第114話:大工の娘

「いただきます」


 マイセルに勧められた、焦げ目をつけたパンの間に肉や野菜、チーズを挟んだ、パニーニのようなものにかぶりつく。


 パンはリトリィの手料理でもおなじみの、もちもちな種なしパンのようだ。表面の焦げ目がいいアクセントになっている。

 肉は燻製肉、ちょっとスモークの匂いが鼻につくが、これはこれで悪くない。野菜は、リトリィの料理でもおなじみの酢漬け野菜。意外にパリパリしていて、これも悪くない。

 味が塩と酢とスモークの香りだけというシンプルさ、胡椒に類する香辛料は無いのだろう。


 しかし、そんな「味がシンプル過ぎる」という残念ポイントを空の彼方に蹴り飛ばす勢いで、チーズの強烈なニオイがすべての味覚を侵食してしまうのはいかがなものか。

 日本の食材は日本人好みに特化されすぎていると聞くが、このチーズは、本当にニオイが強い。というか、これこそがのチーズの証なんだろうな。


 具がたっぷりだからそこそこの値段になるのかと思ったら意外に安くて、だからマイセルの分もためらうことなく買ってしまった。相手が何も口にしていないその目の前で、一人でものを食べるというのは、気が引けるからだ。

 話を聞くとどうも朝食は一応済ませていたようだが、まあ、気にしない。




「家の材料……ですか?」


 俺は、この広場に来るまでに街を散策して気づいたことについて、彼女に聞いてみることにした。


「ああ。城内街と門外街じゃ、家の作りがだいぶ違うように感じてね。マイセルちゃんは大工の娘さんだし、ちょっと聞いてみたくてさ」


 パニーニにかぶりつきながら聞く俺に、マイセルは目を丸くする。


「マイセル……ちゃん……?」


 ……あ、しまった。

 そう言えばこの世界、成人年齢は十五歳だったか。どっかで聞いたぞ。

 ということは、マイセルは十六歳だから、もう成人女性ということだ。そんな女性に「ちゃん」付けをするのは、……子供扱いされたように感じるのかもしれない。


「あ、ごめん。ええと、マイセルさん、でいいかな?」


 慌てて言い直す。


「あ……いいえ、別にいいんですけど、……ムラタさんは、大人ですから」


 ……なんだか、「どうせあなたから見たら私は子供だと言いたいんだろう?」などと言われたような気分だ。

 ……まずい。マレットさんのお子さん二人を敵に回すようなことをしたら、今後の仕事に差し支える恐れがある。


「ええと……実は今朝、この街を散策していて気づいたことなんだけど、城内街と門外街では、家の作りが違うなあと思ってね? ちょっと聞いてみたいと……」

「家の作り……ですか?」

「そう! 城内街は石造りが基本だけど、門外街はわりと自由な感じがしてね? いや、門外街はまだこれから見て回るんだけど、ここから見ても、結構いろいろと違いが感じられてさ」


 そう言って、周りを見回してみせる。彼女もつられてか、小さく周りを見回した。


「……それで、製材屋に行くついでに、色々教えてもらえたら嬉しいな。その、の見地から」

「だ、大工として、ですか?」


 マレットさんの娘だ、多少なりとも心得はあるだろう。そう思って聞いてみたのだが、彼女は目を丸くし、ついで両の手で頬を抑え、そしてうつむいてしまった。


 ……あ、しまった。

 女の子に大工としての見地を、なんて、失礼だったか? だいたい、大工の娘だから家にも詳しいだろうとか、そういう決めつけ自体、よくないよな。むしろ大工仕事には全く興味がなくて、裁縫とか料理とか、そういうのが好きってこともあるだろうしな。


 ほとんど面識のない俺がこんな言葉をかけてしまったのだ。当然彼女はずっと、自分の思いとは関係なしに、似たようなことを周りから言われ続けてきているのだろう。しくじった。


「……ごめん、大工の娘だからって、そういうものに興味があるとも限らないよな。悪かった」


 彼女の方を見ないように、ズボンを叩いてパンくずを払いながら立ち上がる。

 製材屋への道は覚えているし、朝の腹ごしらえに、まあ悪くない店も紹介してもらった。このあたりが引き際なんだろう。


 改めてマイセルを見ると、うつむきつつも、こちらに顔を向けるような仕草をしていた。


「マイセルちゃ……さんにも予定があっただろうに、引き留めて悪かった。ありがとう、食事に付き合ってくれて」

「え……? あの……?」


 俺の言葉に、なぜか弾かれたように彼女はこちらを見上げた。まあ、ちょうどいい。


「お父さんに、よろしく伝えておいてもらえるかい? 明日、打ち合わせに伺うと、ムラタが言っていたと」


 そう言って、製材屋のほうに向かう。

 

