第205話: リトリィにも特別の.
※205話を読まなくても、206話を読むことに支障はありません。
――――――――――
「……おはよう」
「……ご、ごめんなさい!」
共に一糸まとわぬ姿で、毛布だけを被って、互いに重なって丸まるようにして眠る二人が、そこにいた。
俺は思わず苦笑し、二人を起こさないようにそっとベッドに入ったら、リトリィがぱっと目を覚ましたのだ。
「マイセルちゃん、起こしますね?」
「いや、いいよ。可哀想だ」
「そ、そうでしょうか。マイセルちゃん、その……楽しみというか、『今夜こそは』って……」
……いやもういいからほんとお願い、リトリィ、頼むから自分以外を推すのはやめてくれ。
「……いいんですか?」
リトリィが、自分の頬に当てられた俺の手のひらに、自分の手のひらを重ねる。
「いいんだ。もうすこしだけ、彼女はそっとしておきたいんだよ。もうしばらくだけでいいから、せめてベッドでは君だけを見ていたいんだ」
ただ、いまは彼女が居るから、ここではできないけどな。
そう言って笑うと、彼女も微笑み、身を起こした。
「男のひとって、機会さえあればできるだけたくさんの女の子を抱きたがるものだって、ずっと思ってました」
「……おい、そりゃ酷い誤解だ。俺、そんなにいろんな人に目移りしてるように見えてたのか?」
「ちがいますよ」
リトリィの笑みが、どこかぎくしゃくしているように見える。
――ああ、そうか。
彼女は、「王都」とかいうところで幼少期を過ごした、ストリートチルドレンだった。
そして幼いながらに、純潔こそ守り抜いたものの、それ以外の方法を駆使して男の欲望を受け止めてきた街娼でもあったのだ。
「覚えていますか? あの、山のおうちで、外で一緒に月を見上げた夜のこと」
……ああ、覚えている。あの、彼女を初めて押し倒してしまった、あの夜のことだな。あのあと、二人でベッドに入って、でもあのときの俺は勇気がなくて、彼女を抱くどころか、自分から触れることすらできなかった。
「わたし、あのとき……ほんとうに、辛かったんです」
「辛かった?」
「だって、あなたが、抱いて下さらなかったから」
息が詰まる。突然、何を言い出すんだろう。
「わたし、あなたに抱いてもらうために、あの夜、あなたのもとに行ったんですよ?」
「い、いや待てよ。あの時は確か、出会って二週間も経ってなくて……」
「関係ないですよ、時間なんて」
そっと、彼女が身をかがめてくる。
長い舌を、そっと、俺の口に伸ばしてくる。
その首に、俺は、腕を絡めた。
「……そうか、あのとき、君はもう、
「だから、すごく、辛かったんです。あのとき、わたしは、ほんとうは好かれてなんていなくって、ただ、あなたは誰にでもやさしいだけなんじゃないかって、そう思って……」
「……俺は、優しくなんかない。ただ臆病だっただけだ」
「いまなら、そうだったって、分かりますけどね?」
隣で眠る少女を起こさないようにしなければ、というのが、かえって興奮を呼んだのか。
体も、いつも以上に妙に火照って仕方がない、というのもあったかもしれない。
枕に顔を押し付け、必死に声を殺そうとする彼女の声が聞きたくて。
俺は何度、彼女を抱いたのだろう。今夜の自分は、我ながらタフだった。
それなのに、終わったら、荒い息ながらけろりとして俺の胸にしなだれかかり、
「いつも以上に頑張っていただけて、すごく、すごく嬉しかったです」
うっとりとした様子でそんなことを言うものだから、リトリィのタフさというか、俺へのゆるぎない愛というか、信頼を感じて、苦笑するしかない。
「リトリィは、そんなころから俺のことを想っていてくれてたんだな」
「だって、あなたこそ、わたしをひとりの女の子として扱ってくれましたから。お食事を一緒にって誘ってくださったとき、ほんとうに、ほんとうに、うれしかったんですよ?」
体をかるく丸めた彼女を、背中から包み込むように抱きしめての、ピロートーク。
最近のお気に入りの姿勢だ。なんといっても、ふかふかの彼女を、全身で堪能できる。
顔は見られないが、彼女がどんな表情をしているかくらいは、想像できる。
求めれば顔をこちらに向けてくれるから、少し体を起こせば、キスだってじっくり、たっぷりできる。
「わたし、あきらめていたんです。もう十九になってしまったばかりだったし、わたしはもう、ひとりで生きていくしかないんだって」
