第12話 不格好な少年

見事に柊の挑発に乗ってきた大男は、脇目も振らず、一直線にこちらへと突っ込んできた。


(───速い!けど、追いつけないわけじゃない!)


大男が大きく振りかぶった拳は、確かに柊を捉えたはずだった。しかし、振り下ろされた拳は空を切り、その代わりに大男の鳩尾に鋭い衝撃が走った。


「ぐっ...!へぇ。結構やるじゃんかよ。」


俺は相手が拳を振り下ろす瞬間を正確に見切り、膝を畳むことによってそれを回避した。そして、相手に隙ができた瞬間を見逃すことなく、鳩尾に蹴りを放ってやった。


(くっそ...結構強めに蹴ったつもりなんだけどな・・・)


人体の弱点でもある鳩尾に正確に蹴りを入れたはずだが、大男は少し後ずさり、一瞬苦痛に顔を歪めただけで、すぐに何事もなかったかのようにヘラヘラとしている。



「水鉄砲!!」


今度は、俺の後ろからものすごいスピードで飛び出した小さな水球が大男の肩を貫いた。


後ろを振り向くと、人差し指を相手に向け、拳銃を打つような体勢で大男を視線で射抜く美心の姿があった。


「おまっ!!いつのまにそんなの使えてたのかよ!」


「 まぁね。ほんとは後であんたをびっくりさせようと思って隠してたんだけど。」


俺は、美心がいつの間にこんな芸当が出来るようになっていたことに、少しの動揺と溢れんばかりの憧憬を抱いた。


「これなら、もしかしていけるんじゃないか?」


美心の技が相手に通じることが分かった俺は、少しばかり希望の道が開けたように思えた。


「あんまり期待しないでよね。英精だって無限にあるわけじゃないんだから。それに隠し玉もあとつしかないから。」


(あと一つしかないって、、俺なんか一個もないぞ!)


俺はまたもや自分の無力さに打ちひしがれそうになったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「とりあえず、このまま動体視力と反射神経を活かしたあなたの陽動、そして私が後ろからの援護。それで構わない?」


「異論なし!」


正直、相手と接近戦をするのが怖くないわけが無い。だけど、それ以上に自分だってやれるっていうことを証明したかった。


「そろそろ話し合いは終わったかぁ?まだまだ始まったばっかりなんだから、もっと楽しもうぜぇぇええ!!!」


そう言いながらさっきと変わらず、大男は馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んできた。


(こいつもしかしてアホなのか?初見で防いだのに2度目が通じるわけないだろ。)


ただ油断はしない。相手の動きを正確に見切り、さっきと同じように避けようとした。




「は?」



ズドォオオオオオオオン────────


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


(はぁはぁ。どうなってんだ!確かに動きは見切った!なんで拳が当たった!)


「柊!!」


大男に吹っ飛ばされた柊を見て美心は叫んだが、今の柊にはどんな言葉も届くことはない。

痛みやら恐怖やらの負の感情で、まともな思考ができなくなっていた。


「おぉ、吹っ飛んだなぁ。ちょっとやりすぎたかなぁ。」


大男は木を薙ぎ倒しながら吹っ飛んでいった俺を、興味深そうに覗き込んできた。


(怖い。。。なんで俺がこんな目に会わなきゃいけないんだ!!)


俺は、頭を抱えながら悶え苦しんだ。

たまたま訳の分からない現象に巻き込まれた唯の高校生だ。

いつもは心の中で粋がってるいるだけの、唯の厨二病だ。

そんな男に何ができる?

周りの視線に怯えながらビクビク生きている唯の少年に何ができる!?


(今なら逃げられるか...?吹っ飛ばされたことであいつとも結構距離が空いたはず。今ならっ──)


そして気付いた。あの大男と距離が開いたということは、つまり美心からも大きく離れてしまったということを。


逃げてどうする?美心はどうするんだ?


俺が戦闘不能と判断したのか、標的を美心に変えた大男は、もう俺など最初からいなかったかのように、悠然とした足取りで美心に向かっている。


(くっそ!!動けよ俺の体!)


