第6話
迫りくる手裏剣をクナイで弾きながら紅は必死に廊下を走っていた。足に刺さった針の傷の痛みは自分で麻痺させて感じなくさせたし、マグネット足袋が締まって血も止まっているので走るのに支障は無かったが、紅の身体はもう既に真新しい傷だらけだった。
息を切らして手頃な扉の中に飛び込んだ紅が呻き声を上げて座り込む。右肩と左足首に一本づつ針が刺さっていた。どちらも毒や爆薬が仕込まれている訳では無いが、確実に紅の動きが鈍る所を狙われている。
「影先輩…」
手早く止血と固定を終えて、ついでに掠めた手裏剣で乱れた忍者装束を整えながら紅は思わず歯噛みしていた。
影は十歳の頃にはもう危険な火遁系ガジェットの取扱資格試験に合格するほどの天才だった。一つ下の紅達の世代は皆んな影の背中を追いかけて修行していたのだ。
しかしそんな影が今やこうして忍びの郷を救うべく戦う紅の前に立ち塞がっている。
「…ッ!」
瞬間、ゾクリと背中に冷たい物が走り、紅は飛び退いた。紅が隠れていた机が爆発しその勢いで紅はコンクリートの壁を突き破って隣の部屋にまで吹き飛ばされてしまった。
幸い忍び装束の衝撃吸収機能とパワード鎖帷子のお陰で意識が飛ぶことはなかったが、それでも間近での爆発の衝撃で紅の視界は薄れて耳はキーンと言う音以外何も聞こえなくなってしまった。
「あーあーあ。何処に隠れてるか丸わかり過ぎてゲームにもならない」
必死に頭を振って視力と聴覚を取り戻そうとする紅。しかし既に影は紅のすぐそばにまでやって来ていた。
「紅、君つまらないよ、ほんと。俺にも匹敵する才能とかなんとか言われてたけどさー。こんなんじゃ模擬戦にもならないんだよね」
倒れている紅の腹を踏みつけ仰向けにさせる。その時紅は最後の力で隠し持っていた針を投げつけた。
「おっと…!?」
しかし避けられた。ギリギリまで引きつけたつもりだったけど、読みが甘かったかと紅が口惜しげに唇を噛む。影はそんな紅を見下ろし一瞬吹き出した冷や汗を気取られない様に笑顔を見せていた。
「ここはさ、本気で殺したいなら手で直接刺しに来るとこだな。投げるのは不味いだろ?ほんと、お前才能無いわ。天才とか煽てられてたのも、どーせその身体で誘惑でもしてたんだろ?」
「そんな事ない…」
「どーだか。ま、俺に言わせりゃお前も他の連中も同じレベルだし。弱くてもそこは気にしなくても良いんじゃね?」
ケラケラ笑いながら影は紅の身体に向けてクナイを構える。そしてクナイの先端が二又に割れて、何をする気か分かった紅の顔が恐怖に歪む。
「や、辞めーーーーーー」
パシュ、と聞こえた音は小さく脅威を感じさせる程の物ではなかった。しかしクナイから放たれた超電導弾は、光速に匹敵する程の速度で鉄の塊を射出する必殺兵器だ。その弾丸は紅の防弾処理を施された忍者装束とパワード鎖帷子を撃ち抜き、殺しきれない程激しく鋭い衝撃が紅の腹部を打ち据え、部屋中の机や棚が揺れた。
「がっ……………………あっ……………………!!」
「殺せって命令だけどなー。どーしようかーなっと」
死んではいない。しかし余りの衝撃と痛みで背中をくの字に曲げて悶絶する紅。忍び装束もパワード鎖帷子も機能を停止し次の攻撃は防げない。おまけに万全のパワード鎖帷子を着ている影に反撃など出来る訳が無い。
「どうする?俺の言う事素直に聞けば、助けてやっても良いけど?」
故障ではだけた忍び装束の胸元をチラリと影が見ながら囁く。そんな情け無い先輩の姿に微かにショックを受けた紅の目に転がってくる空き缶が見えた。
「…っ!」
その空き缶は、さっき助けてくれた人、深南雲螺厭がくれた缶コーヒー。そして扉の方を見れば螺厭が煙玉を片手にこちらの様子を伺っていた。
投げても良い?と螺厭が視線で問い掛けてくる。紅は頷き、口を閉じる。
「最初から素直にしてれば痛い目合わずに済んだんだぞ?」
影は螺厭に気づいていなかった。紅の頷きが影に向けられた物だと勘違いしていた為に、足元に転がって来た煙玉に反応出来なかった。
バン、と音がして部屋中に白く色が付いたガスが一気に蔓延する。紅は咄嗟に破れてボロボロの顔布をもう一度引っ張り上げて口元と鼻を覆うが、余裕ぶって顔布を外していた影にそんな事は出来ない。
「うぐっ!?」
睡眠ガスを真正面から浴びた影がふらつき、その隙に立ち上がった紅がよろめきながら扉まで走る。螺厭がそんな紅に手を伸ばし、二人の手が重なると同時に紅は部屋の外へ引っ張り出された。
螺厭は扉を閉めて、ついでに背中でもたれて封鎖すると扉の向こうで何かがのたうちまわる音が微かに聞こえた気がした。が、それもすぐに聞こえなくなり、螺厭と紅はようやく安堵のため息を吐いた。
「無事で良かった。無事かどうか分からないけど」
「無事よ。来てくれてありがと」
震える手で少し乱れた忍者装束を整える紅。しかし足が震えてもう立ち上がれない事に気づいた螺厭は、紅の前でしゃがみ背中を差し出した。
「いいの?」
「いいさ」
恐る恐る螺厭の背中に捕まる紅。そして螺厭が来る途中で拾ってきた隠蓑マントを被って二人ともその場から姿を消し、ゆっくりと歩き出した。
雨は上がっていて、隠蓑マントのお陰で楽々と警察の包囲網を突破しようやく二度目の安堵のため息を吐く螺厭。
「ここまで来たら一蓮托生だ。俺の家まで連れてくよ」
「ごめんね。でも、そこまでしてくれなくても…」
「こんなにボロボロな上に、その上腹まで空かせてるんだろ?」
螺厭にそう言われるのと同時に、紅の腹の虫がまた鳴った。顔を真っ赤にした紅が螺厭の背中で顔を伏せ無言で頷いた。
「じゃ、お願い。お礼ならなんだってするからね」
「そうかい。ま、それはともかく、コンビニに寄ってくよ。何食べたい?」
螺厭の暖かい言葉に、紅はそこまでしてくれなくても良いよと言いたかった。だけどまた鳴り出した腹の虫と、紅の心の中に浮かび出した、螺厭になら甘えても良いと言う思いがその言葉を飲み込ませた。
「…じゃ、板チョコ」
それで良いの?と言う螺厭の不思議そうな視線を真正面に浴びながら、紅はギュッと螺厭の背中にしがみついた。
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