第166話:ムラタの棟上げっ!(3/9)

「思ったんですけど、今回のように母屋もや垂木たるきを支える横木)の下に柱を立てない工法だと、天井裏をまるまる全部、部屋にできますよね?」


 鋭い。さすがひさしの弱点をすぐに挙げることができたグラニット。


「そうだな。今回は天窓も屋根窓もつける気はないから、ただの物置にしかならないが」


 俺の言葉に、バーザルトが目を輝かせた。


「では、採光窓を作りませんか? せっかくの屋根裏を生かせるようにしたいじゃないですか。屋根窓、もしそれがだめなら天窓でいいですから、やらせてください」

「バーザルト、気持ちは分かるが、だめだ。どちらも雨漏りの原因になる。俺のモットーは早くて安くて丈夫で長持ち、だ。近い将来、必ず雨漏りすると分かっていて造るのは、俺の流儀に反する」


 すると、グラニットが鼻息荒く顔を突き出してくる。


「じゃあ、僕達が、将来の点検や補修に責任を持ちますから!」


 ――論外だ、ヒヨッコたちに責任など、負わせられるはずがない。

 そう言おうとすると、それまで黙っていたマレットさんが笑いながら答えた。


「その条件なら、いいんじゃねえか? なあ、ムラタさんよ」


 ……馬鹿な。抗議しようとしたが、マレットさんは上機嫌な様子で続けた。


「若い連中がやりたいって言ってるんだ。幸い、ナリクァン夫人も好きにやっていいとの仰せだ。失敗したらこいつらが修理すればいい」

「はい! 完成後も、俺達が責任をもって点検修理します! だからやらせてください!」


 ヴァルナスまで混じってくる。どいつもこいつも、真剣な目だ。

 ――なるほど。みんな、やりたくて仕方がないらしい。

 いや、屋根裏部屋を作れる可能性を残したのは俺自身なんだけどさ。


 そういえばアイネも、自分で鎌を作っていいと親父殿――ジルンディール親方に言われたとき、狂喜してたっけ。職人は、みんな同じなんだな。


「――忘れているようだが、本来、お前たちは別々の棟梁とうりょうのもとで修業中の身だったのを、マレットさんが好意で、機会をくれたんだからな? だから明日以後、お前たちは基本的に、あの現場に来ることはない」


 あえて言ってやる。

 しゅんとなるヒヨッコたち。

 仕方がない、これ以後はどうしてもいろいろと専門技術が必要になってくる。彼らの出番は、無いはずだ。

 技術のない彼らを雇い続ける必要は、ない。


「……だが、どうしてもやりたいなら好きにしていい。ただし正規の仕事でない以上、給料はあまり出してやれないし、お前たちの棟梁の説得は、自分でやれ。それと、やるなら十年は雨漏りしない、堅牢な作りにしろ。

 ――そんな条件でもいいなら、来ていいぞ」


 数瞬ののち、爆発した歓声に、店の客たちが一斉にこちらを見た。




 皆を解散させ、さて俺たちも、というタイミングを見計らうように、リトリィが店先に現れた。どこかで待っていたのだろうか。


 隣のマイセルを見てふわりと微笑むと、ドレスの端をつまんで身をかがめ、礼をしてみせる。


「こんばんは、マイセルさん。お話は、ムラタさんからうかがっています。

 ――大工を目指していらっしゃるんですよね」


 それに対して、マイセルが固い笑顔を浮かべた。


「リトリィさん、ですね。ムラタさんからお話は聞いてます。鍛冶屋、やってるんですよね」


 マイセルの言葉に、リトリィは満面の笑みを浮かべて答えた。


「はい。先日、親方に認めていただけました。これでこの街で、ギルドの登録試験を受けることができます。やっと、ムラタさんのお役に立てるようになりました」


 リトリィの笑顔はあくまでも柔和だが、それは先んじた者の余裕、というやつか。ただし、一歩も譲る気はない気迫も漂わせている。


 先ほどまでの楽しい雰囲気はどこへやら。

 胃の腑に冷たいものが走る。


「……そう、ですか。

 わ、私は今日一日、大工としてご一緒させていただきました。まだ未熟だけど、ムラタさんのお役に立つように、頑張ったつもりです」


 やや厳しい、挑発的な目で、リトリィにかみつくマイセル。リトリィはその様子に、ふふ、と笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。ムラタさんのこと、、よろしくお願いしますね?」

