Life3-4 どいてくれ、ジン。でないと、そいつを殴れない
まばゆい光が天から降り注ぐ。
川のせせらぎ。小鳥のさえずりが聞こえるくらいに静かな空間。
なにより四方八方、どこを見渡しても広がる緑、緑、緑。
自然の、木の葉の香りが肺を満たした。
「……空気が美味しい」
都市としての名前もない。土地として知る者も限られている。
だけど……。
「……壮観ですね」
永久の年月もの間、支えてきた大地。荘厳な雰囲気を放つ巨木。泊まることなく流れ続けた水流。
それらに自我はないはずなのに、確かに感じる生命の鼓動。
そして、この瞳に映る全ての自然が
全ての種族の中で、最も自然を愛し、自然に愛された者たち。
「これがエルフの里、か……」
知識としてはあったが、やはり肌で直接感じると圧倒的に質感が違った。
なるほど。自分という存在が矮小に思えてくるな。
リュシカの家族だからと少しばかり気が緩んでいたかもしれない。
全てのエルフを束ねるトップとお話をしに行くのだ。
娘さんと結婚させていただきました、と。
俺たちの幸せの証となる指輪の作成にご協力ください、と。
……ふぅ。急にお腹が痛くなってきたな……。
「そんなに緊張しなくとも大丈夫だよ、ジン。きっとあなたが思っているほど、私の父は立派な性格をしていないから」
リュシカの慰めがありがたい……。
きっと俺の不安を和らげるためにそう言ってくれているのだろう。
「自信満々の方がいい。気合い、入れてあげる」
「っ……!?」
バシンとレキの張り手が背中に炸裂し、丸まりかけていた背筋がピンとのけぞる。
思ったより痛い……!
けど、確かに気合いは充填された。
「……ありがとう、二人とも。大丈夫。俺は君の夫としてしっかり挨拶するよ」
そうだ。娘が連れてきた男がなよなよしていたら余計に悪い印象を与えてしまう。
しゃんと胸を張って、安心感を持ってもらわないと。
「それでリュシカさん。ここから私たちはどうすればいいのでしょう? さっそくご挨拶に向かいます?」
「もう少し待っていてくれるかい? おそらく誰がやってきたのか確認しに門番役が……ほら、来た」
リュシカの指さす先に目を向けると、一人の男性がこちらに向かって飛んでいるのがわかった。
しっかりと装備しているし、彼がリュシカの言う門番の役割を果たしている人物なのだろう。
なにやら笑顔でこちらに向かって手を振っている。それもかなり大きく、ブンブンと。
もしかしたらリュシカの知り合いかもしれないな。
そう思って、隣にいる彼女に目をやると――
「…………ちっ!!」
――すごく恐ろしい形相をしていた。
しかめ面になり、舌打ちまでするなんて……こんなリュシカは見たことがない。
レキやユウリも驚いており、俺たちの視線はもう一度男性エルフへと戻る。
……特におかしいところは無いと思うのだが、何か因縁でも……。
「おかえり、俺の愛おしい妹よ! リュシカの大好きなゲインお兄ちゃんが迎えに来たぞ~!!」
……ありそうだな、これは。
いや、まぁ、久しぶりに妹と会えて嬉しさのあまり、ちょっと過剰表現しているだけかもしれないし。
まだこれだけで判断するには早いだろう。
……もうすでにリュシカから発しているオーラがとんでもないけれど。
リュシカと同じ黒髪を三つ編みで束ねた彼はふわりと着地する。
一瞬の静寂が場を包み、面を上げたゲインお兄ちゃんと名乗った彼が取った行動。
「さぁ、リュシカちゃん! お兄ちゃんと再会のハグをしよう! ラブラブチュッチュがいいかな!?」
「帰省早々抱きついてくるな!」
「ぐべらぶぁ!?」
それはリュシカに飛びつき、顔面をグーで殴られて吹き飛ぶというものだった。
これが魔法を極めし、全種族の叡智ともいわれるエルフかぁ。
……申し訳ないけれど少しばかりイメージが変わってしまいそうだ。
俺もユウリもあっけにとられて、苦笑いを浮べることしか出来ない。
なんとも言えない雰囲気の中、レキがクイクイッと服の裾を引っ張る。
「私はジンがこのテンションで迎えてくれたら嬉しい」
「えっ、そうなのか?」
「うん。ラブラブチュッチュしたい。……しよ?」
「いまこの場で!? あっ、こら、離して……力強い……!!」
「こっちはこっちで……カオスですねぇ。ほら、レキちゃん。そういうのは夜になってからしましょうね」
「むぅ……」
「た、助かった……」
ユウリが引き剥がしてくれたおかげで、なんとか初対面の人の前でキスを晒すという恥ずかしい思いをせずに済んだ。
流石にそこまでの胆力はまだついていないので許してほしい。
こちらはこちらで。あちらはあちらではしゃいでいると片がついたらしく、リュシカはパンパンと手について汚れを払っていた。
あれ? お兄さんの頭から血、出てない? 大丈夫?
