第46話 覚悟を決めろ
「初戦闘だな、小春。気合を入れていけ!」
「わ、わかった……っ!」
俺の言葉に背中を押され、小春がゆっくりとスライムに近づいていく。スライムは薬草を食べるのに夢中で小春の接近には気づいていない。小春は腰に携えた剣を抜き、両手で持って構えた。
スライムまであと数歩。そこで、一匹のスライムが小春の接近に気付いたのか振り返る。
……と言っても、目も耳もないスライムに前も後ろもないのだが。
ただ、小春の接近には気づいたようで、無警戒に小春の足元へ近づいてきた。
スライムは知能が低く、警戒心も薄い。そのうえ好奇心だけは旺盛で、人間が近づくと自分から近づいてきてしまうのだ。
駆け出し冒険者には理想的な獲物。慣れるにはちょうどいい相手だ。
「…………ぅ、あ」
近寄ってくるスライムに、小春は剣を構えたまま動けなかった。
「どうしたんだ、小春?」
俺が尋ねると、小春はどこか引き攣った表情で振り返る。
「ね、ねぇ、おにぃ。本当に、倒さなきゃいけないの……? 何も悪いこと、してないのに……?」
スライムが小春を攻撃してくる様子はない。モンスターとは思えない人懐っこさで、小春の足元でぷよぷよと揺れている。確かに、殺す必要はなさそうに思えるな。
けど、スライムもれっきとしたモンスターだ。
「……小春。スライムがこのまま成長すればどうなるか知ってるか?」
「え……?」
「全長は3メートルを超えて、草だけでなく岩や他のモンスターも食べ始める。スライムは雑食なんだよ。当然、人間も捕食対象だ」
「――っ!?」
俺の言葉に衝撃を受ける小春。足元のスライムを見て「ひっ」と小さな悲鳴を上げて後ずさる。だがそれでも、剣を振り下ろそうとはしなかった。
……これが普通の感覚だよな。
モンスターと言っても生き物だ。危険だとわかっていても、その命を奪うことにはどうしても抵抗が生まれてしまう。
ナイフを手渡されて無抵抗な子ライオンを殺せと言われて、いったいどれだけの人が殺せるだろうか。将来、人食いライオンになるとわかっていても、きっと大多数の人が子ライオンにナイフを突き立てることはできないだろう。
冒険者はそれができなきゃいけない。ダンジョンに潜る以上はモンスターとの戦闘は避けられないし、クエストでモンスターを殺す機会は必ず訪れる。生き物を殺すことに慣れなければ、ダンジョンでは生き残れない。
「小春、冒険者になりたいなら殺すことに慣れろ。それができないんなら、冒険者は諦めるんだ」
「……っ! や、やればいいんでしょっ! やれば……っ!」
小春はぎゅっと片手剣を握りしめると、恐る恐るスライムに近づく。スライムはそれでもなお逃げるそぶりを見せない。小春は逆さに剣を持ち替えて、スライムの前に膝をついた。
「ごめん……っ!」
そして勢いよく、剣をスライムに突き立てる。
パシャッ。
まるで水の入った風船が割れるように、剣に貫かれたスライムは半透明の体液を撒き散らして破裂した。
「あ……」
小春の手から剣が零れ落ちる。小春はそのままへたり込んでしまった。
「小春ちゃんっ! 気を抜いちゃダメっ!」
秋篠さんの声に小春が顔を上げた時には、既にスライムたちが小春の元へ集まっていた。彼らは小春を囲い、まるで仲間が殺されたことに怒っているように丸い体をくねくねさせている。
そして、一匹のスライムが小春に体当たりした。
「痛いっ……!」
その衝撃はたぶん人間に小突かれた程度だろう。だが、一度ならともかく集団で何度も体当たりされたらそれはリンチされているのとほとんど同じだ。
「小春、剣を拾え」
「い、いやっ!」
スライムに幾度となく体当たりされながら、小春はうずくまって動かない。見かねて飛び出そうとした秋篠さんの手を、俺は掴んで制止する。
「……もう少しだけ待ってくれないか」
「これ以上は危険だよ、土ノ日くん……っ!」
「頼む」
「…………」
秋篠さんの気持ちもわかる。俺も今すぐ小春を助けたい気持ちを必死に抑え込んでいた。
今助けたら、小春はたぶん二度とダンジョンに入れなくなる。今日の出来事はトラウマとして心に刻まれて、小春の心に大きな傷が残り続けることになるだろう。
だから、自分で超えなきゃダメなんだ。
「冒険者になるんだろ、小春! 殺さなきゃ、お前が殺されるんだ。剣を拾え! 覚悟を決めろっ!!」
「あ、あぁあああああああああああああああああああっっっ!!!!」
小春は落ちていた剣を拾い、滅茶苦茶に振り回した。半狂乱状態で、次々にスライムを斬り殺していく。
やがて最後の一匹に剣を突き刺し、小春はその場に跪いて大声で泣きじゃくった。
「……スパルタだね、土ノ日くん」
「モンスターとの戦いは、生きるか死ぬかだからな」
前世の世界では、老若男女誰もが武器を持って戦った。そうしなければ、生き残ることができなかったのだ。それはきっとこの世界の、ダンジョンの中だって同じ。
小春はこれからも冒険者を続けるだろう。俺や両親がどれだけ反対したって止められない。それだけの覚悟を小春は示して見せた。
だから兄として俺が小春にしてやれるのは、生き残るための術を身に着けさせること。
少々スパルタかもしれない。小春には散々に嫌われるかもしれない。それでもいい。……いや、ちょっと嫌だけど。めちゃくちゃ凹むけど、それで小春が無事にダンジョン攻略できるなら安いもんだ。
「頑張ったな、小春」
俺が頭の鍋を外して髪を優しく撫でてやると、小春は泣きじゃくったまま俺に抱き着いてきた。
その後、目を腫らして帰宅した小春に両親が大騒ぎするのだが、それはまた別のお話だ。
〈作者コメント〉
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