恋多き西村くん

キタハラ

第一章 最初の彼女、木下莉央

1−1

 彼の名前は西村九亮。読み方は、にしむらきゅうすけ。なんだかとぼけた名前だ。その名前の由来を聞いたとき、わたしはなんとも言えない気持ちになってしまったのだが、いま説明するのも味気ないので、後日あらためて。

 西村はわたしと同じ十七歳で、身長は百七十八センチで、高身長のくせに、わりとしっかりとした身体つきをしている。いかにも運動をしていそうだけれど、とくになにかに打ち込んでいるわけでもない。かといって、鈍臭いわけでもない。うちの高校の部活は弱小で、やたらと西村は助っ人を請われる。で、そこで活躍したりする。なので他校の女子にも名が知れている。

 つい最近も、サッカー部の練習試合に助っ人に行って、試合が終わった頃にはS NSで、「堀高のサッカー部のイケメンやば」なんて隠し撮りされた写真とともに投稿されたりしていた。

 つまり、やつはむかつくことに、かっこいいらしい。

 わたしは正直、西村のことを見慣れているし、その性格とか振る舞いをよくわかっている。たぶんそういう情報を込みだから、なんとなく西村をかっこいいなんてどうにも思えない。

 うん、たしかに眉もくっきりしているのは認める。

 そのわりに薄味な全体の顔立ちで、なんだかユニクロとか無印のモデルでいそう、に見えなくもない(らしい)。

 清潔感がある、というやつ。

 本人がそういうところを鼻にかけたり、自分のことを格好いいと思っているそぶりが微塵ともないところが魅力を引き立てている(らしい)。

 まあわたしはやつの容姿で唯一褒めてもいいと思えるところは、頭の形で、とても綺麗だ。これは、やつの両親が、絶対絶壁にしてはいけない、と赤ん坊のときから気にして、寝ていると無意識に頭を押しつけようとする西村を位置をずらしたりした努力の賜物だ。「坊主は髪で頭を隠せないから」だ、そうだ。彼は寺の跡取り息子なのである。

 わたしは西村とは幼馴染だった。我が家はやつの寺の檀家だった。そしてわたしたちは、お寺に併設している保育園で一緒に遊び、小中高と恐ろしいことに全部一緒だった。

 完全に小学校のあるときまでしばらく、わたしと西村は「できてる」とか「付き合ってる」なんて囃されたりしていた。

 というのも、西村はその昔、おそるべき鈍臭さで、みんなのバカにされていたのだ。わたしもやつのことを、「しょうもないな」と思っていたが、西村が「莉央ちゃん莉央ちゃん」となにかあるとすぐに、のたのたと泣きべそを浮かべてやってくるのである。わたしは自慢じゃないが、いじめとかできないやつを排斥するとかっていう「集団をうまくまわすためのスケープゴート作り」なんてばかげたものが幼いながら大嫌いだった。そういうことをしなくてはまわらない集団なんて、こちらからお断りだったし、そんなゲームに乗っかる無神経なやつも、なかったかのように振る舞うやつも気にくわなかった。

 西村をいじめるやつを言い負かしたりときに蹴ったりしていたら、保護者たちからクレームが入る始末だった。

 わたしの両親も、西村の家族も事情はわかっていたが、どうにもできない。というわけで、うまくなじめない西村と、暴力的なわたしは、保育園で隔離されるようになってしまい、お寺の一室で過ごす、という事態になってしまった。

 わたしはお寺の線香の匂いが嫌いではなかったし、年の近い連中の暴力的でわがままを通そうとする根性の悪さを憎んでもいたから、せいせいしたものだったけれど、さすがに家族は困ったようだ。西村の父であるお寺の住職さんにさんざん謝ったのよ、と後年母がわたしに言った。

「あのとき住職さんはおっしゃったのよ。『いやむしろ、うちの九亮を守ってくれたんだ、こちらのほうこそ感謝しなくちゃいけない。お礼とかいいですよ。じゃあ、日曜日にやってる写経のイベントにでも参加してください。参加者少なくて困ってるんで』なんて言ってくれてね。ほんとうに素晴らしいひとだったわ」

 家族は熱心にお寺のイベントに参加するようになり、模範的檀家となったのであった。

 寺の境内は広く、わたしと西村は好き勝手にお寺で遊び回った。柵の向こうで園児たちがお遊戯をしたりゲームをしたりしていても、羨ましくもなんともない。あいつら柵の中で閉じ込められてらあ、くらいの気持ちでいた。

 相棒は西村だけだったが、かまわなかった。西村はわたしを慕っていたし、ちょっとできの悪い子分扱いして過ごすのも悪くなかった。

「ほんとうにわたしは恥ずかしくって、あんたと九亮ちゃん、完全に『ジャイアンとスネ夫』だったよ」

 と母がこぼす。

 親ってのは、どうも子供のことを、いつまで経っても実年齢より下に思っているものらしい。そして遥か昔の出来事をまるでついさっき起きたみたいに語る。

 もうわたし高三なんだよなあ、そんなガキンチョの頃のこと蒸し返さないでしょ、といつも思う。

 わたしと西村の幼い頃のエピソードは数限りない。二人して外に出てちょっと遠くのコンビニまで買い物しようとしたり、墓場でかくれんぼをしてわたしが見つからなくて西村が泣き喚いたり、開けてはならないという秘仏をむりやり開帳しようとしたり……。

 わたしたちは、無敵だったのかもしれない。

 でも、あのときを境に、そんな日々は終わってしまった。

 もうわたしはやつを、九亮と呼ばなくなった。名字で呼ぶ。


 この物語は、なぜか西村の観察者となってしまった、わたしの物語になるはずである。

 そして、西村に起きた、本当のことを記録する物語である。

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