「……待って、ください!」


 食べかけのパニーニを両手で抱え、なぜか両目を固く閉じるようにしながら、マイセルが叫んだ。


「わた、私が、道、案内、しますから!」




「この辺りの区画は、木骨造もっこつぞうで統一されてるんだな」

「はい! 木骨と漆喰しっくいがきれいでしょう?」

「ああ、にほ……地球ふるさとにも、こういう家が立ち並ぶちいきがあったよ」

「ムラタさんのふるさともですか! いいですよね、木骨造! わたし、好きです。レンガもいいんですけど、こう、柱と壁の色の対比とか、木の柱の温かみとか。すごくおしゃれですし、私も将来――」


 こげ茶色の木の柱と柱の間を、白い漆喰の壁が埋める、いかにもフランスやドイツの地方にありそうな、木骨造ティンバー・フレーミングの家々が立ち並ぶ。


 ただ、区画の家々がみなそうなので、統一された美しさは感じられるものの、やはり垂直に交わる柱ばかりだ。構造を強化するための筋交い――斜めに配置された柱――が、ほとんどない。構造上は特に意味の感じられない、装飾としてのものはいくつか見られたりするが。

 地震の少ない国らしい建て方だ。


「さっきまでの区画が、レンガで統一されていたのは?」

「もともとは、火事に強いまちづくりのためだったそうですよ。城壁に近い区画の家は、ほとんどレンガ造りですよね」


 さっきまでの、どちらかというと物静か、兄に対する抑制以外はほとんど口をきいていなかったマイセルが、ものすごく楽しそうに、色々と話をしてくれる。


「城内街の様子は、ご覧になられたんですよね?」

「ああ。重厚な石造りの家ばかりだった。レンガ造りの家もあるにはあったが、どちらかというと新しい感じだったかな?」


 俺の言葉に、マイセルが大きくうなずく。


「はい、城内街は、基本、石造りです。やっぱり、戦争に強い家づくりっていうことで、石造りしか認められていなかったそうです」

「じゃあ、レンガ造りの家が新しいのは――」

「多分、理由があって家を壊して、新しく建て替えたんだと思います。今は、レンガ造りの家も認められていますから」


 何を聞いてもよどみなく答える。

 さすが大工の娘。さっきは大工の娘扱いされたことが嫌だったんじゃないかと思ったが、どうもそんなことはないように見える。


「今は、というのは……?」

「はい、もう戦争をしなくなって、長いですから」

「石もレンガも、大して違いは無いように思えるんだが……」

「ムラタさん!」


 それまで楽しげだった彼女が、急に真剣な目つき――いや、むしろ厳しい目つきで見上げてきた。口調も、聞き捨てならぬ言葉をとがめるかのように。


「いいですか? レンガと石じゃ、強さがまるで違います!」

「……強さ?」

「そうです! レンガは手軽に作れますけど、石の硬さには遠く及びません。たとえば投石機の攻撃が当たっても、やっぱり壊れやすいのはレンガです。戦争に耐える家造りなら、やっぱり石が一番です!」

「……そう、なのか?」

「そうです!」


 やたら力強く訴えるマイセルが、真剣なんだけど妙に可愛らしい。俺はこんなに素直な子供ではなかったと思うから、きっとマレットさん家の教育の賜物なのだろう。

 そう言えば、自分にもこんな姪っこがいた。背格好も大体似たような感じ、よくからかって頭を撫でていたものだった。あいつ、いま、どうしているんだろう。


「それにしても、マイセル……さんは、本当にいろいろ知ってるんだな。さすがはマレットさんの娘さんだ」


 最初は大工仕事には興味がないのかもしれないと思い込んでしまったが、これだけいろいろと、嬉しそうに話してくれるのだ。きっと、彼女も少なからず興味があるのだろう。


「礼儀正しくて、けれど街の歴史にも詳しくて、なにより建築に関する知識もある。すごいな、マイセル……さんは」


 マレットさんも、こんな可愛らしい後継者がいるというのはうれしいに違いない。そう思っていたら、マイセルが少し、視線を落として、歩みを止めた。


「あの……、ほんとに、そう、思いますか……?」


「――マイセル……?」


 何やら急に沈んだ声で問われ、戸惑いつつ俺も足を止めると、マイセルはやや上目遣いで、俺を見上げた。


「ムラタさんは、ほんとにその、私のこと……すごいって、思ってくれるんですか?」


 ――――――――――

※ティンバー・フレーミング

 複雑に組み合わせた木の柱の間にレンガなどの壁材を構築し、漆喰で整える建築様式。独特の外観を呈するため、観光対象としてヨーロッパでは一定の人気がある。

↓参考画像

https://kakuyomu.jp/my/news/16816700426287133400

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