第152話:棟上げ

「――というわけで、今日は足場を組む。俺は足場なんぞいらんと思っているが――ゴホン! 思っている奴はいるかもしれんが、昨日のバンブスのようなこともありうる」


 マレットさんが、苦虫をかみつぶしたような顔で、ちらりと俺を見る。

 うなずいてみせると、マレットさんはため息をつき、続けた。


「今のお前らは今はまだまだくちばしの黄色いヒヨッコ、各自の棟梁の元に戻れば現場のお荷物かもしれん。だが、お前ら一人一人、いずれはこの街の未来を背負う大工の卵だ。

 足場も、そしてこれから配る保護帽ヘルメットも、どちらもお前ら自身の身を守り、お前ら自身の未来を守るためのものだ。それを忘れるな」



  ▲  △  ▲  △  ▲



 ――昨日の転落事故のあと、俺はまっすぐスポンサーナリクァンさんの元に行った。もちろん、出資を募るためである。バーザルトとマイセルも同行させた。


「――そういうわけで、これまでは怪我もまた経験、というのが慣例だったとは伺っているのですが、やはり彼らのような未来ある若者が、怪我によって経験を積む機会を失う、いえ、下手をすればその未来そのものを永遠に失うかもしれないというのは、街の未来に対する損失でもあります。

 どうか、若者の未来、そして街の未来のために、お力をお貸し願えないでしょうか」


 この後に、胸元で指を組んで目を潤ませるマイセルと、足首に痛々しい包帯姿のバーザルトの二人が、健気に未来への決意と助力を乞う口上を述べ立てれば、補助金交付一丁上がりである。


 我ながらこの人選は実にあざといと思うが、世の中カネがなくては動かない。まあ、こいつらヒヨッコどもも、自分たちのために出資してくれるスポンサーのために働くのだという意識を持てば、一層、現場に愛着がわくことだろう。


 ナリクァンさんの家を出たら、次は真っ直ぐに冒険者ギルドに向かった。

 頭部を保護することができるものと言えばやはりヘルメット、しかしマレットさん曰く「そんなものを売っている店なんぞ、冒険者ギルド以外で聞いたことがない」ということだったからだ。


 それにしても、冒険者ギルドというのが本当に街の中にあるというのは感動した。

 ――最初だけ。


 ゲームや小説などではお馴染みのこの施設だが、レベルを測るとか適性を見るとか、そんなようなことは一切無いようだった。

 なんというか、農協とか漁協とか、要するに内輪で談笑していてご新規さんが入りづらい感じの、ゆるい感じの銀行みたいな、そんな感じの一角を備えた、宿屋兼食堂といった感じ――それが冒険者ギルドだった。


 受付のゴツいおっさんと、いかにも「パーツは拾い集めました」みたいなちぐはぐな鎧を着た二十~三十代くらいの男たちが、延々と談笑している。


 何をどれだけどのように倒しただのなんだのという自慢話のようなものを、ずっと話しているのを聞いているのが面倒くさくなった俺は、横から「申し訳ありません! こちらで、頭を守る帽子を買うことができると伺ったのですが!」と割り込んでみた。


