第243話:パレードのあとに

 馬車の上でひきつった笑顔をばらまきながら、やって来たのは議会庁舎。そこで待っていたのが王国領自治都市貴族院議長とかいうやつ。そいつのねぎらい――というか、悪徳商人をぶっ潰すためにいかに自分たち議員が努力したかという、どっからわいてきたのか謎の自慢話――を剣王が受けることになった。


 なんだ、やっぱり貴族っているんだな、と、疲れた頭でぼんやり思ったことぐらいしか記憶に残っていないが。


 パレードはそこで解散となったが、解散といっても、要は整然とした隊列を崩して冒険者ギルドまで戻っただけだ。結局冒険者ってのは、その行動の開始も終了も、ギルドの館だからな。


 で、パレードを終えた冒険者ギルドの館の中は、大騒ぎだった。粛々と街を練り歩き、統制の取れた軍隊のようだった冒険者たちだったが、館に戻った途端、爆発した感じだ。

 特に今回の場合は、以外、大勝利と言える成果を収めたからだろう。


 今回、馬車の追跡に向かった先遣隊の全員と、こちらの隊から分かれた「勇猛な」エイベル、「先陣の」エレヴン、「必中の」ウーフィアの死亡が確認された。先遣隊にいた「遠耳の」ポパゥトも、例外なく。


 それ以外の、砦の方に向かった俺たちや戦闘部隊は、ほとんど被害を出さずに制圧できた。砦で、俺が聞いた二人組の会話が本当だとしたら、砦から出た馬車を護衛していた連中は、囮に引っかかった冒険者を叩きのめすための実力を持った、強力な部隊だったはず。


 にもかかわらず、奴隷商人から確認した、配置した護衛の数の死体も確認できたことから、先遣隊のメンバーたちは確かに奮闘し、護衛排除を成し遂げたのだ。


 先遣隊のメンバーたちやエイベル、エレヴン、ウーフィアたちが命をかけて囮の馬車の護衛の中心部隊をぶっ潰してくれたからこそ、俺たちは残敵掃討を、それほど労せずできたとも言える。


 もちろん、戦闘部隊にも、死者こそ出なかったものの、腕を切断されるなど冒険者稼業を廃業せざるを得ないような大怪我を負った者もいる。砦攻略組となった俺たちの隊からも、インテレークという犠牲者を出した。

 それについては、全員で黙祷を捧げる。


 そうした犠牲者の上で、今、俺は生きている。

 ギルドの食堂の、隅っこのテーブルで。


 本当ならとっとと家に帰り、リトリィの手料理を食べたいところだ。しかし、今回の依頼達成の処理を行わねばならなかったことと、今はリトリィの負担を減らしたかったため、ここで飯を食っている。


 リトリィがパレードで着ていた美しい花嫁衣装は、ずっと馬車の中に待機していたナリクァンさんのところのメイドさんが、回収して持って帰った。


「ご安心ください。結婚式で、同じものを使い回すようなことは断じてありません。ちゃんと手直ししておきますから、楽しみにしておいてくださいね」


 メイドさんは胸を張ってそう言ったが、あれでも十分美しかったのに、一体どうなってしまうんだろう。

 で、そのメイドさんが持ってきてくれた代わりの衣装を今、リトリィは着ている。


 装飾自体は主張しすぎず、しかし質素過ぎずといった、街でよく見かけるタイプの形の、深い青のワンピースドレスだ。リトリィの好みを反映してか、ちゃんと尻尾穴が開いている。


 以前、ペリシャさんから頂いたドレスとはまた違った、落ち着いた大人の女性、といった趣のドレスだ。なんだかリトリィが、いつもより大人びて見えるのは、気のせいではないだろう。


 だが、大人びて見えるからリトリィがおとなしいかというと、別にそういうわけでもない。

 万事控えめな彼女は自分の欲求もあまり示さないし、人前では気持ちを露骨に表すこともしないほうだ。だが、やきもちは結構分かりやすく示すのだ。最近ようやく気付いたことだが。


「ムラタァ! だから飲んでるゥ!?」

「……さっきから言ってるじゃないですか。俺、あまり酒、強くないんですよ」

「なァに言ってんのォ! 酒は飲んで強くなるモンよォ! 飲まないなんてェ、人生損してるよォ!」

「……何回同じことを言わせるんですか。酒は、強くなれません」


 酔ったアムティが、飽きもせず、延々と酒を勧めてくる。

 酒は飲んでも強くはなれない。不快感に慣れるだけだ。アルハラだぞ、まったく。


 それと、頼むから胸を押し付けないでほしい。

 たしかヴェフタールは、ガルフに向かってアムティの胸が薄いとか言ってた気がするが、全然そんなことないぞ。普通にある。


 で、今は鎧ではなく厚手の平服一枚、でもってこの世界にはブラなんてものはないから、……その。当たるんだよ、感じるんだよ。その先端を。背中に。首に。頬に。


「ヴェフタール、頼むからこの酔っ払い、引き取ってくれ」


 隣のテーブルで、つまみをつつきながらちびちびと飲んでいるヴェフタールに訴えるが、彼は涼しい顔で取り合わない。


「何を言ってるんだい。僕に降りかかる火の粉を君に押し付けているに決まっているじゃないか。もうすこし面倒を見てほしいね」


 ……リトリィの恨みがましい目が怖いんだよ! 頼むよ引き取ってくれよこの酔っ払いを!


