第104話 痛み分け

 聖女と元聖女。二人の戦いは一進一退の攻防を繰り広げ、ややアクリトに戦況は傾こうとしていた。


「くひひっ。守る者が居る相手とはこうも攻めやすいものなのですわねぇ!」

「くっ……!」


 実力の上では双方に差はほとんどない。だが、実際の戦いはそう単純にはならなかった。


「ほら、流れ弾が向こうへ行ってしまいますわよ?」

「――っ! 〈ホーリーシールド〉っ!」


 結と奏を狙って放たれた水の槍をシールドで阻む。だがその隙を突かれて飛来した別の水の槍への対応に遅れが生まれた。


「ぐっ……」


 右腕が深く切り裂かれる。すぐに治癒魔法で跡形もなく傷口を塞ぐが、少なくない量の血が流れていた。


 借り物の体に血を流させてしまった申し訳なさが浮かぶが、それ以上に危機感を覚える。


 本来の体の持ち主、秋篠古都はそれなりに鍛えているようだが体型に恵まれているわけではない。小柄で細身な体型は打たれ弱く、血を流しすぎれば体の方が限界を先に迎えてしまうだろう。


(かといって、見捨てるわけにはいかないんですよ……っ!)


 秋篠古都との約束がある。


 だがそれ以上に、助けを求める誰かを見捨てることはニーナの矜持に反することだ。たとえそれが誰であっても、何であっても。


 せめて何か一手があれば。防戦一方の現状を引っ繰り返して攻めに転じて押し切れる。ニーナにはその手応えがあった。


 アクリトは本来の魔力の全てを発揮できていない。世界を跨いだ遠隔操作がボトルネックとなっているのだ。


 アクリトがこの世界で戦闘に割ける魔力のリソースには限りがある。だから結や奏を盾に戦況を優位に進めようとしている。力勝負では分が悪いと彼女が判断した証拠だった。


 ニーナが相手でなければ、ともすれば力勝負をアクリトは選んだかもしれない。アクリトの体は作り物であり、どれだけ攻撃を受けても傷一つ受けることはない。相手を一方的に磨り潰すことができる。


 だが、ニーナにはアクリト本体へ直接ダメージを与える手立てがあった。だから慎重に事を運ぼうとしている。その隙を突けさえすれば、ニーナにも勝機がある。


(ですが、どうします……?)


 ふと視線を巡らせると、パネルの向こうに居た奏と目が合った。結の小さな体を隠すようにしつつこちらの戦況を見守っていた彼女と視線が交錯したのはほんの一瞬。


 その一瞬で何かを察した奏は、一度頷いてベッドの傍にあったパイプ椅子へ手を伸ばす。


「〈ホーリーレイ〉っ!」

「二度目はありませんわよ!」


 アクリトは即座に水の壁を生成して閃光を受け流す。そしてすぐさまカウンターで水の槍を放とうとして、


「はぁああああああああああああっっっ!!!!!!」


 そのタイミングで、奏は元冒険者のステータスを最大限に発揮してパイプ椅子をアクリトに向けて投げ飛ばした。


「なんですのっ!?」


 横合いからバリンッ!! と透明パネルを突き破って飛来するパイプ椅子を、アクリトは咄嗟にニーナへのカウンターとして生み出した水の槍で打ち落とす。


奏が生み出した一瞬の隙。それだけあれば、ニーナには十分だった。


「一撃で決めます……っ!」


 ニーナが作り出したのは眩い輝きを放つ光の槍。そこに可能な限りの魔力を注ぎ込む。


「〈セイクリッドランス〉ッ!!」

「ちぃっ!」


 光の槍に気づいたアクリトは瞬時に水の壁を3枚展開する。だが、ニーナが放った光の槍は3枚の水の壁ごとアクリトを貫き、その上半身を消し飛ばした。


「やりましたか……っ!?」


 上半分を失ったアクリトは数歩後ろによろめいて、


『〈アクアバースト〉』

「――ッ!!!!」


 どこからともなくアクリトの声が聞こえたと同時、彼女の残された下半身が爆発した。咄嗟にシールドを張ったニーナだが、爆風に煽られて吹っ飛ばされる。


「がっ、ぐぅっ……!?」


 壁に叩きつけられて床に這いつくばるニーナの耳に聞こえてきたのは、嘲笑交じりのアクリトの声だった。


『さすがに今の攻撃は肝を冷やしましたわよ、ニーナ。けれど、残念でしたわね。今のあなたではわたくしには届かない』


「……それくらい、承知の上ですよ。それでも……!」


 ニーナは痛みに耐えながら、精いっぱいの笑みを口元に浮かべる。


「それでもあなたに相応のダメージを負わせることができた。痩せ我慢も辛くなってきたんじゃないですか?」


『……ちっ。いずれ必ず、貴女の魂をズタズタに引き裂いて差し上げますわ。それまで精々、この世界で怯えながら暮らすことですわね』


 そんな捨て台詞を吐き残して、アクリトの気配が霧散する。手痛い反撃を食らってしまったが、何とか彼女を撤退させることには成功したようだった。


「……参りましたね、これは」


 ニーナは回復魔法で傷を癒して起き上がりながら、爆発で滅茶苦茶になった待合室を見渡す。爆発の規模はそこまで大きくなかったが、天井や壁が崩れるなどの被害が出ていた。


 そして、


「結っ! しっかりして、結っ!!」


 待合室の隣の部屋からは女性の悲痛な叫び声が聞こえてくる。


 爆発によるICU内部の被害は待合室よりはマシだったようで、奏は怪我をしているものの無事だった。結にも目立った外傷はない。


 だが、結の命を繋いでいた生命維持装置は動かなくなっていた。


 爆発の影響による停電だ。ニーナにはそこまでの状況理解は出来なかったが、結の命がもう後少ししか持たないことを感じ取る。


 小さな命がここまで消耗してしまった原因。


 それは、今も赤ん坊の魂を取り込まんとしている魔力だった。




「輪廻転生のスキル。……アドラス、数奇な因果ですね」

 

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