第四章:京都修学旅行編
第59話 一番楽しい時間
GWが過ぎてしばらくが経った頃、夜桜高校の2年生の間ではどこかそわそわしたような雰囲気が流れていた。教室でクラスメイト達が読んでいる雑誌も漫画雑誌から京都の観光名所が特集された旅行雑誌へと変わり、「自由行動の班、誰と組むか決めた?」という会話がそこらじゅうで行われている。
そう、修学旅行である。
俺の通う私立夜桜高校は、修学旅行が2年生の6月とやや珍しい時期に行われる。梅雨時で他校の修学旅行とあまり被らずトラブルが少ないだとか、宿代が安いだとか、理由は様々あるらしい。
2年生とはいえ夏以降はそろそろ受験を意識し始める頃合いになる。遊びから勉強へスイッチを切り替える意味でも、生徒とその家族からもこの時期の修学旅行には好意的な意見が多いのだという。
そんなこんなで修学旅行を来月の初めに控えた2年3組は、今まさに自由行動の班決めの真っ最中だった。
「土ノ日と班を組むのは俺だ!」
「いいや、僕だね!」
「そこは間をとって拙者でござろう!」
なんて感じに、現在俺を巡って男子の間で大論争が巻き起こっていた。いったいどうしてこうなったかと言えば、班のルールというか、決まりに由来する。
男女3:3の6人グループ。男女それぞれに3人組を作って後から自由に合体させるという流れなのだが、どうやら俺と組むと女子の3人組に新野と秋篠さんが来ると思われているようなのだ。
ちなみに、事前にそういった決め事は一切していない。組めるかわからないぞ、とは何度も言っているのにこの盛り上がり様である。どんだけ新野と秋篠さんと一緒に京都を回りたいんだ……。
……まあ、気持ちはわからなくもないけどな。
新野はクラスでもダントツに美少女だし、秋篠さんも小動物的な愛らしさのある美少女だ。普段から一緒に居る時間が長いせいで感覚がマヒしつつあるが、この二人と京都を回れたらきっと華やかな思い出になるだろう。
その華やかな思い出を賭けて行われていた論争は結局平行線を辿り、やがて俺以外の男子全員が参加するジャンケン大会が始まった。
既に3人組を作った女子たちが冷ややかな視線を向けているが大丈夫なんだろうか。俺以外の班の雰囲気最悪にならないか……?
そんな俺の不安をよそに白熱のジャンケン大会が続き、見事に勝ち残った二人はクラスでも中心的な役割を担う男子だった。
一人はクラスのムードメーカー、神田良悟(かんだ・りょうご)。
「よっしゃーっ! よろしくな、勇っち!」
「誰が勇っちだよ。肩を組んで来るな、暑苦しい」
「まあまあそう言うなってー。俺たちマブダチっしょ?」
「去年クラスが一緒だっただけだろ……」
気が合うかどうかはともかく、1年でも同じクラスだったこともあり毎朝挨拶を交わす程度の仲だ。友人というほどでもないが、一緒の班で行動するのにそこまで抵抗のない相手だとは思う。
そして2人目が上野純平(うえの・じゅんぺい)。俺たちのクラスのクラス委員を務めていて、この前の中間テストでは学年トップの成績を叩き出した秀才だ。彼とは今年になって同じクラスになったが、よく神田と一緒に居るところを見かけることが多い。
こういう騒ぎに参加するタイプには見えなかったが、きっと周りの空気を読んで参加したんだな。上野とは席も近く、クラスメイトの中では比較的話す回数が多い方だ。
結果的に、普段からそこそこ絡みのある二人に決まってこっそり安堵した。
自分で言うのもあれだがクラスの男子とはそこまで仲が良いわけでもないし、むしろ最近は新野や秋篠さんと学校でも一緒に行動することが多いせいか、僻みや嫉妬の対象として良い印象を抱かれていないなと感じることも多い。
露骨に俺を嫌っている奴も居る中で、神田と上野はそういう感じが全くない。一緒に居て気が楽な、数少ないクラスメイトだ。
「よろしく、土ノ日くん。良悟もね」
「おっ! 純平も勝ち残ったか! っべー、勇っちに純平とかマジ俺得メンツだわーっ!」
「俺としても二人が一緒の班になってくれて助かったよ」
俺たちの班が決まると、ジャンケン大会に参加していた他の男子たちも諦めて3人組を作り始めた。それが終わると、今度は女子の3人組と合流して合計6人の班が5つ出来上がる。
「土ノ日、そっちのメンバーは決まったかしら?」
そして事前に打ち合わせも何もなくても、新野が俺たちの元へと歩み寄ってきた。新野が引き連れているのは秋篠さんと、クラス委員の大塚夢(おおつか・ゆめ)さんだ。
大塚さんも学年トップクラスに可愛く、他班の男子からとんでもない量の怨嗟の視線が突き刺さる。うちのクラスの彼女にしたい女子ランキング上位三人を独占しやがって……! という声も漏れ聞こえてきた。
何というか、ここまでくると少しばかり優越感を覚えるな……。
「ああ、こっちは神田と上野だ」
「あたしのとこは古都といいんちょーね」
「げっ……、神田かぁ」
「マジか、委員長も一緒かよぉ」
顔を合わせた途端、大塚さんと神田が揃って嫌そうな顔をした。男女それぞれの代表みたいな立ち位置の二人だが、仲が悪いのか?
「二人は幼稚園からの幼馴染なんだってさ」
そうニコニコした表情で教えてくれたのは上野だった。どうやら二人のこの反応はいつものことのようで、別に仲が悪いというわけではないらしい。いわゆる腐れ縁なんだとか。
それから班ごとに分かれて、自由時間に行う京都散策のコースを決めることになった。
修学旅行の行程は2泊3日で、京都探索は2日目に行われる。朝に宿から嵐山ルートと伏見ルートに分かれてバスで移動し、夜に京都市内の宿に集合するという流れだ。
嵐山と伏見がスタート地点になるため、必然的に二者択一となる。一応どっちも回るということはできなくもないが、距離もそこそこあるそうで推奨はしないと担任の先生からは言われていた。
嵐山には渡月橋や竹林の道、トロッコ電車や保津川下り。伏見には伏見稲荷大社の千本鳥居と……正直どっちも捨てがたい。
「やっぱ100本鳥居は外せないっしょ!」
「それを言うなら千本鳥居っ! 相変わらずバカなんだから……」
「伏見稲荷大社って出店が出てるのね……! あ、見て古都! たいやきパフェなんてのがあるらしいわよっ!」
「う、うん。そうみたいだね……」
旅行雑誌をめくり、たいやきの口をかっぴらいて生クリームを乗せたパフェを見つけて新野のテンションが上がっている。
どうやら多数決で伏見ルートに決まりそうだな。
その後も伏見の後はどこに行くやら昼には何を食べるやらと皆が盛り上がる中、ふと秋篠さんを見ればどこか思い詰めたような暗い表情を浮かべていた。新野に話しかけられても返事は上の空で、時折俺のほうへ視線を向けては溜息を吐いて目を伏せている。
やがてLHRの時間も終わり、班はひとまず解散となった。次の数学の授業に必要な教科書を机から取り出していると、秋篠さんにとんとんと肩を叩かれる。
「つ、土ノ日くん、あのね……。ちょっと話があるの。後で時間もらえるかな……?」
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