第823話

 私の上に身体を落ち着かせているナディアを見下ろす。ところでこの体勢を取る意味って何かあったのだろうか。私は幸せだからいいんだけど。お尻を撫でたら怒るかな。うん、怖いからやめておこう。

「そういえば、匂いってどうやって付くの?」

「教えない」

「えぇ……」

 前も教えてくれなかったんだよな。獣人族だけの秘密なんだろうか。私からの文句を封じ込めようとするみたいに、頬にグイグイと額が押し付けられる。むぐぐ。

「今、付けてる?」

「うん」

 普段はこんな可愛いスキンシップしてもらっていなくても付いているみたいだし、うーん、分からない。不思議な仕組みだね。さておきナディアが「ええ」じゃなくて「うん」って返事する時がちょっと可愛くて好き。

 私が首を傾けてもグリグリと擦り寄るばかりで何も教えてくれないが、段々嬉しくなってきたからまあいいか。ぎゅっと腰を抱いた。そろそろもう我慢できない。

「ナディ、かわいい、好きだよ」

 口付けながら身体を反転させて、彼女を組み敷いた。急な体勢移動も予想済みだったのか、ナディアは驚きもせず大人しい。丁寧に服を脱がして、肌に触れた。愛を籠めて身体を撫でては唇を落とし、「好き」だと囁くほど。さっき呼び起こされた私の中の大きな感情が動きたがって、身体が疼く。

「……ああ、ちょっと、まずいな」

 唸る私を見上げたナディアが、不思議そうな色を瞳に籠めてゆっくりと瞬きをした。

「刺激した責任取って、今夜は少し、がんばってくれる?」

 何の話かをすぐに察してくれたナディアは、寝そべったままで器用に肩を竦めた。

「本当に藪蛇やぶへびだったみたいね。……いいわ、明日に持ち越さないでくれるなら」

 明日――つまりリコットがとばっちりを受けないなら構わないってことらしい。ナディアらしくて笑みが浮かんだが。目の前に愛したい女の子が居る時に、他の子のことを思い出すのは好きじゃない。首を振って、改めてナディアの身体を抱き締める。柔らかなそれは少しも抵抗を示すことなく、私の腕に身を任せてくれた。


 そうして、いつも以上に理性の働かない夜を過ごして迎えた朝。

「ナディ、おはよう。大丈夫? 起きられる?」

「んん……」

 私の目覚めもそんなに早くなくて、そろそろ起きなきゃいけない時間だった。腕の中でぐっすり眠っているナディアを抱き直し、声を掛ける。返った声に不機嫌さは無く、ちょっと柔らかいというか、甘い唸り声。可愛いなぁ。慰めるように背を撫で、首筋や肩に唇を落とす。

 まだ寝惚けているらしいナディアは身体を縮めて再び唸る。でもすぐに覚醒したらしく、深呼吸を挟んでから、私の身体に腕を回してくれた。

「……まだ引き摺っている?」

「ううん、君が愛しくなっただけ」

 許可なくナディアの身体に口付けを落としていたせいか、まだ昨夜の熱が残っていて、続きを欲しがっていると思われたらしい。欲しくない日なんか別に無いが、それはさておき。昨夜たっぷりナディアに癒してもらえたから、余分に溢れていた分はもう収まっていた。

 ナディアは「そう」と応えながらも私を宥めるように後頭部をのんびり撫でる。どうどうってされている馬みたいな気持ち。でも引き剥がそうとはしないので、気が済むまでナディアの胸やデコルテに顔を埋めて頬擦りやキスをした。

「もうこんな時間だったのね」

「んー、名残惜しい」

「ふふ」

 笑っていらっしゃる。まだ眠いのか、妙にナディアが緩い。数秒後、ナディアの唇が私の額に触れた。ぶつかったとかじゃなくて、明らかにキスをしてくれた。

 思わず顔を上げると、確かに口元を緩めて柔らかい表情をしたナディアと目が合う。

「そろそろ起きましょう」

「ん~~~やだ。もうちょっと!」

 覆い被さってナディアの柔らかい頬に擦り寄ったら、「もう」と文句を言われた。だけど声が笑っていた。嬉しくていっぱいキスをして、肩に繰り返し甘噛みをする。ナディアは呆れた顔をしながらも怒らなくて、ずっと私の背中をよしよしと撫でてくれていた。

 いつまでもベッドに縛り付けたせいで時間的な余裕のない帰宅をしたものの、何とかいつも通りの時間に朝食を取った。その後。

「……なんかアキラちゃん昨日よりぼーっとしてない? 熱は?」

「え~、ないよ~」

 カウチに寝そべって溶けていたら、心配そうな顔のリコットが覗き込んできた。無いよって答えたのに、リコットは尚も私の額に触れて検温している。無いよ~。

「多分ナディアお姉ちゃんに甘やかされて溶けてる」

「……べ、つに、特別甘やかしたわけじゃないわ」

 鋭く投げられたルーイの言葉に、ナディアはちょっと咳き込んでから応えていた。いやー、たっぷり甘やかしてもらったけどな。しかも本人にも自覚があるらしくて、タグが見事に『嘘』を出していた。……告げたら酷く絞られそうだから、私はニコニコするだけで黙っておく。

 だがリコットには多分バレていて、目を細めて「ふーん」と呟く。どういう感情だろう。

「私は奥の部屋に行くわね。アキラの靴もそろそろ仕上げたいから」

 逃げちゃった。居心地が悪かったらしい。かわいい。他の子達も声に出さずに笑っているので、これはリコット以外にもバレてるねぇ。

 そんな愛らしい長女様のお陰か、一瞬だけ不機嫌に見えたリコットも苦笑し、肩を竦めてからソファに戻っていった。

「午後になったら~、おさんぽします~」

 カウチで溶けたままで呟く。女の子達が振り返った。

「どこに行くの?」

「サラとロゼを撫でてから……適当に歩いて、子供達を連れて行く店を下見する」

 私はまだ戻ってきてからサラとロゼを構いに行っていない。顔が見たい。そして明日は子供達を美味しいカフェにご案内しなければならない為、候補の店を確認して予約を取らなければ。

「それじゃ、ルーイと私はだめだね。リコット、行ってもらっていい?」

「分かった、私が付き添うよ」

「おねがいします~」

 ぐんにゃりしたまま、情けない声で返事をする。女の子達が「午後になったら動けるようになるのかな」「カンナおんぶしなきゃいけないかも」「私は問題ございません」とか会話していた。問題は大ありだよ。そんな状態になってまで散歩しないよ。

 幸い、お昼前にはしゃんと立ち上がり、昼食をしっかり調理し、たっぷり食べることが出来た。おんぶも抱っこもされませんよ。

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