第七章(3)

 

 

 

 東門へ行ってみると、街の中で足止めされていた旅人がぞろぞろと出て来るところだった。

 白い外套を纏った巡礼が多いけど、物見遊山の旅の途中らしい裕福そうな貴族や商人の姿もある。

 どの顔も怒りに満ちており、衛兵たちに聞こえよがしに、

 

「巡礼に大したおもてなしをしてくれたもんだ。バチ当たりどもめ」

「壊れた鐘楼も放置する不信心なヤツらだ。いずれ神罰が下るだろう」

 

 などと言っている。衛兵たちは無表情で聞き流しているけど。

 いま到着したばかりらしい数人の旅人が、街から出て来た巡礼たちに声をかける。

 

「何があったんですか? よそ者は街に入れられないと衛兵たちは言うんですが理由は説明してくれなくて……」

「我々も何も説明されないまま朝から宿屋で足止めされたんだ。どこから来たのか役人にきかれたが、白砂の街だと言ったら話が終わった。帝国から来た連中はどこかに連れて行かれたようだがヒト捜しでもしていたのか……?」

 

 どうやら街の中にいた旅人も帝国軍の襲来は知らされていないようだ。事情を知っていれば、もっと慌てて逃げるだろう。

 北門からも同じように旅人を街の外に出しているのだろうか。

 何も知らないまま帝国軍と遭遇することになるとすれば気の毒というほかない。

 そして役人の質問に帝国領の街や村から来たと答えた者は、やはり人質にされたのか。ボクにもなじみ深い白砂の街は王国領だ。

 ボクはロレイシアのそばへ行き、たずねた。

 

「あれから冒険者は現れた? キーヴァンさんの酒場には誰も来てないけど」

「淫売屋から出て来た連中が何人かいたけど、事情を説明したらオンナたちを避難させてやると言って戻って行った。よその街からは誰も到着してないわね」

 

 ロレイシアが肩をすくめて言って、ベヌシィが、

 

「さっき逃げてった村人たちが戦争が始まると言い広めてるんじゃないッスかね。いま着いた旅人連中はどこかで行き違いになったんでしょうけど、そのうち噂が広まって誰もこの街に近づかなくなるッスよ」

 

 その場にはほかにリセルサとファニリョン、それに先ほどレッセルと一緒に「元」酒場を出た四人の冒険者たちがいて、ボクは四人組に伝えてあげた。

 

「レッセルはホノセルナンと部下たちをノアルドとふたりで護衛することになって、たったいま出発した。街の外を西へ進むから、ここからは姿が見えないね。君たちには、よろしく伝えてほしいってさ」

「え? なんだよそりゃ」

「なんでノアルドと? 俺たちには声もかけずに?」

「本当なら避難民の護衛を優先して、ホノセルナンの依頼は断るはずだった」

 

 ボクは説明する。

 

「でもリット卿についての大事な情報を提供してくれたんで、ノアルドとレッセルのふたりだけ、ホノセルナンの護衛に回ることになったんだ」

「帝国領に向かうならノアルドと一緒で仕方ないけど、大丈夫なのか本当にふたりで?」

「ホノセルナンのオッサン相手じゃ気も遣いそうだしなあ」

「いろいろ我がまま言われて、すげえ疲れそう」

 

 心配げな四人はレッセルにとって本当に良い仲間なのだろう。

 ボクは、にっこりとして、

 

「ユーヴェルドの発案で王国領へ迂回するから、それほど危険はないと思うよ。ホノセルナンが偉そうなのは適当にあしらうしかないね」

「リット卿が聖庁に寝返ったことは街のヒトたちに伝えるんでしょう?」

 

 ロレイシアがたずねて、ボクはうなずく。

 

「ホノセルナンが護衛の傭兵に見捨てられたのが、きのうの夕方の話だ。共和国はリット卿の動きをつかんでいておかしくないのに、どうしてこの街に伝えてないのか謎だけど、とりあえずボクが伝えることになった」

 

 ボクは門の前の衛兵たちに近づいて声をかけた。

 

「エルテン百卒長はいるかな?」

「いまは、ここにいない。隊長に何の用だ?」

 

 いぶかしげに眉をひそめて問い返す衛兵に、ボクは愛想よく、にっこりとして、

 

「それじゃあ、アルスタス・ボンフォルシオ司法委員長に、金獅子のユーヴェルドの代理で【韻紋獣いんもんじゅう】のフェルシェットが面会を求めていると伝えてほしいんだけど」

 

 そう。ボクにもいちおう韻紋獣なんていう通り名があるのだ。

 禍々まがまがしくて、ちょっとカッコいいんじゃないかと思っている。

 冒険者仲間からはフェルにゃんとしか呼ばれないんだけど。

 衛兵たちは顔を見合わせて、そのひとりが、

 

「待っていろ」

 

 と言い残し、街に入って行った。

 どうせまたしばらく待たされるだろうから、ロレイシアたちのそばに戻ると、

 

「あの、にゃんねえさん」

 

 ベヌシィが呼びかけてきた。ボクのほうが冒険者として先輩なので最初はフェルシェット姐さんと呼んでいたのに、いつの間にかフェルにゃん姐さんを経て、にゃん姐さんになった。

 べつにいいんだけど。

 

「さっきの落雷で鐘楼が壊れたって話ッスけど、なんでそれで市会と大神官が対立するッスか? どちらかのせいでバチが当たって雷が落ちたってことッスか? というかそもそも、どこの鐘楼が壊れたんッスか?」

