第13話「何考えてるんだか……」
【君塚森香】
バサッ。
肩に何かが触れた。
温かいような、そしてどこか期待外れの様な感覚。
パチリと片目を開けると、そこにいたのは私に背中を向けて学習机で黙々と筆を滑らせる空だった。
どうやら、私の勘は間違ってはいないらしい。この男、ヘタレだ。もっと、こう……なんというか、寝顔を堪能するとか、頬を摘まんでプニプニしちゃうだとか、せっかくなら唇を奪うくらいの度胸を見せてもらいたいものだ。
いつからここまでヘタレになったのか、記憶は曖昧だが昔はもう少しばかり積極的だった気がする。
私もまだみんなに愛嬌振りまく前のはなしだろうけれど、時代が変われば人も変わるように、余計に空の慎重さが増しているように思えるし。装飾男子の時代が来ている——と特集していたワイドショーもあながち間違いじゃないのかもしれない。
まあ、身長差が離れているのは本当だけどね、ははっ。
……昔はもっとこう、可愛くくっついてくれたりしたのになぁ。
なんて、ね。
そんな妄想というか、想像というか、懐かしい記憶巡りをしていると——ふと、耳に優しい声が聞こえた。
「ふぅ……森香も頑張ってるんだから、頑張らねえとな……」
「っ……」
ぼそり、と空が呟いた。
急に名前を言ったのだ。
先ほどまでの眠気が一気に覚め、いやまあ寝てはいなかったんだけど、それでもあまりに不意な一言に私はびっくりした。
「……ぅ……ぅ」
鼻息が聞こえる。
もしや私の心音すら聞こえているのでは? とさえ思ってしまうほどにこの部屋は静寂に包まれていた。
駄目だ。
意識すると顔が熱くなる。
込み上げるような熱さに、ドキドキが止まらない。
こやつ、苦しんでいることも知らずに——のうのうと勉強しやがって‼‼
我ながら、乙女のような心情に呆れそうだが……この幼馴染があざといのが悪い。そうだ、私は悪くないんだ。その通りだ。
そうやって、ぶつぶつと考えていると————気づけば私は眠っていたのだった。
【星野夜空】
「すぅ……すぅ……ぅぅ」
現在、19時24分。
帰宅してから実に2時間と少しが経っていたのだが……未だに森香がいる。
ごそりごそりと鼻を擦り、置き机にてぐるりと寝返りを決める彼女にさすがの僕も、若干引いた。
まあ、とは言いつつも——その寝顔は可愛いと思えるほどには森香を好きだ。
「まったく、大丈夫なんだろうか、こいつは」
「ぅぅ……んん~~ぁ」
……バサっと起き上がり、背筋を伸ばしたかと思えばまたセルフ腕枕に潜っていく。そんな動きを見ると、俺も俺で何かやってあげられることはないかと思ってしまう。
ん、なんだって、さっきの話とは違うじゃないかって?
ははっ、言質とってから行ってきやがれ‼‼ がっははははは‼‼
「—————―はぁ……まじで何考えてるんだ、俺」
まあ、とはいえだ。
もしも俺に、彼女をいたわろう気持ちがあるのなら——文化祭やら、勉強やら、そのすべてを頑張っていかなければならないだろう。
とりあえず、文化祭でいい思い出を作る。
なにより、去年楽しめていなかった森香のためにも――い思い出を作るんだ。そう、笑う顔がキュートな森香に、本当に笑わせなければいけないのだ。
それに、それにだ。
あの後輩には負けるわけにはいかん。いけんすかん顔を泣き崩してやらねばな、ははっ、森香をもらうのは——俺だぞ、まじでな‼‼
そう意気込んだはずの俺は——結局、幼馴染の寝顔に耐え切れず何十分も凝視することしかできなかった。
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