俺は恐怖で縫い付けられた自分の身体を、何とかその呪縛から解き放とうと、必死に、そして不恰好に藻掻もがいた。

美心がやられるのも時間の問題だろう。俺より反射神経が劣る彼女に、あの一撃を躱せられるわけが無い。


(はぁはぁ、助けなきゃ。)


だが、身体が悲鳴を上げている。これ以上動きたくない。このまま楽になりたい。そんな弱音が、今まで必死に水をせき止めていたダムが決壊したかのように、止めどなく溢れてきた。

ただ、その激流の如く溢れ出てくる水に溺れかけている俺に、一筋の光が差した。


(───そうだ!思い出せ。ジグリット師匠のあの言葉を!!)



□ □ □ □ □ □ □



私はあの大男によって、吹き飛ばされていく柊を見て絶望した。


(嘘。。。柊で避けられないなら私じゃ避けることはほぼ不可能と考えるべきね。)


しかし、美心は後ろからその光景を客観的に見ることが出来ていたが故にタネは分かった。あの大男が柊を殴り飛ばす瞬間、僅かに柊の足元の地面が崩れ、体勢が崩されてしまっていたのだ。


(さっきの土壁と、柊の足場を崩したことから土系統の英呪であることは間違いなさそうね。)


吹き飛ばされた柊の元へ駆けつけたい衝動に駆られる美心だが、それを大男は許さない。

距離が近づくにつれて、大きな質量に押し潰されそうな感覚になる。必死に水鉄砲を食らわせようとするが、その尽くが避けられてしまう。


「もうその技は見切ったぜぇ。」


この男は花畑にでもいるつもりなのか。

こちらを愛でるように眺めながら、しかしその亜麻色の瞳には、そこに広がる草花を全て枯らしてしまうほどの、爛々と輝く殺意で満ち溢れている。


相手との距離はたったの3m程。接近戦に切り替えるべく、美心は英精を身体全身に勢いよく巡らせ、一瞬にして相手との距離を詰めた。


「なるほど!これがお前のもう一つの策か!」


この大男が言った通り、これが美心のもう一つの隠し玉であった。体の中で奔流の如く英精を巡らせていくことで、元々強化されていた肉体を更にその先の世界へと引き上げる技だ。

流石にこれは予想出来なかったのだろう。一瞬たじろいた大男の隙を見逃さず、すかさず至近距離での水鉄砲を食らわせた。

初撃と合わせて2発。流石に少しは動きが鈍くなったがそれでも尚、届かない。

しかし、活路を見出すならここしかないと踏んだ美心は、津波のような勢いで激しい連撃をお見舞した。

しかし、その大男は急所になりうる攻撃とそうでないものを正確に見極め、捌けるものだけを最大限に捌き、多少の傷は受け入れることにした。


(お願い。。。届いて!!)


一撃だけでいい。何か有効打になる一撃だけを渇望しながら、残り少ない英精を絞り出した。


「───あ、」



この戦闘で何度も味わった絶望。その中でも最も起こって欲しくないことが起きてしまった。


(もう、英精が・・・)


大量のアドレナリンが分泌されていたせいで、自分の状態を正確に把握することができていなかった。

足から崩れ落ちるように倒れ込んだ美心に対して、今まで防御に徹していた大男は、待ってましたと言わんばかりに口端を釣り上げ、無防備なその身体に強烈な蹴りをねじ込もうとした。


「ははっ!結構楽しかっ────」


この結末がどうなるかなど、赤子でも容易く予想できそうなほど、鮮烈で圧倒的な光景。

そんな現実を引き裂くように、一人の少年が爆発的なスピードで、この圧倒的な暴力の権化を殴り飛ばした。

その勢いを全身を使って殺し、両の足を地面に縫い付けるように踏み締め、空を仰いだ。




『一瞬の安寧は!!終わりなき後悔への門口かどぐちである!!』



そう絶叫した彼の表情は、今までとはまるで違う、どこか無遠慮で、そして溢れんばかりの勇気に満ち溢れていた。


そう、まるで物語のヒーローのようであった。




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