第18話顔合わせⅩⅡ

 いきなりの言動に、部屋にいる揮移以外の人間は口をポカンと開ける。それもそのはずだ。これまでの歴史上、そんなことは一切なかったのだ。


「どこの国にも、天使が直々に授業をしちゃいけないっていう法則はないわ。なら、そこを使って行こうじゃない。この国を全世界最強の国に仕立て上げて、楽しい世界に作り変えなきゃだめよ。その方が人も楽しいと思うはずっ!」


 ミカエルの思考はただ単に人を幸せに、尚且つ、より楽しくしたいといったことだけが頭の中にはある。他の国の天使は、ミカエルのような考えはしておらず、自分のいる国をとにかく一位にして、自分の思い通りの世界に造り変えたい。その根本には、天使たちが神のように振る舞いたいと思うその願望から来るもので、実際のところ、他の国の政治はその国の天使が握っているようなものなのだ。

 そんな天使たちに人間は逆らえない。圧倒的戦力差があり過ぎるための現実なのだ。


「だから、私はここに宣言する。貴方たち八名をANGEL―CLASSへと移動させ、私が直々に指導をする。そして、戦場へと向かって戦ってもらう。このクラスになった貴方たちは、無条件で代理戦争へと向かってもらうわ。他の学生には悪いけど、それしか、この日本を世界一位に変える方法がないの」


 漠然としたことを口にしたミカエルに、一樹をはじめとする生徒たち(揮移を除き)、そして教師である枢木までもが驚いている。


「それと、今から授業を始めるから、八人はこの制服に着替えてくれるかしら?」


 ミカエルはどこから出したのか、その手に真新しい制服が握られていた。今、一樹たちが着ている制服は、ブレザーのようなで黒を基調とし、制服の腕のところに赤のラインが入っているものだ。だが、ミカエルが手にしている制服は、色もまったくもって変わっていて、形もこれまでの制服とは異なっていた。


「…………真っ赤ですね……その制服」


 そう、ミカエルの手に握られている制服は、全身が赤、赤、赤の一文字で表せるほどの赤で、デフォルトも変わっている。

 その制服は、今までのブレザーではなくなり、襟には機械のようなものが取り付けられ、腕のところには、金色の文字で『ANGEL』などと刺繍もされている。制服の淵には、白色といった目に優しい色で、より赤が際立つようなものだ。


「この制服には小さな機械とかが付けられてて、凄く便利になってるのよ? この襟元にある機械なんかは、中継を必要としない連絡ができるし、内側に取り付けられたこの機械には、鎮痛剤も入ってるの」


 制服の内側を見せると、確かに内ポケットのあたりに機械が取り付けられている。そして、制服の内側も赤かった……。


「もしかして……その制服で戦争に行くんですか?」


 多少、自嘲しながらも口にしたのは、憐矢だった。


「それはもちろんよ? この制服、凄いのよ! 実銃を撃っても穴は開かないし、爆発の衝撃も多少なりとも吸収してくれるの。伸縮性も凄いし、これだけでも戦場は駆け抜けられるわよ」


「ですけど……赤いと敵側にも見つかるが、それはどうするつもりですか?」


「そんなの関係ないわよ。結局は勝てばいいのよ、勝てば。その為のクラスなんだから。そうでしょ?」


「そうなんですか……」


「そうなの、そうなの。だから、今日から貴方たちはこれに着替えて、これから私の授業を受けてもらうわよ、いい?」


「……………………………」


 いきなり、代理戦争用のクラスを作られ、そのクラスに入れられた一樹たち八人は、どんな反応を見せればいいのか困っている。自分たちが代理戦争に勝つための生徒。そんなことを言われれば、嬉しさとは裏腹に、圧倒的なプレッシャーが圧し掛かってくる。