「三人とも、お待たせしてしまってすまない。もう私たちがやってきたとわかったはずだから移動しよう。私が族長のもと……つまり私の実家だな。案内するから」
「えっと……いいのか? お兄さんは……」
「ああ、違うよ。あれは……そう、粗大ゴミだ。だから問題ない」
「「「えぇ……」」」
「さぁ、アレが起き上がる前にさっさと移動しよう。うん、それがいい」
思い切り殴ってスッキリした笑顔のリュシカは何事もなかったように話を進める。
あんなにも優しいリュシカにここまで言わせるとはあの暫定お兄さんは一体過去に何をやらかしたのだろうか。
ユウリがリュシカの胸をまな板いじりしても、こんなに怒ったことはなかったぞ……。
俺たち三人は顔を見合わせて、兄妹間に何があったのか詳細も知らないのでリュシカについていくことにした。
……そういえばリュシカはさっき自分の父は立派な性格をしていないと言っていたな……。
謙遜だと思っていたが……いや、まさかな?
ちらりと地面に倒れ伏している暫定お兄さんを見やる。
すると、すでに立ち上がっており、全速でこちらに向かってダッシュしていた。
「うぉっ!?」
「ジンさん? どうかした――ひぃっ!?」
「……あれじゃエルフじゃなくてゾンビ」
「もっとしっかり殴っておけばよかった……!」
俺の声で迫る彼の姿に気づいたリュシカが戦闘態勢に入る。
本気の戦闘でしか使わない【賢者の杖】まで取り出す始末。
「待って、リュシカ」
そんな彼女の腕を止めたのは意外にもレキだった。
「家族はとても大切。無碍にするにはよくない」
「レキ……」
「そうだぞ、リュシカ。というわけでお兄さんもストップしてください……!」
「貴様にお兄さんと呼ばれる筋合いはない……!」
「勢い増した!? ぐぉぉぉぉ……!」
俺は二人の間に立って暫定お兄さんを食い止めた。
衝撃が体に襲いかかるが、レキとの特訓に比べると余裕を持って対処できる。
ほんの少し後ずさるだけで、暫定お兄さんの突撃は止まった。
……ふぅ、第一印象が肝心。
とりあえずリュシカを守る力強さは少しアピールできたのではないだろうか。
笑顔を作って、穏やかな声で……。
「初めまして、自分はジン・ガイスト。リュシカさんと結婚させていただいて」
「しゃべりかけてくるな、この盗人がぁ!」
強烈すぎる挨拶……!
なんとなく予想はできていたけど、まんまその通りに来るとは。
あれだけの妹大好きっぷりを見せてくれた。
だが、こちとらもっと濃い性格をしておる奥さん三人を毎日相手取っているのだ。
これくらいなんともない……!
「ん。私の大切な家族をバカにした。処罰する」
「木っ端微塵に切り刻んでも良いぞ」
「わかった」
「二人も頼むから落ち着いてくれない!? 俺なら全然大丈夫だから!」
「無理。ジンをバカにした罪は重い」
「どいてくれ、ジン。でないと、そいつを殴れない」
「貴様……いつまで俺とリュシカの間に挟まる。愛しあう兄妹の時間を邪魔するなぁぁ!」
「前も後ろも圧がすごい……!」
クッ……このままじゃ本当に戦闘が勃発してしまうぞ……!