「大聖堂の二つある鐘楼の片方だよ。いまも壊れたままでしょ?」

 

 ボクが答えて言うと、ベヌシィは首をかしげて、

 

「壊れてましたっけ?」

「……ずっと壊れてる」

 

 ファニリョンが言って、リセルサが、

 

「見ィえてるようでェ見ィえてないもんなのサァ、ヒィヒィヒィ♪」

 

 ちなみに、いまボクたちが立っている場所は市壁に近すぎて大聖堂はそのかげに隠れてしまっている。

 街の中には入れないので、鐘楼がどうなっているか確かめたければ街道をちょっと先まで行って振り返って見るしかない。

 

「大聖堂なんて行かないし知らないッスよ。身内の葬式でもなけりゃ神官の説教なんて聴く気にもならないッス。ロレイシア姐さんは知ってたッスか?」

 

 ベヌシィが口をとがらせると、ロレイシアは笑って、

 

「あたしもこの街の大聖堂はお参りしたことないけど、街に入ればどこからでも鐘楼は見えるでしょ」

「えーっ、気づいてなかったの、自分だけッスか」

 

 ベヌシィは脱力したように座り込んで、うなだれた。

 ボクは、くすくすと笑って説明する。

 

「落雷が誰のせいかというよりも、どうやって鐘楼を直すかでめたんだ。当時の大神官がただちに再建するため新たに税金をかけようとして、住民が猛反発した」

「そォの当時はァ大聖堂がァこォの街ィのォ領主だァったのサァ、ヒィヒィヒィ♪」

 

 何がおかしいのか相変わらず妙な笑い方をしながらリセルサが言って、ベヌシィが首をかしげる。

 

「その大聖堂のアタマがつまり大神官ッスよね? だとすれば住民が大神官に歯向かうのは領主への反逆ってことじゃないッスか?」

「うん。だからそうなる前に和平の仲介と称して、実際には街を乗っ取るつもりで兵を送って来たのが皇帝で、それより早く住民側に味方して、大神官を追放させたのが共和国だ。つまり立派に反逆だけど、成功してしまえば住民たちは、大神官の圧政への勇敢な抵抗者ってことになる」

「……聖主は?」

 

 ぽつりとファニリョンが言って、ボクは答える。

 

「鐘楼の再建を巡って争いが起きたことには心を痛められただろうけど、それだけだよ。聖主様は税を増やすとか兵を送るとか世俗的なことからは超越した存在なんだ。まあそれは冗談で、実際はもっと俗っぽい理由でこのときの聖庁は動かなかった。皇帝の考えた仲介というのは実は、住民と対立した大神官を追放して帝都の宮廷神官を新しい双塔大神官として送り込むことだった。自分の影響力が及ぶ大神官を据えて、双塔の街を帝国領に事実上編入しようとしたんだ」

「どっちにしろ追放されるんッスか大神官は」

 

 あきれるベヌシィに、ボクは笑ってうなずき、

 

「よほど嫌われてたんだろうね。そして聖主様を取り巻く律法官たちの意見は割れた。聖庁軍を派遣して住民の反乱を鎮圧し大神官を復帰させよと主張する者、皇帝の推薦する者を新しい大神官にして帝国の力で住民反乱を鎮めようと説く者、住民が街の実権を掌握した現状を受け入れた上で聖庁から新しい大神官を派遣して穏便に和解しようと考える者」

「大神官の復帰はわかるッスけど、帝国の力を借りるとか住民が街を支配する現状を受け入れるとか、ずいぶん弱腰じゃないッスか? 聖庁ってもっと偉ぶったヤツらでしょ?」

「皇帝は自分の推す大神官を聖庁に認めさせるため事前に律法官の一部に根回しをしていた。共和国が大神官を追放させるよりも先に帝国軍が街に入っていれば、皇帝の主張がそのまま受け入れられていただろう。一方、共和国はその当時、中の海での交易の中継点となる島々の支配権を巡って、大帝領と武力紛争中だった。これを異教徒に対する『聖戦』だと考えて心情的に共和国寄りの律法官も多かったんだ」

「根回しとか心情とか、つまり律法官の個人的な感情で決まるッスか? 礼拝とか葬式ではもっともらしい説教するクセに神官なんて俗なヤツらばかりッスね」

「そんなものだよ、律法官だってニンゲンだもの」

  

 ボクは、くすくすと笑う。

 

「だから結論が出ないまま時間だけが過ぎて、そのうち当時の皇帝も聖主様も相次いで亡くなり代替わりの混乱もあって、この件はうやむやになった。そのとき以来、双塔の街は市会が支配して、双塔大聖堂に大神官は不在なんだ」

「にゃん姐さんってばァ聖庁の事情にィお詳しいィですネェ♪ もォしかしてェ唯一神にィご興味おありィですかァ? お望みなァらいくらでェも唯一神のありがたさァを説いてェお聞かせェしますがネェ、ヒィヒィヒィ♪」

 

 いつまでその口調を続けるつもりなのか問いただしたいリセルサに、ベヌシィがあきれ顔で、

 

「おまえ自分が唯一神なんて信仰してないくせに」

「信じてェなァくてェもいくらでェも説教なんてェでェきるのサァ、神官自身がァそうじゃァないかネェ、ヒィヒィヒィ♪」

「ボクが興味があるのは鐘楼の行く末だよ。この街に来るたびに半分壊れた姿をいつも眼にしてきたからね。仮に帝国が街を支配したとき、鐘楼がどうなるかは気になるところだね」

 

 ボクは言って、にっこりとした。

 

 

 

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