 それにしても、こうして大騒ぎをする冒険者たちを見て、つくづく思うのだ。

 犠牲者を出しながら、生き残った者は、そんなことはどこ吹く風と大宴会。


 酒に食い物に浮かれ、そして今が稼ぎ時とばかりに、胸を放り出す勢いのケバい格好の女たちが荒くれ者にしなだれかかり、そして今も、そんな女を伴って宿になっている二階に向かう男がいる。


 今回の仕事で稼いだ金を、即座に酒と食い物、そして女に投入する。


 実に刹那的な連中だ。ひと月、己の分をわきまえてコツコツと仕事を続け、そしてひと月後に支払われる給金で次の月を細々と生きる、そんな俺には、とても考えられない生き方。


 女も女だ。

 リトリィを妻に選ぶ俺だ。今さら、売春婦を賤業と蔑む気はない。

 生きる上で、それしか選べなかったという女性もいるだろうし、事情があって、何としてでも短期間で稼がねばならない女性もいるだろう。 


 だが、何人もの犠牲者を出したこの戦いのあとに、こんなに刹那的な宴に乗っかるように稼ごうとする女たちを見ると、とても平常心ではいられない。説教の一つもぶつけたくなってしまう。


「……なんだ、シケたツラして」


 ギルド長が、隣に座る。アムティを押しのけるようにして。


「アム、からかいたい奴がいるならほれ、そこの駆け出しどもでも相手にしてこい」


 ギルド長に言われて口を尖らせたアムティが、今度はヴェフタールにしなだれかかる。ヴェフタールは迷惑そうにするが、まあ、これが順当な姿のはずだ。


「……死んだ奴のことを考えていたな?」


 俺はぎょっとした。そんなこと、一言だって言ってないのに。


「図星を突かれた、って顔だな。まあ、こういう時にシケたツラをしてる奴は、みんな同じようなことを考えてるもんさ」


 リトリィが不安そうに俺を見る。

 ……大丈夫だ。君のせいじゃない。


「正直、『遠見』の兄弟がやられたってのは、実は相当な痛手だ。あいつらのおかげで、離れた場所とやり取りができていたからな。このヤバさに気づいている奴は少ないみたいだが、いずれわかるだろう。あの兄弟がいかに有能だったかが」


 やっぱりか。

 俺も、リスクに気づくまではぜひあの魔装具……だっけ、あのピアス、欲しいと思ったからな。あれだけのために、耳に穴をあけてもいいと思ったくらいに。


「……ガルフが出たんだって?」

「……ええ、そうらしいです」

した奴隷商人からも、ガルフを馬車の護衛に回したという話は聞いている。……ポープは、運が悪かった」


 ギルド長は、長いため息をついた。


「ギルドとして、ガルフを討伐するようなことはしないんですか? その、ポパゥトを含め、やつにやられた冒険者が何人もいると聞いたことがありますが」

「……ガルフも、あくまで仕事だからな。任務外で殺人でもやってりゃ別だが、あくまで奴は仕事をこなしているだけだ」

「仕事であれば、殺人も許されるんですか?」

「……馬鹿か、おめえは」


 ギルド長が、今度は呆れかえったようなため息をつく。


「だったら、今回の作戦で奴隷商人どもの護衛を叩き斬ったうちの冒険者どもも、みんな殺人者になっちまうじゃねえか」

「あ……」

「仇を討ってやりたいという気持ちか? まあ、それ自体は分からんでもない。だが、お互い、だ。それ以上でも、それ以下でもない。忠実に仕事をこなしているヤツに敵討ちを適用したら、それこそ果てしない復讐が、延々と続くことになるぞ」


 ……そうか。ということは――


「ガルフを討伐? 正当な理由があれば請け負うが、基本的には受けられんな。もし暗殺を考えているなら、ギルドとしては受けられん。そういうのは、傭兵ギルドにでも行け。もっとも、この街には無いがな」

「……やはり、個人を討伐するお仕事というのは、冒険者の仕事ではないというわけですね」

「害獣や魔獣の討伐とは違うからな。それとな、どこに依頼しても、依頼が達成された時点で、殺人者だ。手を下した奴じゃない。もちろん刑罰に処される。それも、人を使う卑劣さから、単純な殺人以上の重罪は確定だ」


 ギルド長は、運ばれてきた麦酒のカップを一息で空にすると、そのまま運んできたウエイトレスにおかわりを要求してから、つぶやいた。


「もうすぐ、そこの娘さんと結婚するんだろ? 本当にそれでいいのか?」


 つい、リトリィの方に目を向けると、彼女は小さく笑って、首を振った。


 ――そうだ。俺は、彼女を幸せにしたくって、彼女と生きることを決めたんだ。彼女と離れて生きねばならないようなことをするのは、本末転倒だ。

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