『もう十九になっちゃったの!』
そういえば、アイネに向かってそんなことを叫んでいたっけ。
「お父さまも兄さまたちも、とてもやさしくて頼りになるんですけど、やっぱり、好きになったひとと一緒になりたいじゃないですか。……兄さまたちは、お嫁さんのことなんて全然考えていないみたいですけど」
リトリィの言葉に、思わず苦笑する。
そうだ、あの二人は自分の技術を磨くことに夢中で、女のこと、まるで考えていない感じだったな。アイネに至っては、まるでリトリィを守る騎士か何かのようになっていたし。
「そうしたら、
……可愛いことを言う。俺なんて、君と一緒になってしまったら日本に帰れなくなるなどと見当違いなことを考えて、君を酷く傷つけてしまったのに。
「……いいんですよ。いまはもう、こうして……ん、……ほら、ね? わたしのなかに、いて、くださる、から……」
……まったく。
そうだ。もう、俺は、彼女から離れるときがくるなんて、これっぽっちも考えられない。いや、思考の片隅にだって入れたくない。
「……マイセルが今起きたら、目の前で、あられもない姿を晒す君を見ることになるんだぞ?」
「……いじわるは、しない、で……っ!」
顔をこちらに向けた彼女の眼は、しかしその言葉とは裏腹に、あきらかに。
「マイセルに、見られたいのかな? その顔を」
可愛らしい悲鳴を上げるリトリィの、その耳の端を甘噛みしてやる。
思いきり体をのけぞらせた彼女を、再び抱きしめた。
「マイセル、結局、起きなかったな」
「……すごく寝つきがいいんですよ、きっと」
ぱたぱた。
リトリィの耳が、せわしなく動く。
……なるほど。
「……リトリィ、なんかしただろう?」
「し、ししししてませんよ!?」
あからさまに怪しい。耳は落ち着きなく動いているし、体には妙に力が入っている。こればっかりは、恥じらっているとかじゃない。断言してやる。
「俺に隠し事はしないんじゃなかったのか?」
「い、いえ、隠すとか、そんな――」
「隠し事はしないんだろう?」
意地悪く聞いてみたが、ぶんぶんと首を振って、なかなか教えてくれない。
「それに今夜は、なんだか調子がいいというか、いつもより頑張れるというか。……リトリィ、俺にも何かしただろう?」
首を振りどおしだ。だがこれは俺に関わることだ、これを隠されるのは、さすがに気分が悪い。
「ち、ちがうの、ごめんなさい、あの……く、クノーブを、いっぱい、召し上がっていただいたからだと……」
「クノーブ?」
……ああ、あの、四つ分食わされた、あれか。
なるほど、そういうことか。
きっとあの野菜、スタミナがつくみたいな効果があるのだろう。彼女と二人暮らしをするようになって、ちょうど寝る頃に体が火照るようになってきていたのは、あの野菜のせいだったという俺の予想は、正しかったのだ。
ただ、栄養価が高いだけじゃなかったという点で、こみあげてくる苦笑いを抑えられないのだが。
「ほ、ほんとうは、新婚の夫婦が、おたがいの健康と子宝を願って、式を終えてから二十日間、夕食で食べるんです」
なるほど、式を終えてから食べるものだと。
そういえば、ハネムーンの語源はHoneymoon、はちみつの月。強壮効果があると信じられていたはちみつ酒を飲みながら、新婚のカップルがひと月間、子作りに励むというのが由来だったか。
それと同じような意味合いなのだろう。たしかに、効果はばつぐんだ!
マイセルが引いていた理由も、今さらながら分かった。毎晩一つ食べるだけで、毎晩イチャイチャできる元気が出ていたのに、今夜は四つも食べたのだ。そりゃあ、元気が有り余るってものだ。
ということは、これだけリトリィが声を上げてもマイセルが起きないというのも、やっぱりリトリィが何か盛ったに違いない。
まあ、酒でも飲ませるか何かして、マイセルが寝入ってしまうように誘導したのだろう。なんだかんだいっても、リトリィは俺を独占したがっているからな。
……そういえば、リトリィは絶対に酒を飲もうとしないけど、リトリィが酒を飲んだらどうなるんだろうか。今のマイセルみたいに、寝てしまうのだろうか。
今度、試してみよう。
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