第704話:日々成長
「なんだか最近、地揺れが多いな」
「そうなのか?」
「そうなのかって……多いだろ!」
リファルにあきれられて、俺はあらためて自分の感性が日本由来だと感じさせられた。まあ、確かに震度三
「でも、今回はあまり瓦が落ちていなくてなによりだ」
リファルの言葉に、俺も家々の屋根を見上げながら答える。
「それは言えるな。というか、前が酷かったからな。一部でも釘で打ち付ける仕様を提案して、本当によかった」
「お前のその提案のせいで、手間はおそろしく増えたけどな」
「そのおかげで今回、ほとんど瓦が落ちていないだろ?」
「……まあな」
前回の震度四程度の地震で、「ほとんどの家の瓦が滑り落ちる」という恐ろしいありさまになったこの街だけれど、今回は屋根の端のほうの瓦がずれたり、一部落ちたりというくらいで、ほとんどの瓦が無事だったことは、不幸中の幸いだった。
ついでに挙げるなら、我が家の揚水風車とポンプ、そして水道管。こちらもすべて無事だった。前回の地震で一部破損したから、今後、そんなことが無いようにしっかり接着・補強・固定をしておいたんだ。
「なあ、ムラタ。お前の故郷って、地震がたくさん起きる地獄みたいな場所だったって言ってたよな?」
「地震雷火事親父、ついでに最近は台風暴風洪水がワンセットになって、毎年何度も襲ってきて災害列島日本なんて呼ばれてたりするけど、地獄だなんて言ってないぞ」
「どう考えてもこの世の地獄じゃねえか」
げんなりした様子のリファルだけど、日本に住んでいれば本当に「よくあること」なのだから仕方がない。いや、俺だって被災したことがあるし、日本中の被災した方々にも申し訳ないけれども。
「それにしても、お前、なんで俺の現場についてくるんだ?」
「うるせえな、ニセ大工のてめえが危なっかしくて見てられねえからだろ」
鼻をこすりながらそっぽを向くリファルに、俺は苦笑いだ。こいつが考えていることは、時々よく分からなくなる。けれど、助かるのは助かるのだ。
「……おい、そこ! そうだ、そこのお前だ! よく見ろ、その材の角度が歪んでるだろ! 根元のほうを半寸(約一・五センチメートル)ほどずらせ!」
リファルに怒鳴られた大工が、ペコペコしながら木槌でこんこんと叩いて、修正を始める。
「馬鹿野郎! ずらしすぎだ! 反対側からひと叩きして戻せ! ……そうだ!」
「……そんな微妙な違いを見抜くって、お前、すごいな」
よく分からない。同じように下から見上げているというのに。素直に感心すると、リファルは鼻をこすりながら「……大工なら気づいて当然だろ! てめえの目は節穴か!」とそっぽを向いてみせた。
「何かを生み出すってなぁ、手を抜いちゃダメなんだよ。それを見抜けるようにもならねえといけねえんだ。日々努力、日々成長ってやつだ。てめえもいい加減、大工として成長しやがれ」
「それで、『幸せの鐘塔』のお披露目は、いつがいいと思うんだい?」
フェクトール公が、子供をあやしながら塔を見上げて微笑んだ。貴族の服に、頭の
「もう外装は出来上がっていますし、あとは足場を撤去するだけです。鐘の方も、職人たちが亀裂をうまいこと修復してくれました。内部の補強工事も、もうすぐ終了です。足場さえ撤去すれば、いつ行ってもよいでしょう」
「ムラタ君はどう思う?」
「親方のおっしゃる通りです。わたしも、足場の撤去が済み次第、いつでもいけると確信します」
いつもは雷を落としては職人たち、特に俺の頭をぶん殴ってばかりのクオーク親方だが、やはりフェクトール公にはよどみない敬語。
俺が同じことを聞いたら、『そんなことも分からねえのか! いつやってもいいに決まってんだろ!』とぶん殴られたのだが。