「――――!!」


 マイセルが一歩前に出ようとしたとき、マレットさんがマイセルの肩をたたくと、リトリィに頭を下げた。


「帰るぞ、マイセル。

 ――嬢ちゃん。ができたと思って、

「お、お父さん!」


 リトリィは、あいまいな笑みを浮かべたまま、答えなかった。

 その態度はマレットさんも分かっていたようで、それ以上言わずにマイセルを引きずるように帰って行った。




 二人が角を曲がるところで改めて礼をしたリトリィは、大きなため息を一つつくと、改めて俺に向き直った。


「お疲れさまでした、ムラタさん」

「あ、ああ……。リトリィも、お疲れ様」


 どことなく他人行儀なリトリィにされる。


 ――ぱふっ。


 胸に、軽い衝撃。


「リトリィ……?」

「……ムラタさんは、きっと、いろんな人にとって大切な人です。でも……」


 胸に飛び込んできた彼女は、俺の胸元で、ぐっと、俺の服を握りしめる。


「でも、あなたの愛だけがほしい、それだけあればいい――そんな女がここにいることを、忘れないでほしいです……」


 ――そうだ。

 彼女は、ナリクァンさんのところで、今日一日、働きづめだったはずなのだ。それなのに俺は、真っ先に彼女を、心からねぎらうこともしないで。

 ……自分の薄情さに、自分の頭を殴りたくなる。


 そっと、彼女の髪を撫でる。


「……ごめん」


 ゆっくり顔を上げた彼女の、

 その薄い唇を、

 長く熱い舌を、

 むさぼるように。


 ――夜は、これからなのだから。




「あの、ムラタさん」


 リトリィが、水差しを俺に渡しながら聞いてきた。


「マイセルさんのこと、……その、どうされるおつもりですか?」


 リトリィの質問の意図が分からず、聞きなおしてしまう。


「その……マイセルさんを、お嫁さんに、されるんですか?」


 盛大に水を吹き、むせてしばらく咳が止まらなくなる。


「ご、ごめんなさい! だって、その……マイセルさん、どう見たってその、ムラタさんのこと……!」


 俺の背中をさすり続けるリトリィに向き直ると、不安にさせた俺自身への腹立たしさと情けなさを誤魔化すように、彼女の体を力いっぱい抱きしめる。


「……不安にさせたんだな?」

「い、いえ、その……!」

「ごめん……」


 しばらくそのまま抱きしめていると、かすかな嗚咽が聞こえてくる。やがてそれは、号泣へと変わった。


「……ごめんなさい、もう、大丈夫、です」


 しばらくして落ち着いたところで、答えづらいかもしれないと思いつつ、先ほどの言葉の意図を確認することにする。


「リトリィ、さっきの意味を教えてくれないか? 俺が、マイセルを、嫁さんにするって思っていたのか?」

「違うんですか?」

「リトリィを捨てて?」


 彼女は返事をしづらそうに、だが、ややあってから頷いた。


「だって、ムラタさんのお仕事を考えたら、それが一番、いいのかなって……」

「みんなそう考えるんだな……」


 うんざりして、ため息をつく。

 首をかしげるリトリィに、瀧井さんにも同じことを言われた、と伝えた。


「親がかばね持ちの大工と、そして設計。この二人がそろったら、この街では仕事上有利だろうってね」


 マレットさんも、大方同じ考えだろう。


「わたしも、そう思います……。だから、マイセルさんがああ言って来たときから、ずっと、あなたを取られてしまうんじゃないかって、すごく、こわくて……」

「だから今夜も、あんなに積極的だったのか?」


 俺の言葉に、頬を染め――かすかにうなずく。


「……赤ちゃんさえできれば、何を言われても、もう夫婦めおとですから……」


 リトリィの言葉を聞いて、暗澹とした思いになる。

 つまり、決定的な事実を得たいと願うほどに、彼女を不安にさせてしまっているということだ。

 こうして二人きりの夜を、共に過ごしているというのに。


 しかし、どうしてそこまで、不安がるのか。


「だって……マイセルさんは大工さんですから。ムラタさんのお役に立つに決まっていますし、かばね持ちのマレットさんがいますから、お仕事だってすぐ舞い込んでくるはずです」

「俺は仕事のために妻を選ぶわけじゃない」


 そこはしっかり釘をさす。


「瀧井さんにも言ったんだが、俺はリトリィを愛しているから、こうして今、抱いているんだ。リトリィにまでそんな見方をされていたなんて、俺は正直、ショックだぞ?」


 たちまち彼女の顔が歪む。

 ――また泣かせてしまう。


 だが、今回ばかりはわざときつく言ったのだ。泣いてもらった方がいい。


「俺はリトリィが好きだ。リトリィのためにこの世界で生きると決めたんだ。その君が、俺を信じてくれないというのは、俺は辛い」


 案の定、彼女の淡い青紫の瞳が潤み、ぼろぼろと涙をこぼし始める。


「でも……でも! あなたはで、マイセルさんもで。――でもわたしは、獣人族ベスティリングです。

 赤ちゃんだって、マイセルさんなら、確実に望めます。きっといっぱい産めると思います。でもわたしは、どんなに愛してもらえても、産めるかどうかすら、分からないんです……!」


 俺の胸に顔をうずめ、首を振りながら、振り絞るように訴えるリトリィを、それ以上言わせまいと、強く、抱きしめる。


「だからなんだ? 君を選んだ俺の選択が間違っていると、そう言いたいのか?」

「だって! わたしは赤ちゃん、産めないかもしれないんですよ!? マイセルさんとなら絶対に手に入る幸せが、わたしが相手では手に入らない――」


 最後までは、言わせなかった。

 唇をふさぎ、力尽くで組み伏せた。


 また、泣かせた。大いに泣かせた。

 でも、髪を撫でながら、そこは謝らない。譲らない。


 彼女を選んだのは俺で、彼女と共に幸せをつかむと決めたのも俺だ。

 彼女をなどというような後悔など、絶対にさせるものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る