第2話 怪しげなオファー
「配信事務所エピライブ代表取締役、ラッカリカ・イェシラピアさん……?」
「はい。ラッカリカと呼んでください」
手渡された名刺を見て、俺は驚きの声を隠せなかった。
無事にモンスタートレインを納めたのは良かったが、どうやら誰かが通報してくれていたらしい。
残党の討伐も落ち着いた頃に事後処理の人員がやってきて、俺と少女――ラッカリカは事情聴取を受け、ようやく解放されて今に至る。
ダンジョン内では必ずその様子を配信しなければならない。
配信者の安全を守るとか不正防止だとか理由は様々だが、そんな配信中に仕事の話をすることはできない。というわけでダンジョンを後にした俺たちは近所のファミレスへ場所を移していた。
昼食時を過ぎて人がまばらになった店内。
そこで通された四人掛けのテーブルに座り、とりあえずドリンクバーの注文を入れてから俺は改めて対面のラッカリカを見つめた。
プラチナブロンドのふわりとした長い髪と柔和な笑顔が特徴的な少女だ。
春先の気候にあった可愛らしい服装が年相応の少女らしさを感じさせるが、日本人離れした容姿や節々に見える所作にはどこか気品を感じさせていた。
しかし、まさか……
「驚い――驚きました。社長が自らダンジョンへ潜っているんですか? 最近はダンジョン配信者の中にも個人事務所を持つ人もいると聞きますが、ひょっとして」
「あ、いえ……私の他にも三人ほど配信者が所属していますよ。それと、どうか自然に話してください。お願いしているのは私の方ですし、あ、そういえばお名前は……?」
「そうか……? なら、俺は
「イロウさん。イロウさんの方が年上だと思いますので」
ニコリと笑うラッカリカ。
……確かに。基本的に若年層の多いダンジョン配信者であるが、その中でもラッカリカはかなり若く見える。
容姿やその立ち振る舞いから大学生、いやひょっとすると高校生くらいの年齢と言われても驚きはないだろう。
「それで、まずは話を」
「引き受けてくれるんですね!?」
「まずは、話を、聞かせてくれ」
テーブルに手をついて身を乗り出してきたラッカリカをなだめる。
……いきなり目の前に飛び込んできた彼女の胸から視線を逸らす。
ラッカリカが身を乗り出したことで強調された胸は予想より大き――っていかんいかん。変な感想を抱くのは普通にセクハラだ。
空咳で意識を切り替えながら、俺は座り直したラッカリカへ問う。
「ラッカリカ。ダンジョンでアンタは俺にプロデュ―サーになってくれと言ったが、あれは本気なのか?」
「はい。本気です!」
瞳をキラキラと輝かせるラッカリカに対し、俺は冷や汗を流した。
あまりにも怪しすぎる……
正直、再就職先が決まっていない現状の俺にとってラッカリカの申し入れはうれしい限りなのだが、油断してはいけない。
ヘッドハンティングだスカウトだと言って、その実なんらかの詐欺などだった。
なんて話はダンジョン配信に限らずどこにでもある話だ。
いくら相手が美少女でも、いや美少女が相手だからこそ美人局なども警戒しなければならない。
……まだ今日でクビになったことは黙っておいた方がいいな。
「俺は一介のインフラ整備士だ。そりゃ職業柄ダンジョンまわりの事情には通じている方だと思うが、それでも配信者のプロデュースなんてやったことがないぞ。子供の遊びじゃないんだ。まずはいくつか訊かせてくれ」
「もちろんです! なんでも聞いてください!」
「じゃあ、プロデューサーの求人は出しているのか?」
「んぐっ…………」
一問目から答えに詰まった。
……まあいい。
次だ。
「じゃあ、月給は?」
「う、うちは歩合制で……」
「休みは?」
「しゅ、週休二日……」
「賞与」
「応、相談という形で……」
「……………………」
呻くように答えるラッカリカを見て俺は腕を組む。
お話にならなかった。
あんまりにもあんまりな条件である。
本当に人を探すつもりがあるのかと聞きたくなってしまうほどにあんまりだ。
その辺のブラック企業の方がまだ見栄えのいい条件を出してくるぞ。
俺の反応でこちらがどんな感想を抱いたのか気付いたのだろう。
ラッカリカはブンブンと両手を振って取り繕うように続けた。
「あ、あの! その……お、お恥ずかしい話ですが、えっと。経営状況はあんまり芳しくなくってですね……細かい状況はクロ――た、担当者がこれから参りますので、詳しい話は彼女と一緒にですね」
ブブブブ……
と、そこでバイブ音が聞こえてきた。
ラッカリカのスマホからだった。
どうやら着信が来たらしい。
ラッカリカは俺に断りを入れてから電話に出る。
「……ちょっとクローシス! 今どこに――えッ? まだ事務所!? メッセは見――はい? ガチャの更新? 推しの限定新衣装? そんなのいいですから! 今こっちにプロデューサーになってくれる人が――あ、トリントですか? へっ、男なら誘惑すればホイホイ引き受けてくれるって、イロウさんはそんな人じゃないですよ――」
「…………」
小声で話してはいるのだが、内容が丸聞こえだった。
というか、俺はまだ引き受けるとは一言たりとも言っちゃいないんだが?
「あ、その……ご心配なさらないでくださいイロウさん! イロウさんのご要望があれば可能な限りお応えしますので! イロウさんは命の恩人でもあるんですから! せめて私にできることならなんだって――」
「その前に」
ピシャリと遮り、俺は席を立つ。
「電話、少し長引くよな? 先にドリンクバーを取って来るよ。その間にお話をまとめておいてくれ」
「……ごめんなさい」
話がまとまっていない以上、ラッカリカにも引き留める手立てはなかった。
コクリと頷いたラッカリカに見送られ、席を立った俺はそそくさとドリンクバーのコーナーへ。
グラスの並んだスペースに立って「ふう」と疲労の嘆息を吐き出した。
……どうやら、ラッカリカは俺が荷物を持って席を立ったことに気付かなかったようだ。
ドリンクバーのコーナーはイロウたちが通された席と出入口のちょうど中間。
昼食時を過ぎて店内が落ち着いている分、それでも人の出入りはまだあるし、店員も落ち着いたのを見計らって順番に休憩へ入っているのか人員が少ない。
行動に出るなら絶好のタイミングだろう。
……よし。
「逃げるか」
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