別れと誓い

 

 この一か月、ティリスと出会ってからというもの暇さえあればティリスと合っていた。


 どうやらティリスも話し相手がいなかったらしく俺たちはよく話した。とても楽しい日々を1ヶ月ほど過ごした。


 最近はもう地球の知識を王城の人たちに話し終えて仕事もなく、だいぶ暇なので今日もティリスに会いに行く。


「ティリス入ってもいい?」

「いいよ!」


 俺はそう言って部屋に入る。もうこの一か月でティリスとため口で話すくらい仲良くなったものだ。


「おはようクオン! 今日も来てくれたんだ」

「おはよう! まあ最近は暇だし、ティリスと話すの楽しいからね」


 俺がそういうとティリスはほんのり頬を染めた。こちらまで照れてしまいそうになる。


「ねぇ、クオンは私から離れないでくれる?」


 突然ティリスにそう聞かれたが俺の答えは決まっている。


「うん、逆に俺で良ければいつでもそばにいるよ」


 この一ヶ月、毎日会いに来ていたが、この部屋に来たのは俺と侯爵くらいだ。周りの人とあまり話せないというのは、俺もそうだがやはり寂しいのだ。


「じゃあ約束ずっと一緒にいてね」

「ああ、俺は君から離れないよ」


 ああ、幸せだ。と俺は思った。


 現金なものだが、ティリスのおかげで前の彼女も忘れられていたし、仕事という仕事は地球関係のことを聞かれるくらいで楽だしここでも生活は最高だろう。


 そんな感じで俺たちがいつものように話していると、急にドアが開いた。ノックもせずに誰か入ってきたのだろう。


「よう! ティリス、久しぶりだな」


 そこには貴族風の茶髪の青年がいた。10代半ばといったところだろう。ティリスはあからさまに嫌そうな顔をした。

 そして、そいつはこちらを見ながら話しかけてきた。


「そこの奴隷は誰なんだ?」

 

 どうやら俺の首輪を見て分かったのだろう


「こちらは私の友人のクオンです」

「ふん、何故奴隷などを連れているんだ?しかも加護無しの無能じゃないか」


 馬鹿にしたようにそう言った。


「ロック様、奴隷などと蔑まないでください。クオンは私の大事な人です」

「大事な人だと? 貴様は俺が飼ってやると言ってるんだ! 他の男に興味を持つな!」


 飼ってやるとはどういうことだろうか? 俺が疑問に思っているとティリスが話し始めた。


「いえ、私は貴方のペットにも妾にもなりません」


 どうやら、こいつはティリスのことを妾にしようとしているようだ。


 しかし、このロックとかいうガキはとてもムカつく野郎だ。ティリスのことを完全にもの扱いしてやがる。だが俺の今の身分は奴隷で、貴族に文句を言うと不敬罪で処刑されてしまうので口を挟めない。


「その奴隷の方が俺よりいいというのか?」

「当たり前じゃないですか」


 ティリスがそういうと、錯乱したように取り乱した。


「あり得ないだろ、俺は大司教の嫡男にして、たった3年で希少級魔法師になって冒険者ランクもC級の男だぞ!」


 希少級魔法師と冒険者ランクC級とは一般的に一流と言われるレベルなのでロックくらいの歳なら凄いことなのだろう。しかしティリスはそんなのを気にも留めずに言った。


「そんなことは関係ありません、クオンは貴方と違って私のことを人として見てくれているのです」


 そうティリスに言われたロックは覚束ない足取りのまま、ドアへ向かう。


「覚えてろよ! 絶対に後悔させてやる」


 ロックはそういうと部屋を出て行った。


 ティリスが申し訳なさそうに俺を見た。


「ごめんなさい。迷惑かけて」

「いいんだよ別に気にしてないから」

「ロック様は私のことを妾にしたいらしくずっと言い寄って来ているんです、無理だとはお伝えしているのですが」

「ティリスは美人だから仕方ないよ」


 俺がそういうと、ティリスは頬を赤らめた。


「ありがとうございます、クオンもカッコいいですよ」

「お世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃありません」


 そう言ってティリスは頬を膨らませた。俺はそれが少し面白くて笑った。


「はは、なんだよその顔、ティリスはどんな顔しても可愛いな」

「そんなことありません」


 俺たちはそう言って笑い合った。


 ティリスさえいればいい、そう思う。

 しかし人生はそううまくいくものではないものだ。



 

