第2話:よし町を出よう

 この世界に来た時、ゆりかごの上だった。


 輪廻転生……前世の記憶を持って生まれ変わったんだと思った。


 でも、俺を眺める夫婦は日本人じゃなかった。言葉もわからなかった。「あぁ、次はどこか外国人になるんだ」と、そんな余裕があった。


 母親に抱えられた時に見えた風景は、俺がいた現代ではなかった。未来でもなかった。肌触りの良くない質の悪い素材のワンピース。横にいる父親は髭は整えているが質素そのもの。品は良いと感じた。


 貧乏な家にの子に生まれ変わってしまったが、幸い俺は前世の記憶を持っていた。これは活かせると思ったので、この2周目はある程度まで楽をして成長できることになった。


 5年もすると、この世界は生まれ変わったのではなく、転移したのではないかと思い始めた。


 この世界はあまりにも過去。電気もなく、移動手段のほとんどが徒歩。中世ヨーロッパあたりのように思ったが、輪廻転生は過去に行けると思っていないというのは持論。過去の写真に現代のものが写っているというミステリーも話はあったが、ここはそれではなさそう。


 なぜなら、この家の周辺にある森に生息している生き物が、知ってる地球の歴史には存在しなかったものだからだ。


 家は森の中にこぢんまりとある。わかってきたは落ちぶれた田舎の貴族だったようだ。中央の権力闘争で、義に厚く世話になった派閥に与し、破れ、都から追われた。そしてこの森の奥にたどり着いた。


 この森にいるのは小さい動物も大きい動物も、基本的には無害。毒もない。奥過ぎて生き物の敵がいない状態のようで、すべてがまったりとしている。危険はないが、見た事がなかったいきものばかりだった。


 1歳になったときに仲良くなった柴犬みたいでじゃれ合ってた生き物は、4年もすると3メートルを超えて熊みたいになっている。どういう変態を起こしたのか、過程はわからない。


 俺は何かから解放されたかのように外に出て遊んでいた。体が軽く自由。田舎の落ちぶれ貴族で子爵(っぽい)でも領地は微妙にあるようで、生きるに困らない。


 1歳年下の弟は大人しい。ゆえに両親は俺に期待していた。成長して家を再興し、改めて中央に返り咲けるように剣の指導、マナーや法律など生きていくための勉強を叩きこまれた。


 前世で受験戦争で詰め込み教育を受けてきて、この世界に慣れれば2週目の俺には難しいことではなかった。


 あと数年で家督を継げる16歳だった時、急にやる気を出した弟がすべて俺を上回った。前の世界で40年近く、こっちの世界で15年近く生きてきてるので、勝てない相手というのは肌で感じることができる。


 そこから1年も経ったころには、両親は弟を溺愛。俺は16歳になって成人式を済ませたが、お祝いもなく、「家督は弟に譲るから、お前は旅にでも行きなさい」と家の全財産と言われた10万ベルほど渡されて追い出された。


 領地を考えると全財産が10万ベルってことはないのだが、弟に力を上回れた段階で、いずれは捨てられるのだろうなぁということは悟っていた。前の世界で身に染み付いた能力のおかげで、慌てることもなく旅に出ることができたのは、クソ野郎どもに感謝をしておいた。


 少し開けた町には、幼少期からお遣いで何度か来ていて、訓練の後にも小遣いで買い食いに出てきてたので顔見知りもいる。


「おう、今日はかしこまってるじゃねぇか」


 果物屋のオヤジが声をかけてきた。何度か盗み食いをして叱られたことがある。その都度母親が謝りに来てた。


「まぁ……ね」


 ノスタルジックに浸ろうとしてたが、事情はバレてた。


「あの弟じゃしかたねぇよ」


 ガハハハハと豪快に笑ってくれるけど、俺は笑えない。

 町で何か仕事がないかと思ったけど、景気は良いわけではなく求人も無い。なにより両親や弟が買い物に来るところで居座れるほど面の皮が厚いわけではない。


 せめてこの世界は賢く生きたい。


「お前が子爵様の家を継ぐとばかり思ってたんだけどなぁ」


 果物屋の隣の八百屋のオヤジが言う。小さな町なので、あそこの子爵の長男は次男より劣っている。かわいそう……という噂は当たり前になっている。


 だけど、考え方を変えると、すごくできる弟がいたということで、事実は、俺もそこそこ期待されるくらいの出来だったわけだ。


「まぁ……俺は自由に生きていくよ」


「それも良いさ。でもここはお前が育った場所だし、ガキの頃から見てる。ヤンチャも知ってるし許してきた。それはこの町みんながお前の親代わりだと思って接しているからだ。お前だけじゃなく、この辺のガキの面倒を見るのが大人の役目だ」


 何やら感動的なことを言ってくれる。前の世界で東京へ出るときは逃げるように出て行っただけに、こういうのは照れ臭い。


「そうだ、うんそうだ」


 言いたいことを果物屋のオヤジに言われてしまった八百屋のオヤジは頷くだけだ。


「お前は自由だ。だけど、ここがお前の帰ってくる場所だから、無理はせずに疲れたらいつでも帰ってこい」


「……ありがとう」


 10万ベルだけ持たせて追い出した両親よりも愛を感じる言葉だった。とてもありがたい。でも、戻ってくるつもりはない。今回、俺は何としても上手く生きる。まだ見えてないが、何かをつかむまで。


「じゃあ、俺、行くわ」


 俺は始まりの町を旅立った。

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