女王からの要請であることを証明しろ、という話になったようだ。当然だね。
確認に来ていた二名は馬車から現れた女王の姿にぎょっとした顔をすると、慌てた様子で馬を下りてその場に跪いた。ほぼ落馬の勢いだったけど、二人のお膝は大丈夫かな?
「妾が此処に居ることが他でもない証明であるが、今は油断していられる状況でないと理解している。確認の魔道具を持て」
「直ちに!」
騎兵は来る時とは比べものにならない速度で門へと戻り、とんぼ返りするくらいの速度で四人に増えて再び此方にやってきた。
そして改めて女王の前に跪き、かなり低い姿勢を保ったままで女王の証を確認する。証明を終えれば更に平伏しながら、東門の即時開門を宣言した。
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