 さすがに受付の目の前でいざこざを起こそうとは思わないだろう、という俺の目論見通りだった。

 受付のおっさんと談笑していた、パーティのリーダーと思しき男は一瞬眉を上げた。だが、堅気と事を構える気はなかったようで、場を譲ってくれた。


「頭を守るってなんだ? あるにはあるが、冒険者になりてえのか?」

「いえ、わたくし、家の設計を生業なりわいにしているムラタと申します。

 このたび、家の建設に当たりまして、大工の皆さんの安全のために、頭を保護する帽子が欲しいと思いまして。革製の、軽いものがあればいただきたいのですが」


 俺の言葉に、受付のおっさんは目を丸くし、次いで大笑いした。


「おいおい。おめえ、大工が街中まちなかの現場で何と戦うっていうんだよ!」

「そうですね、高所から落ちたときとか、資材が落下したときとか。まあ、万が一に備えるんです」


 嘲笑するおっさんに、にこやかに大真面目に答える。こういう時は堂々としていればいい。


「……万が一って、そんなもん、気合でなんとかしろよ。遊びじゃねえんだ」

「ええ、気合でなんとかなるならそうしています。ですが、やはり頭というのは一番守りたい場所でして」


 本職のマレットさん自身が、保護帽をいらない、と考えているのだから、それ以外の人が、それを必要だと考えることなどないだろう。

 けれど、やはり人命に勝る資源は無いのだ。心配のし過ぎと言われ、結果として何もなかったなら、それでいい。問題は、対策できたはずのことで事故が起きること。


「いま、ウチの現場では、経験を積ませるために、あえて若手を多く起用しています。街の未来を担う若者に万が一のことがあれば、街の未来にとって損失です。そのための保護帽です」


 おっさんはしばらくじっと俺を見つめていたが、ため息をつくと、「いくついるんだ?」と聞いてきた。

 ――よし!


「現在現場には十人いますので、十個あればと思いますが」

「十個……か、分かった。ちょっと待っていろ。駆け出し用のものが、いくつかあるはずだ」


 おっさんはそう言って、奥に向かって怒鳴る。すると、丸眼鏡の少女が出てきて、オッサンの言いつけに従って再び奥に引っ込んだ。


 待っている間、食堂の方を眺めていたが、冒険者と言っても、いわゆる勇者然としたさわやか戦士とか、そいういうのはいない。半裸というか、要所しか装甲していないビキニ鎧痴女もいない。


 近寄るとニオってきそうなむさくるしい野郎がほとんどだ。女性もいるが、明るい恋の話題なんかよりも、大胸筋の厚みについて語り合う方がよっぽど話題に乗ってくれそうなゴツいねーちゃんとかばっかりだ。実に全く大層がっかりだ。


 だが、彼らは命のやり取りを生業にしている人間たちだ。そして、少なくとも今日までそれで生き延びてきた人たちだ。見てくれや戦い以外のことにうつつを抜かすようでは、今、ここにはいなかっただろう。

 なるほど、彼らもまた、正しくプロフェッショナルということなんだろうな。


 ちなみに支払いにナリクァン夫人を指定したら、おっさん、途端に腰が低くなった。やはり世の中、カネがものをいうのか、それとも彼女の人徳なのか、あるいはこれが貴族のチカラというものなのか。



  ▼ ▽ ▼ ▽ ▼



「――分かったな!」


 マレットさんの朝礼の言葉を受けて、俺は木箱を開ける。中の物を見て、やはり皆が一斉に抗議の声を上げた。


「そんなものかぶって、仕事なんかできませんよ!」


 真っ先に上がった声の主を、マレットさんがこぶしでもって黙らせる。


 昨日、ギルドで購入した革のヘルメット。ドイツ軍のヘルメットのように、後ろ側のすそがやや伸びて張り出した形をしている。

 駆け出しの冒険者には馴染み深い装備になるのだろうが、彼らの中には、見るのも初めて、という者もいるだろう。


「この現場の最高責任者はムラタさんだ。ムラタさんがやれと言ったらやるんだ。それくらいの分別はつけやがれ」

「でっ、でも……」

「うるせえ」


 そう言って保護帽をガボッとかぶせたあと、その上からぶん殴る。


「……痛くない」

「効果が分かったら全員付けろ。つけたくない奴は今すぐ帰れ」


 かばねもち棟梁に言われて、それでもなお反抗してみせるような奴はいなかった。内心、胸を撫で下ろす。


 革の帽子、というと、ゲーム序盤の定番装備っぽいが、この保護帽は木を削って作られたものを素体にして、そこになめした革を張ってあるため、なかなかに頑丈だ。少なくとも、うっかり構造物で頭をぶつけるとか、落下物が直接脳天に接触するよりは、ずっといいはずだ。




「いよいよ、明日は屋根を掛けるんだな」

「――そうですね……」


 天井根太ねだを渡す指示をしながら、マレットさんがポツリと言った。


上棟式じょうとうしきは、やるんだよな?」

「……え?」


 耳を疑った。


「……?」


 上棟式――つまり、むねげ。


 明後日が、この世界で俺が初めて担当した建物の――建築士ムラタのの、記念すべき第一号の日……?

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