The/Freak/MonsterZ
木根間鉄男
第1話―プロローグ あの日のロックンロールが鳴り止まないんだ―
―プロローグ あの日のロックンロールが鳴り止まないんだ―
「ねぇ、マリナ。ロックって聴いたことある?」
「ロック……? ロックって、ロックンロールのこと?」
それは私がアメリカに住んでいた頃、歳でいうと10歳のころだった。日本語学校の帰り道、親友のユウキ・コナーがウォークマン片手に嬉しそうにそう言ってきた。
私マリナ・キャンベルは首を横に振ってそれに応える。するとユウキはさぞがっかりしたとでも言いたげにオーバーに肩を落として見せた。
「ロック聴いたことないの? ほんとに? ビートルズは?」
「有名なのは知ってる。イエスタデイとか。けど自分から聴こうとは思ったことないなぁ」
「クイーンは?」
「クイーンも自分からはないかも……いろんなお店とかテレビでかかってるけれど、あんまり気にしたことなかったかな」
私はアメリカと日本のハーフだ。父がアメリカ人、母が日本人。
旅行会社のガイドを務める父はあまり家に帰ってくることがなく、生活様式は母親の日本式に染まってしまっている。
それゆえ聴く曲も日本の流行、AKBとかジャニーズとか。
ロックなんて縁もない音楽だ。
「そっかぁ……それって人生無駄にしてるかもね」
「そんなに?」
「そう、そんなに」
ユウキはきっぱりとそう言う。そこまで言われてしまえば少し興味が湧いてくる。
「じゃあちょっとだけ聴かせてよ。そんなに良いっていうなら」
「オッケー! じゃあ私のおすすめの……セックス・ピストルズね!」
「せ、セックス!? そ、それって……エッチなやつ?」
思春期に突入して、いろいろエッチな言葉も覚え始めた私にとって、そのバンド名は聞くだけで妙にドキドキしてしまう。
そんな私の反応を見てユウキは笑う。
「全然エッチじゃないよ。ま、そこら辺のポルノよりよっぽど激しいけどね」
どや顔で言って見せたユウキは私にイヤフォンの片方を差し出してきた。私がそれを耳に挿したのを確認すると、ユウキは再生ボタンを押した。
その瞬間だった。
♪ジャカジャカジャカジャカジャーン!♪
と、私の鼓膜を裂くような騒音じみた演奏が響いた。
思わず驚き肩をビクリ、振るわせてしまう。
だがユウキはそんな私にお構いなし、身体でビートを刻みながら曲に酔いしれている。
私も彼女に倣い音に集中するが、どうにも好きになれない。
わめきたてるようなボーカルの声、ガチャガチャと無作為に鳴らされる楽器、自分が今まで聞いていたポップソングのような耳あたりの良いものでは決してなかった。
「なに、これ?」
私は顔をしかめてみせる。だがユウキは嬉しそうに言うのだ。
「Anarchy In The UK。セックス・ピストルズの代名詞的な曲。かっこいいでしょ?」
「どこが?」
「このアナーキーでぶっ飛んでるところよ! まさにアナーキー!」
「アナーキーって何なの……? 意味わかってる?」
「アナーキーってのはほら、あれよ……イギリスロックの代名詞的な精神で! うぅん……じゃあ次!」
そう言ってユウキは次の曲をかける。
♪ジャン! ジャカジャン! ジャカジャン!♪
またも騒音みたいな音、金切り声みたいに喚くボーカル。何なのだ、ロックとは。
「どう? かっこいいでしょ。AC/DCのBack In Black」
「う~ん……わからない……」
他にも色々おすすめを聴かされた。だがどれも私の心には響かなかった。
「そっか……マリナはわかってくれると思ったんだけど……」
残念そうなユウキと別れ、私は家に帰る。
しかしその日の夜、眠る前だ。
真っ暗な静寂に包まれた部屋の中、私の鼓膜に蘇るのは、ユウキに聞かせてもらったロックナンバーたち。
ロックが鼓膜に染み付いて離れないのだ。いや、違う、私の心がロックを吸収し、離そうとしないのだ。
ロックは鼓膜から溢れ出し脳内に零れ、口から吐き出された。
一度しか聴いたことのないフレーズを思い出すようにメロディを口ずさんでいる。
「こんなの……眠れない!」
我慢できずにユウキに電話をかけた。
「ユウキ! 昼間はごめん! やっぱり、ロック聴かせて!」
「オッケー! そう来ると思ってたよ!」
私はその日、朝が来るまでユウキと電話越しにロックを聴いた。
セックス・ピストルズ、AC/DC、クイーン、メタリカ、ブラック・サバス、エアロスミス、ジミ・ヘンドリックス……そのどれもが私の耳から離れない。
「マリナがこんなにロックにはまってくれるなんて……やっぱり私たち運命だよ!」
「運命?」
「そう! ロックが好きになったんだからさ、一緒に音を奏でようよ! 一緒にバンドしよう! 私がギターで、マリナがベース!」
ユウキと一緒に自分もロックを奏でることでさらにロックの世界が広がった。
そしてその音楽は、17歳になり日本に住むことになった今も変わらず、私の耳で鳴り響き続けている。
「それじゃ、行ってきます!」
私は今日から日本の学校に通う。
忘れずに持っていくのは勉強道具が入ったカバンではなく、お気に入りのロックナンバーが詰まった世界にたった一つのウォークマン。
私はイヤフォンを耳に付け、再生ボタンを押した。The OffspringのAll I Wantだ。
激しいロックサウンドに身を委ね、初めての通学路を早歩きで進んだ。
これから先の新しい学校生活に胸を躍らせながら。
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