お兄さんも俺に殺意マシマシでぶつけてくるし、レキたちもお兄さんに怒気を全力で向けている。
そして、その間に挟まれる俺は両方の気を受けて、魔王軍幹部と対決しているのかと錯覚するくらいの緊張を感じていた。
お互い強者だからタチが悪いよ……!
どうする? どうやってこの場を収める?
こうなったら俺のジャンピング土下座を披露するしか――
「あぁ、女神よ。荒ぶる民を鎮めたまえ。平常を、安らかな眠りを。何にも怯えず、恐れず、ただ安らかなひと時を――【眠り唄】」
お兄さんの頭上から降り注ぐキラキラした光の粒子。
【聖女】の加護を持つユウリが場が収まらないと判断して、その力を発動させる。
「いったい何をぉぉ……ぐぅ……ぐぅ……」
その瞬間、目の前で血眼になっていたお兄さんからふと力が抜けて、豪快に後ろへと倒れ込む。
……大丈夫かな? いま明らかに鳴ってはいけない音が頭部からしたけど……。
だが、いびきをかいて起きる様子もない。
……どうやら無事にことを収めることに成功したみたいだ。
「……ふぅ、ありがとう、ユウリ。おかげで大事に発展しなかったよ」
「いえいえ。こういう場合は私の出番ですからね」
「あはは……」
ユウリの言葉に愛想笑いで返す。
今回ばかりは何も言えない。レキもリュシカも戦闘態勢に入っていたからな……。
ユウリは普段は変態だがちゃんとした部分では、しっかり俯瞰して冷静にフォローしてくれるので本当に助かる。
「やだ、ジンさん。いつも気配り上手な奥さんだなんて……照れちゃいますよ」
「うん、ありがとう。ユウリは俺の自慢の奥さんだよ」
「えっ、あ、はい……」
内心を読まれた上にいろいろと付け加えられているけど、おおまかには会っているので訂正もいらないだろう。
「それで……この人は本当にお兄さんで合っているよね? リュシカのストーカーとかじゃない?」
「…………ああ、心底認めるのも嫌だが……間違いない。きちんと血のつながっている私の兄――ゲイン・エル・リスティアだ」
眉をひそめ、嫌悪感を込めたまなざしで眠っているお兄さんを見やるリュシカ。
どうも俺とレキのような良好な関係ではないらしい。
だからといって、本気で嫌っているわけじゃなそうだけど。
本当に嫌っている人物には、こんな優しい対応はしない。それはレキの両親とレキの扱いでぶつかったときに一度味わっている。
あっ、こらっ、レキ。
【聖剣】の剣先で突かないの。……えっ、ブスブス刺さってない?
なんで誰も止めようとしないの!?
「……で、だ」
俺はレキを後ろから抱きかかえながら、リュシカに視線を送る。
ここはエルフの慣習をよく知る彼女に任せた方がいい場面だ。
「どうするか、ですね。ここはリュシカさんに判断を仰ぎたいのですが……」
「……仕方ない。縛って一緒に実家まで連れ帰ろう」
そう言ってリュシカが【賢者の杖】を振るうと、蔓がしめ縄のように絡みついてお兄さんを縛り付ける。
両手両足だけでいいのに、全身をグルグルと葉巻きにしていた。まるでミノムシみたいだな……。
これでは道中に目が覚めたとしても暴れ出すことはないだろう。
「レキ。悪いけど運んでくれるかい? いちばん力があるのはレキだから」
「ん。わかった」
ひょいっと米俵を担ぐように肩で持つレキ。
「それじゃあ、行こう。……もう一度言っておくけど、うちの実家はこういうのがゴロゴロいるから……その気を引き締めておいてくれると嬉しい」
切実な表情で忠告してくれるリュシカ。
……さっきお父さんのことを立派な性格をしていないと言っていたけど……。
リュシカも大変な思いをしていたんだなぁと思いながら、憂鬱な足取りで先導するリュシカの後に続くのであった。
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