第309話:披露宴(1/2)

 神々への愛の宣誓が終わり、いよいよ披露宴となった。

 といっても、日本でよくある、ウエディングプランナーと立てた計画通りに司会者主導で式が進み、友人のスピーチだの親戚の謡いだのを次々と披露、などといったものは、一切ない。


 こちらの準備した料理を食べてもらい、両家に関わる人たちが思い思いに談笑する。

 計画にあるのは、それだけ。

 もちろん、二時間で終わるとかそんな制約は、一切ない。なにせ自宅だし。


 それにしても、この家を建てるとき、実用性を重視して元の小屋よりもサイズダウンした関係で、まだ何もないとはいえ広い庭ができた。

 そのおかげで、こうして神殿に頼らず神々への宣誓式もできたし、こうして披露宴をするにしても十分な広さが確保できている。


 すべては偶然だけれど、うまい具合に噛み合って、本当にありがたいものだ。


 ……っと、そんな感慨にふけっている場合じゃない。あっちではリトリィとマイセルが、並べた料理を振舞い始めている。俺も、はやく次に並べる料理を取りに行かないと。




「あ、お姉さま、やっと来ましたよ! ムラタさん、こっちこっち!」


 パイがたっぷり入れられた藤籠をもって家を出たら、マイセルが大きく手を振りながら俺を呼ぶ。


 とりあえずパイをテーブルに運ぶと、マイセルが待ちかねたように、俺の手を引っ張った。


「ムラタさん、ほら、あれ!」


 マイセルが指差したのは、カラフルな晴れ着フラウディルをまとった少女たちが広げる布。縦横の幅は、二メートルくらいあるだろうか。真ん中には、これまた大きく、幾何学模様を組み合わせて描かれた、花のような図がある。さっきの祭壇の、神々を象徴する像に描かれていたものに、似ている。


「あれを二人で切り抜くんですよ! 将来家庭円満になるかどうか、占うんです!」


 マイセルによると、あの図案を二人でていねいに、かつ素早く切り抜くことで、夫婦の絆の強さを確かめるそうだ。切り抜いたあとは、家庭円満のお守りとして壁に飾るらしい。


「ふふ、先に半分を切り終えた方が、その家庭の主導権を握れるそうですよ?」


 リトリィが微笑む。そうか、よし。負けられないな!


「私だって負けませんよ!」


 周りの少女たちにはやし立てられながら、はさみを握る。っておい、ちょっとまって。これ、左利き用――


「はじめ!」


 青い衣装に身を包んだ少女の掛け声で、マイセルが切り始める。ちょ、ちょっとまて、これはずるいだろう! なんで俺の方は左手用のはさみなんだ!


 などと泣き言も言えず、俺は慣れないはさみを必死に動かす。最初こそ、切り始めで先んじたマイセルだったが、半分も切るころにはいい勝負といった感じになり、最後にはなんとか慣れてきた俺がリードするようになり――


「ぃよっし!」

「ああ~っ!」


 周りの少女たちの悲鳴のような歓声を背景に、かろうじて、俺が先に半分を切り終える。

 ひと息ほど遅れたマイセルは、ちょっぴり悔し気に、でも楽しそうに切り抜き終えた。


 はらりと、幾何学模様の花形の図案が切り抜かれたものを、リトリィが手にとる。


「とってもきれいに切り抜けていますし、こちらはお客様に見ていただける、居間にかざりましょうか?」

「そうだな、そうしようか――」


 言いかけて、気づく。


「――こちらはって、……リトリィ?」

「はい! つぎは、わたしとですよ」


 ……待て、リトリィ。君はだめだ。

 君の裁縫技能の高さは十分すぎるほど知っている。そのうえ、こちらはなぜか、左手用のハサミだ。

 勝てる要素が、万に一つも感じられない。


「だめですよ? そんな目をしても。まさか、マイセルちゃんとは競争できても、わたしとはしたくないっておっしゃるんですか?」

「――!? いや、あの……」


 そういうわけじゃない、と言おうとしたが、リトリィがうつむき、顔を覆う。


「そんな……ひどい……」


 顔を覆ってみせるが、目のところは開けてこちらを見上げているし、どう見ても笑いをこらえてるし、しっぽはばっさばっさと元気に揺れてるし!

 ああもう、仕方がない。リトリィにはどうせ敵わない俺だ、潔く散ってやる。




 今にして思えば、リトリィには、勝つ気なんて全くなかったことが分かる。


 ニコニコしながら、実にていねいにゆっくり切っていたのである。俺が左手用のはさみであることを知っていて、だ。おそらく。


 こっちの様子に合わせるように、ゆっくりとはさみを入れていく。俺の方は必死だというのに、彼女はひと裁ちひと裁ち、ゆっくりと、確実に、そして俺が切った分だけ切っていくかのように。


 最終的にはほぼ同時、俺の方がわずかに早かった……という体裁で。


「やっぱり、だんなさまにはかないません」


 そう言って笑ってみせたが、リトリィはきっと――いや、間違いなく、主導権を握るだのなんだの、そんなことはどうでもいいことだったんだろう。

 幸せをくり抜くイベントに、ただ参加したかっただけなのだ。




「ツェーダさん! 次の曲、お願いできますか?」


 もう三曲目だぞ、体力が続かないよ!

