第14話 幕引き

俺は起死回生の一撃を決めるため、美心に駆け寄り、砂塵が舞ったら一発だけでいいから、大男に対して水鉄砲を打ってもらうよう懇願した。

敵を欺くにはまず味方から、その言葉にならい、俺が囮になる代わりにその一撃で決めてもらうよう、美心に言った。

美心も覚悟を決めた様子で頷いたが、実際は違う。

むしろそちらが囮で本命はだ。

さっき受けた大男の一撃、「土塊の金剛力」。この必殺技から着想を得た俺専用の技。ぶっつけ本番なため、あまり自信はないが、これに全ての気力を、体力を、英精を賭けることにした。

地面を叩きつけることによって生まれた砂塵。その中で怪しく輝かせた・・・五つの光球。

恐らく相手は砂塵の中で、この球をぶつけることがこちらの作戦だと思うだろう。しかし、俺はまだこの焔を自由自在に動かすことなど出来ないから、もちろんこれはブラフ。

そして、油断したところに美心の水鉄砲。当たれば僥倖、外せば俺が仕留めるだけ。

至ってシンプルで、この上ないくらい暴力的な作戦。ただ、俺の全てを賭けた一撃を、相手に見舞うだけ。

宙に浮かべた光球をそのまま置いておき、俺は砂塵が舞う中、気付かれないように相手の背後へ回り込んだ。



───大男は気づかなかった。目の前にある光の球よりも、危険で、暴力的で、しかしどこか幻想的な、人のこぶし大程の大きさがある、自分に向けられた死へと誘う光球に。


そして大男によって払われた砂塵は、誰も予想できなかったであろう、この光景を見せつけるかのように静かに退場した。


美心の水鉄砲が外れたのを確認した俺は、自分の右拳に溢れんばかりの英精を注ぎ込んだ。

地獄の焔が揺らめく右の拳。拳を強く握りしめたせいで爪が掌に食い込み、この真っ赤に染まった手は自分の血なのか、はたまた焔のせいなのか判断がつかない。しかし、今そんなことはどうだっていい。


俺は、ジグリット師匠が初めての冒険で、梵鐘ぼんしょうのような形をした魔物を殴り飛ばしたのを思い出した。


その光景を模倣するように、俺はどんな鐘も打ち鳴らす、そんな一撃をイメージした。


その想いに応えるように、更に拳に纏わりつく焔が加速した。


(───これなら、、、届く!)