ーーーー




 その日もいつものようにティリスと一緒に話していた。するとドアが開けられ、部屋に国王と衛兵数人が入ってきた。



「奴隷クオン、貴様に死刑を言い渡す」


 いきなりのことに俺の頭は真っ白になった。


「お父様、待ってください! 何故クオンが死刑になるのですか!」


 ティリスが激昂する。ここまで怒りを見せるのは珍しいだろう。


「どうやら、大司教様の息子に暴言を吐いたらしいからな、地球とやらの知識はだいぶ聞けたのでついでに死刑にしようということでな」


 いや、流石にそれはおかしいだろう。俺は反論するようにした


「待ってください! 俺は暴言を吐いていませんし、それに保護を約束してくれたじゃないですか!」

「ふむ、それは司教が約束したことだ余には関係はない。それにこの国では王の言うことが絶対なのだ。私が決めたら過程はどうであれ決定事項だ」


 王はそういうと、俺を捕まえろと衛兵に指示を出す。なんとか抵抗しようとするが無理だった。


「お父様、お願いします、私はなんでもします。どうなってもいいので死刑だけは許してあげてください」


 ティリスが何かを決めたようにそう言った。

 国王は考える素振りを見せる。


「ふむ、いいだろう。こいつをあそこに送れ」

「待って、少しだけ話をさせてください」


 ティリスは車椅子を使い俺に近づいて来た。


「クオン、生きて、生きてさえいればまた会えるはずだから。短い間だったけど貴方と過ごした日々は私の人生で一番楽しかった。ありがとう」


 ティリスは作り笑いをしながらそう言った。俺は自分が情けなくて仕方がなかった。


「でも俺が生きていても、君はこれからどうなるんだよ! 君には不幸になって欲しくない」

「酷い目になんて合わないから、大丈夫。それに私はクオンが生きていればそれだけで幸せだよ」


 こんなに俺のことを想ってくれる人は初めてだ。地球での人生も含めても。俺の頬に涙が垂れる。

 だったら俺も言うべきことを言おう……


「ごめん。約束守れなそうだね。そして助けてくれてありがとう……待っていてくれ! 君にどうにかして会いに来るから、そしたら俺とーー」「衛兵もういいこの奴隷を連れていけ」


 最後の一言を言い切ろうとしたところで、王が俺の言葉を遮った。

 そして俺は衛兵にどこかに連れていかれた。



 この幸せな日々を理不尽に奪われた。ただティリスといれればよかった。奴隷だったとしても自由が無いとしても。


 この日々が失われた理由は俺が弱かったのもあるのだろうか。奴隷だったからだろうか。

 ああだったらこの腐った身分世界の王国で成り上がってやる! そしてティリスを迎えに行く、例えばどんな困難があったとしても……



 俺は決意を胸にしていると、衛兵が止まった。


 そこは煌びやかな王城の中とは思えないほどどこか暗い雰囲気がした部屋でローブを被った一人の男がいた。姿はローブに隠れて見えないがとても嫌な雰囲気の男だ。


「……ルシウスから聞いている。君は先に戻っていいよ」


 ローブの男が衛兵にそう言うと、衛兵は帰っていった。


「あーなんだ、先に言っておくがこの先、王女様に会おうとか無理だぞ」

「何故でしょうか?」


 ローブを被った男が話し始めた。


「だって、お前は俺の力で記憶を失うからな……でも王様も律儀だねこんなやつ殺しちゃえばいいのに、わざわざ記憶を消してまで生かしてあげるなんてな。感謝しろよ」


 どういうことだろうか? なんの話だ? 記憶を失うだって? それが本当なら俺ももうティリスと会えないのか……それは絶対に嫌だ。


「お願いします。記憶をこのままで追放してくれませんか?」

「うーん、ダメダメ。もしも君が王国に反旗を翻してもダメだし、もしもの時があったら面倒だしね、ないとは思うけど一応だよ……じゃあバイバイ」


 いろいろ聞きたいことがあるがそれよりも記憶を消されたくない。そんなことをしたらティリスを忘れてしまう。


 まだ俺の気持ちを伝えてないのに、異世界に来て何もなかった俺に幸せを教えてくれたのティリスに……お互い寂しさの埋め合うだけの関係だったのかもしれないそれでもいいんだ。だって好きになったのだから。ティリスのことを忘れたくない


「待ってく…………」


 俺が言い切る前に、男の手が俺の頭に伸びて意識が反転した。



 王城でも生活を忘れていく。奴隷の俺によくしてくれた侯爵のこと。そして異世界で初めて好きになったティリスのことを……だがティリスと絶対に会おう、そしたらお礼を言って、そして感謝を言って、他愛もない話で笑い合うんだ、そして俺の気持ちを伝えよう、……記憶が無くなったとしても、心は覚えているはずだから………………


 王城でも記憶は消え、意識が暗転していく。


 強くなる……そして誰にも邪魔させない……



『ーーこれで目的に近づく』

 


 俺の意識が暗転する直前何か聞こえたような気がした。

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