 悲鳴を上げる俺を面白そうに見ながら、ツェーダ爺さんがアコーディオンみたいな楽器を再び操り始める。

 さっきまでのテンポの速い曲と違って、少し落ち着いた感じの曲だ。


 ――って、それでももう、勘弁してくれ! またマイセルを巻き込んで転ぶのはごめんだ!


「大丈夫ですよ! さっきはたまたまです。あんなヘマは私、もうしないですよ」

「いや、もう二曲連続で踊ったんだぞ? せめて一息つかせてくれ……!」

「いやです。さっきのくり抜きも負けちゃったし、宣誓式での口づけのしかえ――お返しも、まだ済んでいませんから!」


 言ったな!?

 確かに今、仕返しって言いかけたな!?


「しーらないっ! ほら、ダンス、始まりましたよ!」

「勘弁してくれって! ほら、みんな笑ってるじゃないか……!」

「いいじゃないですか。今日はそういう日なんですから。みんなにいっぱい、笑ってもらいましょう?」


 そう言ってマイセルが手を取り、俺を振り回す。

 鬼だ! 鬼嫁がここにいる!

 ていうか瀧井夫妻、これで三曲目だってのに、なんでそんなに華麗にステップが踏めるんだ!

 特に瀧井さん! あんた七十代でどんだけ体力があるんだよ!


「なんだ、もうへばったんですか監督!」

「監督、釘打ちも修業ですけど、ダンスも修業ですよ」

「ここで踊らなきゃ、一生尻に敷かれますよ! ……うちみたいに」


 ゲラゲラ笑うヒヨッコども。

 中には、マイセルの友人の少女と踊っている奴もいる。

 くそう、これが現地人の強みって奴か? 付け焼刃の俺なんか、足元にも及ばない楽しげなダンス!


 ていうかバーザルト、お前、もっと高尚で理知的な奴だと思ってたぞ! なんだその、『うちみたいに尻に敷かれる』って!


「無限の体力があるんでしょ? 嫁さんを満足させてやらなきゃ! それとも監督の体力が発揮できるのは、ベッドの中だけですかぁ?」


 今のヤジはレルフェンだなこんちくしょう!

 お前も獣人娘の嫁を貰って、毎晩搾り取られてみやがれ!


 ステップを踏み始め、一、二、三ときて、くるりとマイセルを振り回す。

 どうだ、こうなったらやけくそだと思った瞬間、バランスを崩して再び転倒。せめてマイセルはと体をひねった結果、彼女のお尻がドスンと胸に落ちる。

 げふぅっ! 慣れないことはするもんじゃない、ほんとに!



 みんなの笑いと拍手で、一度席に戻る。

 ツェーダ爺さんに代わって、髭面のおっさん――キーファとかいったか、今度はそのおっさんが演奏をしている。これまた軽やかな曲だ。


 マイセルは、次はマレットさんと踊り始めた。あんないかつい体つきをしているのに、マレットさんの足さばきは実に優雅。みんな、ほんとにダンスが上手い。――というか、俺が絶望的にへたくそなだけだな。


「ふふ、おつかれさまでした」


 リトリィが、お茶を持ってきてくれた。


「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな。何度転んだか……見てくれよ、ほこりまみれだ」

「でも、マイセルちゃん、とっても楽しそうで――幸せそうでしたよ?」


 そう言って、料理を乗せた皿を差し出してきた。

 そうだ、準備で走り回っていたと思ったらすぐにくり抜きの余興、でもってそのままダンスと、まともに食事も食べないままだった。

 ありがたくいただく。


「そういえば、リトリィはダンスをしないのか?」

「だって、まだ、だんなさまと踊っていませんから」


 考えなしに聞いてしまったことを、悔やむ。

 ……そうか、マイセルに請われるまま、三曲連続で踊ってしまったからな。

 悪いことをした、リトリィだって踊りたかっただろうに。


「そんなことないですよ? しばらく休んでいただいてから、こんどはわたしと踊っていただきますから」


 そう言って微笑み、肩を寄せてくる。


 ……なるほど。今度はリトリィと踊らなきゃならないんだな。

 ああ、いやいや! そんな義務的に感じてどうする、俺の愛しいリトリィと踊れるんだ、むしろ狂喜するくらいでなきゃならないってのに!


「だから、いっぱい食べて精をつけていただいて、今度はわたしと、がんばってくださいね?」


 言われて気づいた。

 あのやたらと強壮効果の高い野菜――クノーブが、ごろんと丸ごと、皿に鎮座しているよ。


 ああわかったよ、これを喰って元気をつけたら、次はリトリィとダンスだ。

 串にさして頬張ると、甘辛く味付けされたそれを、一気に噛み砕いた。

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