シナリオ46


 アグリは村南部へと向かっていた。

 救出した最後の人質――エルフ娘もアグリの背後をテクテクついてくる。

 リアル農民スキル『たわら担ぎ』で運んでいたが、途中で嫌がったのだ。


「扱いが雑……」「じゃあ、おんぶ?」「密着するから嫌……」「何が? あっ胸?」

「ヘンタイ農夫!」「俺は気にしないって、平等主義者だから……」「死ね!」

「それならお姫様抱っこは?」「ふんどし男の抱っこはマジキモい」

 と、散々な言われようだった。


 だが、半分は理解できた。幼児体型が特徴のエルフ族とはいえ、年頃(二十歳)の女の子には違いないのだ。


(ところで……シルヴィの方はどうなったんだ?)


 エルフ娘を確保した今、これ以上村にとどまる理由などない。

 しかし、シルヴィに託した子供たちの安全が確認できるまでは、不用意な行動は慎まねばならない。

 アグリが保身のために村南部のゲートに逃げ込み、番兵を呼び寄せるようなことがあってはならないのだ。


「私も人質……酷い……」


「だって子供じゃないじゃん! たった今、二十歳はたちって言ったよね?」


「ヘンタイ農夫……しかもロリコン?」


「ちがうって! 俺より戦えるって意味。攻撃魔法だって使えるし!」


 実際、ステータスだけなら、アグリより強いと思われる。

 舌足らずなのは人族の言葉が不慣れなだけなのか、それとも自分の体型に合わせたそういうなのか。


「ヘンタイ農夫……死ね」


(ヤバいかも……なんか俺、別の世界に目覚めそう! SMクラブよりは向いているかも?)


 エルフ娘のキツイ罵声でゾクゾクした気分に陥ったが、村中央――例の古井戸に差し掛かったことで、アグリの思考は現実へと引き戻される。

 というか、えた。あまりの悪臭に。


「く、臭い……」と鼻と口元を覆うエルフ娘。

 とうとうその場に立ち止まってしまった。


「ほらっ、これを使え……」


 アグリは『農夫』。称号『コエダメ名人』もあるので、肥溜の匂いに耐性がある。

 しかし、森育ちでピュアな精神の持ち主であるエルフ族には相当辛い様子。アグリは再び『アロマオイル・エルフの森の薫』を手渡した。

 その効果で多少マシになったのか、テケテケ走れるまでに回復した。


(こんなに気苦労を伴う脱出ゲームも久々だよ……)


 アグリは人知れず嘆息をつくのだった。


  ☁


 侵入時のルートを逆に辿りながら、村の南ゲートを目指した。


 村南部は騒然とした雰囲気に包まれていた。

 それだけに止まらず、ゴブリン兵の統率が全く整っていなかった。見張りやルート警備に支障が出るほど混乱していた。

 だからこそ、エルフ娘を引き連れて楽に移動できたのだが、アグリの焦りは次第に増していった。


(どういうことだ? シルヴィの救助は失敗したのか?)


 耳をすませば、村中央から戦闘行為によるものとおぼしき騒音や、ゴブリンたちの奇声まで聞こえて来る。


 念のため、『村の倉庫』を通過時に建物の中を確認したが、子供たちの姿はなかった。

 それどころか、見張りにつけた羽トカゲや倉庫番のイヌ――『ヘルハウンド』の姿さえも見当たらない。


「ロリコンヘンタイ農夫……こども……どこ隠した?」


「俺の外聞が危なすぎるからロリコンヘンタイって呼ぶのは止めて! もう、ちゃんと服だって着てるし!」


 羽トカゲが見当たらない理由は、子供たちと行動を共にしているからだろう。

 ヘルハウンドは洋館へ向かう際に鎖から解き放ったので、逃げ出したに違いない。

 お肉を貰ったことでアグリへの敵対意識が消え去ったのか、「鎖と首輪も外しておくれ」という仕草をして来たのだ。

 ちなみに、アグリの装備『農夫のつなぎ』はアイテムストレージに戻っていた。

 どうやら『邪心像』を使用した際に発生する時間制限付きペナルティだったようだ。


「マッパがペナとか、このゲームのクリエイターはヘンタイだな!」


『レベル一の上に戦闘用の装備もないから、それ以外のペナルティが思いつかなかっただけでしょう』


「これ以上肉体的に追い詰められないから、今度は精神的に追い詰めるって言うのか? それこそ、鬼畜系エロゲの典型だろ!」


「どっちもヘンタイ……」


 そんなエルフ娘のツッコミで、ケンカには至らなかった。


  ☼


 このまま村の南ゲートへ向かうか迷っていると、護衛につけていたはずの羽トカゲがパタパタと戻って来た。

 飛んできた方向は村の外、垣根の向こうから。


「子供たちは無事に脱出できたんだな?」


 相変わらず「キュウキュウ」と言うだけで、全く会話にならない。

 しかし、羽トカゲに戦闘の様子も疲労の色も見当たらないので、一先ひとまず安心することに。


「そうなると……次はエルフ娘か……」


 とりあえず、アグリにじゃれついて来た羽トカゲをエルフ娘の頭上にポンと置いた。

 これでゴブリン対策は万全だ。組織から脱し、体力も万全なドラゴニュートに襲い掛かるゴブリンもいないだろう。


「となると、最大の障害はオーガか……」


 納屋の壁に身を寄せ、南ゲートを覗き見る。

 するとゴブリン兵から「センム」と呼ばれていたオーガが、苛立いらだたし気にゲートの周囲をうろついていた。


 これでは強行突破もままならない。

 センムはなかなか目端めはしが利くようで、アグリが侵入時に使用した垣根の隙間にも番兵を配置していた。


(このまま包囲網を狭められたら、身動きが取れなくなるな……)


  ☁


ピコピコ:いよいよクエストも大詰め。残すは村のゲートを突破するのみとなりました。最適と思われる脱出手段を選んでください。


 アグリが囮になり、村中央までモンスターを引き付る。その間にエルフ娘を村の外へと逃がす。

「さすがにあのオーガ相手に戦えない! 自分の立身出世のためならば、なんだってするって顔してるし!」

【シナリオ48へ】


 アグリはふんどし一丁になり、南ゲートで踊る。

「オラの踊りなら、オーガだってタジタジだべ!」

【シナリオ47へ】

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