第二話 レッドカイザー、盗難

第二話の1

 アキは問題集を一区切り終えて、鉛筆を置いた。今いるのは、学校の教室に仕切りを置いて作った簡易の世帯スペースだ。

 怪獣騒動からは一週間が過ぎていて、被害にあった町の住人は近くの小中高の学校で避難生活を送っている。アキの小学校は窓がいくつか割れていただけで、そこには段ボールが貼られている。避難スペースは校内の各教室が、同じように仕切られて百世帯以上が留まっているほか、体育館も使われている。自分の家が無事な人も多いが、行方不明者や死亡者の確認を取るにも効率が良く、また、倒壊しかけている家屋が多くあったり、地下で水道管やガス管が破損してる可能性があるなど予期できない危険があることも現実的な問題だった。

 他には、怪獣の死骸についての懸念だ。死んだ怪獣は土砂へと変わったが、それがなんらかの毒性を持っている可能性もあるし、そうでなくても研究すべき題材であるのに変わりはない。

 アキは傍らに置いてあるレッドカイザーを見た。レッドカイザーは睡眠と覚醒を繰り返すように意識のある時とそうでない時とがあった。今は起きていないようだ。

 アキはこの一週間で、レッドカイザーから彼の住むエーテル界のことを聞いていた。

 エーテル界はかつて巨大な戦争があり、全宇宙を巻き込むその戦いで多くのエーテル生命が犠牲となった。しかし、一人の戦士が仲間を連れてエーテル宇宙を横断し、戦いを沈め、あるいは戦いを生むものを全て滅ぼし、長い旅の果てに戦争は終わりを迎える。それがエーテル界の王だ。しかしエーテル界の王は今、再び揺れうる自らの宇宙の基盤を盤石なものとするため、アキが住む物質宇宙、この下位世界に侵攻を開始したのだ。

 エーテル生命は極めて好戦的だ。物質宇宙から見た彼らの力は神のそれに等しいが、下位世界において“文化”と呼ばれるものはエーテル界にはなく、飲んで食べる必要もない。彼らは純粋な闘争心のみに生たるものとしての存在が保証されいる。

『君は自分を三次元存在だと思っているか? よし、ならば、君から見た二次元の世界がどのようなものかは分かるだろう。厚さゼロの平面だ。そしてそれが、エーテル界から見たこの世界の姿でもある。エーテル生命は現界を通して質量と像を得るが、我々本来の基準からすれば、この世界で得た実態は無限に希釈された平面と同じようなものなのだ。この下位世界においてエーテル生命はその力をほんの一欠けも使用できない。しかし、その血潮が上位世界のエーテルであることに変わりはないし、それによって存在が鎧われているのも事実だ。上位世界のエーテル相手では、この下位世界によってなされる干渉は意味を成さない。君が倒した怪獣も、強敵に感じただろうが、本体に比べ力と呼べる力を持たない状態でありながら、あれほど強大なのだ。我々の力はそれほどまでに大きい。ゆえに、力なき者を蹂躙するのに使ってよいはずがないのだ』

 アキはレッドカイザーの語っていたこと思い出した。レッドカイザーがエーテル界で怪獣の侵攻を止めようとしない理由が分かったような気がしていた。王の力は未熟で、一度に一体しか怪獣を送れないらしい。つまり、少しでも弱っている状態で、一対一で戦うことができるのだ。その結果、自分は下位世界で敵以上に力を失い、アキに頼らざるを得なくなっている。

 アキは額の傷を撫でた。悪の手先である怪獣をレッドカイザーと共に倒した正義の勲章で、誇りに感じるものだったが、その心に横槍を入れてくるものがあった。

 学校の教室に備え付けのテレビは、今ニュースを流していた。爆心地に見える円形の更地と、倒壊した建物。怪獣の骸である土塊。音のないニュースに字幕が流れる。

 二体の怪獣、崩壊した町。

 アキは眉間にしわを寄せた。

 違う、町を滅茶苦茶にしたのは死んだ怪獣で、もう一体は……レッドカイザーは世界を守ったのだ。アキは険しい目つきで画面を睨む。この一週間、このような報道がずっと繰り返されている。怪獣とレッドカイザーが戦う姿が動画で流れ、専門家が怪獣の起源について適当なことを言い、地域住民に目撃情報を語らせる。

《怪獣が一体だけの時は、ただ歩いてるだけで静かだったのに、もう一体が急に現れてね。そしたらもう、あっという間に町が、こうよ》

 そして素早く怪獣を殺傷できていれば、このような事態にはならなかったはずだと、政治への不信につなげる。

 デタラメな報道に、アキは全く納得がいってなかった。俺は地球を救ったのに、なんで加害者の側として語られているんだ。何も知らないくせに、なんで訳知り顔でコメントができるんだ。あの土塊だって、汚染の可能性だのなんだの言ってるが、レッドカイザーは無害だと言っていた。この怪獣騒動について誰よりも多くの真相を知っているのは自分なのに。

 アキはレッドカイザーに、自分たちの正体を打ち明けようと提案していたが、断られた。それによってどんな影響が生まれるかはレッドカイザーには分からなかったし、子供のアキにも想像しきれなかったからだ。怪獣が出たら倒す、そのことは絶対で、その使命を果たすのに周囲の評価は関係ないとレッドカイザーに言われ、アキも従ってはいる。

 ただ、助けた人たちにも後ろ指さされるのは、アキの抱えるフラストレーションを加速させる一因になっていた。

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