「由愛ちゃんはいいわよねぇ?」


 何故だか、由愛へと声を掛けたミカエルに由愛はというと、


「スゥ……スゥ……スゥ……」


 と、寝息を立てていた。


「あらら、長い話で寝ちゃったの? でも、可愛いから許してあげちゃおうかな? て言うか、綺兎部君の膝の上で寝かせちゃっていいの?」


 誰に疑問を投げているのだろうか。その視線を追ってみれば、


「それって私に聞いてます?」


 明日奈だった。訝しげな表情を浮かべた明日奈は、一瞬だけだが殺気を込めた視線を送り、少し顔も赤く染めていた。


「明日奈、なに顔赤くしてんだ? 風邪でも引いたのか?」


 少なからず、俺は心配をしたのだ。仲良くしていくと決めた。なら、心配をしなくて何が友達だ。そう思って聞いた俺に、明日奈は声を荒げて、


「うっ、うるさいわねっ。イッキには関係ないでしょ! あんたは黙ってて!」


 と怒鳴られてしまったわけだ。


 なんで怒られたの、俺……。


 心の中で膝を抱えていれば、隣からは「まぁまぁ」と優しく憐矢が励ましてくれた。

まぁまぁで、励まされた俺は少しながら馬鹿になったなぁ、と考えてしまうけどそれはそれでいいと思う。


「それで結局、僕たちはどうすればいいんですか?」


 枢木の隣にいた勾坂がミカエルへと今後、どうすればいいのかを聞けば、


「これからは毎日、学園長室に来てくれればいいわよ。明日からは、ここが貴方たちの教室よ」


 へぇ~、こんな場所で授業受けられるんだぁ。


 一樹はソファに腰掛けながら窓へと視線を移す。眼下に広がる光景は圧巻と言えるものだ。そんな光景を毎日見れるようになれるとは……いやはや、人生って何が起こるか分からないな……ホント、何が起こるか分からないよな。

 一樹の頭の中では、ある映像が映される。それを思い出すだけでも涙が出そうになるが、こんな場所では泣くわけにもいかない一樹は、膝の上に座って寝ている由愛の頭を優しく撫でながら心を落ち着かせる。


「ちょ、イッキ! 由愛の頭を撫でないのっ!」


 明日奈の意味不明な怒鳴り声が聞こえてくるが、そんなのは聞いていられない。自分の気持ちを抑え込むには、何かに縋すがらなきゃいけないのだ。

 少しだけ、明日奈の方へと顔を向ければ、


「なんでそんな顔してるのよ……」


 と言われてしまった。

 今、俺の顔ってどんな風になってるんだろう? 自分では分からないから気になる。

 でも、それからの明日奈は口を挟まなくなった。俺の気持ちを察してくれたのかもしれない。


「それじゃぁ、俺はそれに着替えるよ。形も格好いいし、結構目立つしなっ!」


 一樹はそういうと、優しく由愛を起こして、退いて貰った。退いて貰う時に、駄々を捏ねられたが、「俺のカッコいい姿が見たくないのかっ!」と言ったら、「私は見たいのよっ!」と返事をしてくれ、退いてくれたのだ。

 ミカエルが手に掴んでいる制服へと手を伸ばし、それを上着の方から着る。下の方を着る時に、明日奈の小さな悲鳴が聞こえてきたけど、そんなものは気にしない。俺は素早く着替え終わると、最後に赤と黒のチェック柄のネクタイを付けて、皆の方へと振り向く。


「どう? 結構、カッコいいと思うんだけど……」


 最初の方は声が大きかったのに、最後の方では声が小さくなってしまった。

 この真っ赤な制服を着ていると、少しながら思うのだけど……恥ずかしいのだ。着慣れないと、多分これは……相当恥ずかしい。


「イッキ、カッコいいのよ! これだから、私はイッキと結婚したいと思っちゃうのよさ……」


 真面目な表情で顔を真っ赤に染めている由愛が、凄く可愛い。三年の勾坂や栖偽、そして、二年の斬時と揮移もその光景を見ては微笑んでいる。勾坂が微笑む分には驚きはしない。でも、栖偽や斬時、そして揮移といった表情が硬そうな人間すらも、由愛のその幼さからくる愛くるしい表情を見ただけで、微笑んでいるのだ。


 正直、見ていて不気味だ……。


 と、心の中で呟いた俺である。


「そんな由愛ちゃんには、私特製の制服をプレゼントっ! 他の女子用とは、少しだけ仕様が変わってるから、由愛ちゃんにピッタリの筈よ!」


 由愛の目の前まで近づいて、由愛の両手を握り締めているミカエルは、これでもかっ! と言えるほどの笑顔を由愛へと向けた。そして、そんな由愛もミカエルに対して、


「ありがとう、ミカエルちゃん。だぁ~い好き」


 と言葉を発した。


「……………………はぁぁ」


 と息を漏らしたミカエルは、その場で倒れた。

 そこまで可愛いのか……。

 心の中で突っ込むと、


「……………はぁ」


 と、また近くで聞こえてきた。


「ちょっ! 先輩達まで倒れないでくださいよっ!」


 そう、三年の二人に、二年の二人も卒倒してしまっている。


「……由愛は化け物なのか!?」


「いや、化物じゃないでしょ。普通の女の子だから」


「でも、この光景はなんだよ。みんな卒倒して、鼻血だって流してるんだぞっ!」


「それほど、由愛が可愛らしかったんだろう……」


「憐矢っ! お前は生きてたのかっ!」


「まぁ、何とか……鼻血は出てるけどな」


 と、憐矢の鼻を見れば、ほんの少しだけだけど血が流れてきている。


「憐矢……よく頑張ったな」


「そうだろ?」


 そう言って俺たちは、先輩たちが起き上がる一時間後まで楽しく雑談をし、先輩たちが起き上がった後、


「それじゃぁ、皆もこれに着替えてから、またここに来てね」


 と学園長室から出たのだ。

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