第110話 未踏破迷宮同時攻略作戦

「未踏破迷宮攻略作戦……」

「唯人。君は10年前のリベンジでもするつもりかい?」


 久次さんが秋篠唯人に問いかける。その声音は低く、久次さんからは射貫くような視線が向けられていた。


 福留さんの魔力を借りた時に見た二人の記憶が思い浮かぶ。……そうか、久次さんが福留さんを失ったのは、10年前に行われた富士ダンジョン攻略作戦だ。


「……いいや。それは先の話だ、比呂。まずは知床、琵琶湖、阿蘇。三つの未踏破迷宮を同時に攻略する」


「同時? 正気とは思えないね」

「正気でなくともしなければならないのさ。この国の秩序を守るために」

「秩序を守るため……?」


 どういう意味だろうか。

 首をかしげている俺たちに、唯人はゆっくりと語りだす。


「昨日の一件……東京のど真ん中で発生したダンジョン化は君たちが感じている以上に日本を大きく揺さぶったんだ。東京の公共交通機関はマヒし、流通が滞って株価も大幅に下落した。この混乱はしばらくすれば回復するだろう。けれど、人々の心に刻まれた不安や恐怖心は簡単に拭えるものじゃない。いずれ更なるダンジョン化が発生したとき、人々が平静を保てると思うかい?」


「……難しいだろうな」


 不安と恐怖は人々の間で伝播する。前世でそれを、レイン・ロードランドは嫌というほど見てきた。不安と恐怖はやがて民衆を突き動かし、そこで生まれたうねりは大概の場合に悪い方向へと進んでしまうものだ。感情的で、暴力的な方向に。


「だから、ボクたち冒険者が未踏破迷宮を攻略することで、国民に希望を示さなければならない」


 それが冒険者の使命だと言わんばかりに、秋篠唯人はそう宣言する。


 なるほど、冒険者を人々の希望の象徴にするわけか。……まるで、勇者みたいだな。


「……三つ同時である必要性は?」


 久次さんは険しい表情を崩さず、秋篠唯人に尋ねる。


「その方がアピールになる。いつどこでダンジョン化が起こったとしても、この国に冒険者が居る限り安全だと人々に知らしめるんだ」


「そのために大勢の犠牲が出るよ、唯人」


「承知の上だ。協力してくれ、比呂。作戦の成功には君の力が必要なんだ」


 かつてパーティを組んでいた二人は、互いに視線を逸らすことなく見つめ合った。息が詰まりそうになる雰囲気の中でたっぷりと十数秒、先に折れたのは久次さんだった。


「わかったよ。リイルの頼みなら仕方がない」


 どうやら福留さんから説得を受けたようで、久次さんは肩をすくめながら作戦への協力を了承する。


「ありがとう、比呂。それと、リイルも」


 おそらく秋篠唯人には福留さんの姿は見えていないだろう。それでも彼は、福留さんが居るだろう方向へ向かって頭を下げた。


「それで、僕は何をすればいいんだい?」


「比呂には阿蘇ダンジョンの攻略に参加してもらいたい。詳細は追って知らせる」


「青森の次は熊本か。了解。確かに他のダンジョンよりも阿蘇のほうが相性も良さそうだね。大型モンスターとも戦いなれてるし」


 そう言って久次さんは俺のほうへ目くばせをしてくる。奥多摩ダンジョンで戦ったナーガラシャのことを言ってるんだろうな。


 確か、阿蘇ダンジョンには大型のモンスターが多く生息しているんだったか。ナーガラシャと同じようなモンスターがうようよ居るとはあまり考えたくないが……。


「それで、あたしたちはどこのダンジョン攻略に参加すればいいのかしら?」


 黙って久次さんたちのやり取りを聞いていた新野が、タイミングを見計らって尋ねる。


「君たち二人には琵琶湖ダンジョンの攻略に加わってほしい。ちょうど、現場からも君たちを派遣してくれと言われているんだ」


「現場? ……って、あの二人か」

恋澄こいすみ愛良あいらね」


 俺たちが冒険者になってすぐに戦った二人のAランク冒険者。京都でも助太刀に来てくれた恋澄アンヌと愛良アンナは、確か琵琶湖ダンジョン攻略のために滋賀を拠点にして活動しているんだったか。


 思えばあれからまだ3か月ほどしか経っていないが、特例的な処置とはいえようやく同じAランクになれたんだな。


 だったら、俺も新野も聞かずには居られない。


「Aランクへの昇格も、琵琶湖ダンジョン攻略への参加も異存は無いわ。だけどその前に教えなさいよ。今のあたしたちと、あの二人。戦ったらどっちが強いのか」


 俺も新野も、模擬戦では良いところもなく敗北した。俺たちの冒険者生活の始まりはあそこだったと言っても過言じゃない。同じAランクになった今、あの二人にどれだけ近づけたのかというのは大いに気になるところだ。


「ふむ……。ボクは直接君たちの成長を見ていないから何とも言えないな。比呂はどう思う?」


「あの二人ってアンナちゃんとアンヌちゃん? 僕も今年の頭に会ったきりだけど……そうだね。その時の彼女たちと君たちを比べたら、君たちのほうが少しだけ強いと思うよ」


「少しだけ、ね……」


 だとしたら俺たちはまだあの二人には追い付けていないのかもしれない。俺たちが3か月で強くなったように、彼女たちもまた強くなっているはずだからだ。


「そんなに気になるなら戦ってみればいいんじゃないかな? 唯人、ダンジョン攻略作戦まで時間はあるんだろう?」


「ああ。参加する冒険者の選定や、政府や関係省庁、地方自治体との調整もある。作戦開始は早くても八月上旬になるだろう。それ以前に滋賀へ前乗りしてもらっても構わない。宿泊費用もこちらで工面しよう」


「いいのか?」

「琵琶湖ダンジョン攻略作戦への参加報酬として受け取ってくれ」


 こうして俺と新野は、琵琶湖ダンジョン攻略作戦に先駆けて滋賀へと向かうことになったのだった。




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