そして、鳴らした。


「一点突破!!!」


どんな音よりも卑俗で、他の誰が聞いても不快な音でしかないだろう。


しかし、今の柊と美心にとっては、この焔の爆音が、勝利を告げるファンファーレとなった。


「ま、まっt────」



「───ッッ!!赫焉鳴鐘かくえんめいしょう!!」



己の全てを賭した一撃が、相手の顔面にクリーンヒットした。木々をなぎ倒し、地面をえぐり、それでも尚、止まることはない。


数十メートル進んだところで、漸く壁にぶつかった大男は、白目を向けながら地面へと倒れ込んだ。



「はぁはぁ。ようやく、終わった。。。」


息も絶え絶え。流石にもう立っていられなかった俺は、その場に倒れるように仰向けとなり、勝利を確信するための言葉を何とか紡いだ。



「おつかれ。まぁまぁかっこよかったわよ。」


上から覗き込むようにそう言うのは、少し体力が回復して、歩けるようになった美心だった。


「だろ?流石にあれで起き上がるんじゃ、もう無理だけど。」


「ふふっ。大丈夫よ。あなたの一撃が相当効いたのね。ピクリとも動かないわ。」



少し体を休め、歩けるようになるまで回復した二人は、最大限の警戒をしたまま大男の元へ向かった。

しかし、そこに居たのは先程まで散々自分たちを苦しめた相手とは思えないくらい、少し息を吹きかければ消えてしまいそうなほど弱々しい姿をした男の姿だった。



「よぉ。まさかお前らみたいな糞ガキがここまで強いなんてなぁ。」


朦朧とした視線をこちらに向けた大男からは、もはや敵意すら感じない。


「お、お前大丈夫なのか。」


「はっ。自分を殺そうとした相手を心配するなんて随分余裕があるなぁ。」


「ち、違う!ほんとに僕は心配して。。。」


いくら相手が自分を殺そうとしたからといって、自身の一撃で死にかけになっている人間を見て平気でいられるほど、肝が据わっている柊では無かった。


「とりあえず聞け。俺に勝った褒美に一つ教えといてやる。俺は『シェルシェール』っつう組織の一員だ。」


聞きなれない言葉に困惑した俺たちを無視して、大男は言葉を続けた。


「気をつけろ。俺を倒したお前たちのことは、すぐに組織に見つかるだろう。」


「ちょっと。それ以上喋ったらほんとに死ぬわよ。」


そんな美心の心配を大男は一蹴した。


「はっ。アンタみたいな美人に看取られるのも悪くねぇなぁ。」


「おい!死ぬなよ!お前にはまだ聞きたいことがあるんだ!」


柊は相手の胸ぐらを掴み、目に涙を浮かべながら言った。




その時であった。突如として3人がいた場所に突風が吹き荒れたのは。



「おぉっと!ミル!助けに来てくれたのか?」


「黙りなさい。余計なことをペラペラと、、、」


柊と美心は突然吹き荒れた強風に耐えるように、顔を腕で覆い、地面を踏み締めた。

そして、上空を見上げると、そこにはさっきまで俺のすぐそばにいたはずの男が宙に浮いていた。

ミルと呼ばれていた女は、緑色の瞳に、えんじ色の長髪をたなびかせながら大男の横に佇んでいる。


「わりぃな。ガキ共!どうやら俺は死に損なったらしい!」


そう言って俺たちに手を振る大男を見て、無性に腹が立った。


「ふざけんな!さっきの涙を返せ!」


俺はさっきまでの自分の姿を思い出し、羞恥心に見舞われた。


「ははっ!いつかまた会うだろうから、その時にもう一回やろーぜ!」


「その前に一つ答えろ!なぜ僕たちの場所がわかった!それとお前たちが、視界ピカピカ現象を起こしたのか!あと、お前たちの目的はなんだ!」


「一つじゃなくて三つになってるわよ坊や。それと、どんなネーミングセンスしてるのよあなた。」


「え、あ、すみません。。。」


大男に質問をしたはずだった柊だが、その隣にいる妖艶な雰囲気を醸し出す美女に反応されてしまい、手を体の前でクネクネさせて、さっきの威勢は紙吹雪のように、どこかに行ってしまった。


「いててっ。」


相手に意識を奪われていたところを、頬をつねってきた美心がジト目で、こちらを睨んでいた。


「なに見惚れてんのよ。それで?こっちの質問に答えてくれるのかしら?」



そんな柊を見兼ねた美心は、柊の代わりにミルへと問いつめた。


「そうねぇ。まずあなた達の居場所がわかったのは企業秘密ね。」


「残り二つは?」


「ふふっ。面白いから二つ目も秘密って事にしておこうかしら。」


こちらを、からかうように接してくるミルに腹を立てた美心は、言葉の節々に怒気を混ぜながらもう一度質問した。


「三つ目くらいは答えてくれないかしら??」


「そんな怖い顔しないでぇ。じゃあ特別に三つ目は教えてあげる。研究よ。あなた達みたいな能力者だったり、一般の人間を利用して、英呪について研究してるの。今回の件はこのアホの独断だけど。」


ミルは横にいる死にかけのアホを指でさしながら、そう言った。


「悪かったって。これでも反省してんだぜ?」


全く反省してないような表情を浮かべながら呟く大男を見て、ミルは辟易とした。


「はぁ。さっさと帰るわよ。ボスも怒ってるからね。」


「うぇぇ。めんどくせぇ。」


「じゃあ、また会いましょう。」


そう言いながら、ヒラヒラとこちらに手を振りながら、ものすごいスピードで空を駆けて行ってしまった。思わず、手を振り返してしまった俺の頭を、美心が叩くことによって現実に戻された俺は、今回のことで、踏み込んではいけない領域に足を踏み込んでしまったのだと、嫌でも理解させられてしまった。


こうして、柊と美心にとっての初めての戦闘は幕を閉じた。




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