第8話顔合わせⅡ

「……一樹」


 銃声が森林に響いた後は、一樹の周りの空気が生気を失った。それはたった一言。


「……外した」


 この言葉がもたらしたものであった。一樹がこの賭けを、勢いで私に嗾けしかきたのはわかっていた。一樹は、頭に血が上れば勢いでどうにかしようとする癖がある。それは中学のころから知っていて、私は止めることが出来た存在でもあった。射撃場前の広場で賭けを断って置けば、こんなことにはならなかったはず。それか、私が二発で当てなければ一樹が早く当てていたかもしれない。そんな後悔が頭の中を押し寄せてくるが、時はすでに遅い。賭けの結果はすでに出てしまっているのだ。


そう、一樹の敗北という結果で……。


 それは、一樹にとってどれだけ大きなことだったのか。最初の方は、気楽な気持ちでやっていた私でも、一樹が銃を握った時から分かっていた。

 一樹の空気が変わった。

 それは一目瞭然で、これまでの一樹の雰囲気とは違い、一樹が中学校の時に纏っていたあの雰囲気が周りを支配していたのだ。その雰囲気を感じた私は、「今の一樹ならいけるかもしれない……でも、もし失敗したら……」とその両方の可能性を頭の中で考えてしまったのだ。もし、この状況で成功すれば一樹は自分に多少なりとも自信が付くだろう。そこまでの結果を考えると方向性としてはいいと言えるだろう。

 だが、その逆は? それが頭の中でふと出てきた途端に、私の心と体は不安に駆られてしまった。

 もしも、これで失敗したら一樹は、より自分を悪い方向に持って行っちゃう。

 一樹が弾を外した後のことは、考える必要もなく頭の中で想像できてしまう。

 私の想像は……全てのことを諦めてしまう一樹の姿が浮かんできた。その時の一樹の瞳にはいつものような、爛々とした光を放っているような瞳は消え、どんな希望も光も打ち消してしまうようなとてつもない暗闇が、瞳の中を支配している。


 私はそんな一樹の姿は見ていられない……。


 これまで中学校から仲良くやってきた一樹。一緒に遊んでる時も凄く楽しそうに笑っていたその笑顔が、消えてしまう。

 そんなことはさせたくない。そんなことはさせない。

 でも、そうさせない為に私自身ができることはなんだろうか? そして、この疑問に辿り着いてしまった。自分にできること……それはなんだろう。

 一樹のことを慰めてあげることだろうか、それとも一樹を嘲笑することだろうか? 

でも、今の一樹を慰めることは一番してはいけないこと。それは言わずとも分かっている。生半可な言葉が人を傷つける。それは私も経験したことだから一番わかる。でも、二つ目の嘲笑はどうだろう? それは相手に自分が勝ったとアピールをすると同時に、精神面で追い込んでしまう。それもやってはいけない。それでもし、自暴自棄なんてことになってしまったら、私はおそらく泣き叫ぶかもしれない、いや……泣き叫ぶ。

 私がこうして学校というものが楽しいと思えるようになったのも、全ては一樹のおかげだった。そんな恩人とも言える人間に、今の私はちょっと酷いことをしているかも知れないが、それはそれで一樹も許してくれていた。どれだけのことをしようと、本気で怒るようなこともせず、一樹は殴っている私に対して「よかった」と最後に言いながら微笑んでくれる。

 そんな心優しい彼を、私は失いたくない。いや、失う以前に一緒に居たい。彼が悩んでいるなら一緒に考えてあげたいし、一緒に解決もしたい。でも、今の自分はまだ不器用で、それを口にしようとしても、彼のことを馬鹿にするような言葉しか出てこない。どうしてもそんな自分が嫌になる時もあるけど、それはそれでしょうがないと思っている部分もある。


「…………すいません、俺……今日は寮に戻ります」


 そんな言葉を口にした彼の後ろ姿は、私が知っているような彼ではなかった。どこまで暗く、どこまでも絶望的な、そんなとてつもないものを背負ってしまった彼の後ろ姿は、見るに堪えないものになってしまっている。

 ここで何か声を掛けなきゃっ……。

 目の前をゆっくりとした歩調で歩いて行く少年の背中へと言葉を掛けようと口を開いても、


「………………………………………………」


 結局は掛けられる言葉もなく、そのまま時間は過ぎて行ってしまった。さっきまで目の前にいた彼は、自分の寮へと戻っていた。そして、残された私たちの足元には、彼が一心同体とまで言っていた大切な銃が放って置いてある。その銃は、誰も使いたがらない銃として有名なもので、それを一樹は自ら率先して使っている。それはまるで、その銃に自分の姿を映しているかのようにも見えてしまう。

 一樹に何かを言おうとしていた口は、いつの間にか閉ざされていて、この状況を止められなかったことに後悔の念が滲み出てくる。


「…………ごめんね、イッキ」


 私は昔に彼を呼ぶときに使っていた呼び方を口にして、彼が大切に使っていた銃を拾い上げ、集合場所へと歩いて戻ることにした。

 途中で涙が出てきそうになるが、ここは学校であって授業中でもある。そんな時に泣くことは自分が許さない。泣くのなら、自分の部屋で泣くことにする。

 瞳に溜まった涙を溢さないようにするため、唇を固く噛み締め、標的であるアルミ缶を撃ち抜いたクラスの人たちが集まっている集合場所へと戻っていったのである。

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