でも、最近は本当にクオーク親方ときたら、「やっぱりこの現場はこの腕で仕上げる」とか言い出し、俺に「例の集合住宅の改修現場に行け、そのつらを見せるな」と言って聞かない。
いや、真意は分かるのだ。塔に関してはもうあとは仕上げで、監督はただ最終責任者として見守っていればいい局面にたどり着いた。そういう意味で、俺に、自分を活かせる場所に立て、と言ってくださっているのだ。
だから毎日、朝と一日の作業が終わる頃に顔を出し、進捗を確認するのを基本的には忘れない。離れている二つの現場を行き来するために、おっかなびっくり活用していた
クオーク親方の言葉に、フェクトール公はほっと、安心したように息をついた。
「そうかい。それを聞いて安心したよ。なにせ、この前、そして先日の地揺れと、未曽有の大災害が立て続けに起こっているのでね……」
いや、先日の震度三程度の地震が未曽有の大災害って。俺は思わず突っ込みたくなったが、地震に慣れていないこの地方の人たちにとっては、大災害なんだろう。
「そうか、足場を撤去すれば……」
「ただ、足場の撤去自体にも日数がかかりますので、その分を考慮していただくことは必要かと」
「構わぬよ。ムラタ君がいつも言う通り、『安全第一』で進めてくれたまえ」
そう言って、フェクトール公は娘をあやした。何とも微笑ましい光景だ。
彼が胸に抱く娘は、彼の愛人である
しかし、それにしても成長が早い。うちの娘と半年ちょっと出産時期が違うとはいえ、既に立って、あぶなっかしげとはいえ歩きまわるのだ。まだ一年も経っていないのに! そしてしゃべる! 翻訳首輪を通しても多くは意味不明な言葉の羅列っぽいが、それでもしゃべる! あれこれ指を差してしゃべるのだ!
これが獣人の成長の早さという奴か!
たしかに、俺の子である二人の赤ん坊──シシィとヒスイは生まれておよそ四カ月ほど。誕生日もわずかな差しかないのだが、後から生まれたヒスイのほうが、シシィよりもずっと成長が早い。
シシィはころころと寝返りを打っては、うれしそうに笑う。ぷくぷくのもちもちの顔を全て笑顔にして、実に愛らしい。
対してヒスイは、既に
ほぼ同じときに生まれたのに、マイセルというヒトの赤ちゃんと、フェルミという
「私も、驚いているよ。ミネッタに言わせればごく普通らしいんだが」
隣で、やはり保護帽がドレスに似合わないミネッタが、微笑んでいる。一言もしゃべらないのは、自分の微妙な立場をわきまえてのことだろう。フェクトール公には力があっても、ミネッタの立場はあくまでもフェクトール公に依るもの。おかしな噂を立てられては、彼に迷惑がかかるということなのではないか。大変なことだ。
「それでは、新年を迎える記念日に祭列、というのはどうだね?」
「それは構いませんが、今から訓練が間に合うんですか?」
「なに、我が月耀騎士団をもってすれば簡単なことだ。伊達に訓練を重ねてはいないのだよ」
ニヤリと笑うフェクトール公。
「我々の仕事は破壊だけではない。何かを守るのは当然、何かを生み出したり、何かの節目だったりするときに、それを祝うのも、我々貴族、騎士の仕事なのだ。手など抜いておらぬよ」
日々成長、日々全力の、我が子のようにね──そう言って、彼は娘の顔に頬を擦り付ける。嫌がってるようにしか見えないが、まあ、微笑ましい光景だ。
となると、足場を早急に片付けなければなるまい。
ちょっと忙しくなりそうだ。高さおよそ百尺(約三十メートル)の塔の足場だぞ。解体計画はもうとっくに立てられているとはいえ、作業員たちに開始時期や留意点などをきちんと説明しないと。
日本なら、足場の組立・解体をおこなう、専門の「足場職人」がいたんだがなあ。やっぱり仕事の細分化、専門化は大事だよ。
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