第41話 前世と向き合う

「無事か、お前らっ!」


 アドラスを倒したことにより全てのスケルトンがその場でバラバラに崩れ落ちた。階段の下で戦っていた浪川さんたちが、階段を上って俺たちのところへ駆け寄って来てくれる。


「はい、なんとか」

「いやお前、装備血だらけじゃねーか!?」


 血に染まったレザーアーマーを見て浪川さんが目を見開く。続いてやってきた秋篠さんも俺を見て「ひぃっ」と悲鳴を上げながらよろめいて、階段から落ちそうになったところを綾辻さんと水瀬に抱き留められていた。


「あー……、大丈夫です。傷は塞がっています。そっちこそ大丈夫でしたか?」


「お、おう……。なんとかな。秋篠の嬢ちゃんとそっちの嬢ちゃんが頑張ってくれたおかげだ。……何があったんだ?」


 すすり泣く新野を見て、浪川さんは困ったような顔で俺に尋ねてくる。


 どう答えるべきなんだろうな……。


 まさか前世の話をするわけにもいかない。どうするべきかと悩んでいると、綾辻さんが俺たちの肩に手を置く。


「しばらくそっとしておいてあげよう。人型モンスターとの戦いは、精神的に来るものがあるからね」


「あー……そういやそうだな。俺も初めてゴブリンを殺した時にゃ、しばらく吐き気が止まらなかった」


 冒険者にとってはそう珍しい話でもないのだろうか。浪川さんたちはそれぞれ納得した様子で、新野から意図的に目をそらす。秋篠さんも心配そうに見つめていたが、声をかけるのははばかったようだ。


「それにしても、結局あのフクロウ野郎は何だったんだ? スケルトンを操っていたようにも見えたが……」


「明らかに言葉も喋ってましたよね?」

「それに燕尾服を着ていたね。明らかに異常なモンスターだった」


 炎に焼かれ灰しか残らなかったアドラスの亡骸を見つつ、浪川さんたちが首を傾げながら話し合っている。


「つ、土ノ日くん、何かわかった……?」


 秋篠さんは直接戦った俺に問いかけてくる。


 ……正直、わからないことだらけだ。アドラス自身も、自分がなぜここに居るのかわかっていない様子だった。新野を守るために殺してしまったものの、生かしていたところであれ以上の情報が得られたかは怪しいところだ。


 なぜ、どうして。謎ばかりが残るが、答えに近づく手がかりはどこにもない。


 まあ、秋篠さんが聞きたいのはそういうことじゃないんだろうけどな。


「わからない。ゴブリンやオークのような人型モンスターの亜種だとは思うんだが、何を喋っているのかわからなかったからな……」


「そ、そうだよね……。えっと、怪我だいじょうぶ?」

「ああ、問題ないよ。ありがとう、秋篠さん」

「う、うんっ! えへへ……」


 秋篠さんはどこか恥ずかし気に、つぼみがほころぶような笑みを浮かべる。ボイドに落ちた時は本当にどうなるかと思ったが、無事でいてくれて本当に良かった。


「とにかく、フクロウ頭の件は後回しだ! 嬢ちゃんたちとも合流できたし、邪魔なスケルトン共はもう居ねぇ。これ以上イレギュラーが起きねぇ内にとっとと帰るぞ、お前ら! 気を抜くなよ、帰るまでがダンジョン攻略だからな!」


 浪川さんの音頭で俺たちは帰り支度を始める。そんな中で新野だけがまだ立ち上がることができないでいた。


 もう少しそっとしておいてやりたいが、このまま置いていくわけにもいかない。アドラスを倒したことで、下層にヴァンパイアバットやイービルベアが戻ってくる可能性もある。


「歩けるか?」


 俺が尋ねると、新野はふるふると首を横に振った。


「……むり。足痛い魔力ない一歩も動けない」

「……ったく、しっかり掴まれよ」


 いつぞやと同じように、新野をおんぶして歩き出す。


「……ねえ、勇者」


 俺の背に顔を埋めながら、新野はぽつぽつと話し出した。


「アドラスは、あたしを憎みながら死んでいったわ。……きっと、アドラスだけじゃない。あたしを信じて戦ってきた大勢の魔族が、あたしを憎みながら死んでいった」


「…………」


「……だけど、思うのよ。前世のあたしは……魔王シノは間違ったって。戦争なんか、すべきじゃなかったって」


「……ああ、そうだな」


 前世の世界では、きっと勇者レインもそんな発想にはならなかった。あの世界じゃ人間と魔族は互いにどうしようもなく憎みあっていて、どちらかが滅びるしか戦争を止める手立てがなくて。


 戦争をするべきじゃなかった……なんて発想になるのはきっと、この平和な日本という国で十五年以上過ごしてきたからなんだろう。平和ボケ……とはちょっと違う。悲惨な戦争の中で生き続けてきた俺たちが平和を知った。そのことにきっと、意味があるのだ。


「新野、お前が前の世界に戻ろうとしているのって……」


 前世の俺たちを殺した犯人を捜すためだけじゃないんじゃないか? そう問いかけようとしたのだが、規則正しい安らかな吐息の音が聞こえてきたのでやめた。


 新野は俺が思っていたよりもずっと、前世の記憶に苦しんでいる。それは彼女が本来持ち合わせている優しさや真面目さによるもので、彼女が前世の記憶とちゃんと向き合おうとしている証拠なのだと思う。


 ……俺も、もっと前世の記憶と向き合うべきなんだろうな。


 その後、俺たちは何度かモンスターの襲撃に遭いつつも誰一人欠けることなく無事に上層への帰還を果たした。


 先に上層に戻ったNWメンバーの通報で駆け付けた冒険者たちや冒険者協会の職員に保護され、冒険者協会本部へ移動。そこで傷の手当てを受け、新野は足の怪我もあったので病院へと搬送された。


 一通りの報告を済ませて帰宅できたのが、日曜日の夕方。二日間ろくな睡眠もとらず動きっぱなしだった体は限界を迎えていた。シャワーを浴びて食事もとらずにベッドへと倒れこむ。


 明日の学校はサボるか……。なんて考えながら睡魔に身を任せようとしたタイミングで、部屋の扉がノックされた。


 返事も待たずに中へ入ってきたのは妹の小春。


 彼女はベッドで寝転がる俺を見下ろして、


「おにぃ、冒険者やってるってホント?」


 そんな質問を投げかけてきた。



〈作者コメント〉

ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ

♡、応援コメント、☆、フォロー、いつも執筆の励みとなっております( ;∀;)

少しでも面白いと思っていただけていましたら幸いですm(__)m


ひと段落つきましたので、しばらくおまけページを挟みます。

今日の夜にステータスの更新と、明日から外伝を3話まで先行公開です。

その後はしばらく日常パートかなぁと思っています(*'▽')

今後ともお付き合いいただけますと幸いです(*´ω`*)

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