四①
僕たちが降り立った場所は、僕が世話になっている出版社のある、少し大きな町だった。夜も遅くなってきているにも関わらず、駅舎の中にはまばらに人影がある。その中の、一人の老婦人の肩に僕の視線が釘付けになる。その肩の上には白黒の
(いつ見ても、背中に薄ら寒いものを感じる……)
僕がそんなことを思って立ち尽くしていると、突然立ち止まった僕を不思議に思ったのか、
(……!)
そうしていると、突然手に暖かく柔らかな感触があり驚く。見ると、少しぎこちない様子で章子さんが僕の手を握ってくれていた。
それを確認した僕が視線を老婦人へと戻すと、どういう訳か、先程まで見えていたはずの髑髏の姿が消えている。
驚いて章子さんの顔を見やると、章子さんは僕に柔らかく微笑んでくれた。
「行きましょう? 先生」
そう言う章子さんの声に促され、僕たちは駅舎を後にするのだった。
町に出た僕たちは手近な宿で宿泊の手続きを行う。
ここに来る間、章子さんはずっと僕の手を握っていてくれた。そのお陰なのか、僕は例の髑髏を持った人物を、全く見ないで済んだのだった。
通された部屋は中央に机と座椅子が置かれた簡素な造りとなっていた。そんな部屋に僕と共に入った章子さんは、落ち着きなくそわそわとしている。
僕は適当な場所に手荷物を置くと、そんな章子さんを振り返る。
「章子さん?」
「ひゃいっ!」
「……」
僕が名を呼ぶと、章子さんは緊張からか裏返った声を上げる。そんな章子さんの様子に、僕は苦笑してしまうのだった。そうしてどうしたものかと逡巡した後、僕はゆっくりと章子さんへと近づいて、その身体を背後からふわりと包み込んだ。
その瞬間、章子さんの身体がビクリと震えたのが、僕の腕に伝わった。
「先、生……?」
ビクビクとした様子で声を震わせながら言う章子さんの肩に、僕は自身の顔を置く。そして章子さんの耳元へと囁いた。
「
「えっ?」
はからずとも低く甘い声になってしまった僕の言葉に、章子さんの身体が震えて硬くなる。僕はそんな章子さんへお構いなしで言葉をかけ続ける。
「僕の名前は直哉、ですよ。僕はもう、
僕の吐息はきっと、章子さんの耳朶をくすぐっていることだろう。その証拠に、章子さんの耳は真っ赤になっている。そして黙り込んでしまった章子さんへ、僕は続けた。
「名前、呼んではくださいませんか? ……章子」
僕の呼びかけに、章子は再びビクリと身体を震わせる。僕は章子の身体を包み込んでいる両の腕に力を込めた。その時、
「直、哉……さん……」
消え入りそうなか細い声で、章子が僕の名を呼んでくれる。その声を聞いた瞬間、僕は湧き上がる熱情を抑えられず、章子の白く細い首筋に口づけを落とす。
「……ん」
その瞬間、章子が一瞬だけだが艶っぽい声を出した。
そうして僕たちは、初夜を共に過ごしていくのだった。
翌日、僕は出版社へ行くための支度を
「おはよう、章子。よく眠れたかい?」
「あ……、先生……」
「呼び方」
僕の言葉に章子ははっとすると両手でその口元を押さえる。その仕草が愛らしく、僕は章子の傍へ立つとその頬にそっと口づけをする。その瞬間、章子の頬がぼっと、上気するのが分かる。
「も、もう! 直哉さん……!」
「ん?」
慌てる章子が可愛らしい。僕はそんな彼女へわざと意地悪な反応を返した。章子は恥ずかしさからか、しばらく俯いていたのだが、僕が着替えの最中と気付くと目をぱちくりとさせた。
「直哉さん、どこかへ行かれるんですか?」
「あ? あぁ、ちょっと。出版社へ行こうかと思ってね。章子も一緒に来るかい?」
僕の問いかけに章子は表情を明るくさせると、
「はいっ! すぐに支度を致しますので、お待ちください!」
そう言って章子も出かけるための支度へ取りかかるのだった。
出版社へと向かって歩く道のり、僕たちはどちらからともなく手を繋いでいた。そうすることにより僕は、町中で白黒の髑髏を見なくて済んでいた。
(不思議な子だな……)
改めてそう思い、僕は隣を歩いている章子をちらりと盗み見る。彼女の横顔はとても楽しそうで、幸せそうだった。その表情を見た僕の胸もほっと温かくなる。
出版社に到着した僕たちは受付でいつも世話になっている編集者の名前を告げる。しばらく待っているように告げられ、そうしていると僕が名を出した編集者が姿を現してくれる。
「島崎先生!」
笑顔で僕の元へとやってきた彼に、僕は軽く頭を下げる。
「聞きましたよ、先生。なんと、教え子に手を出したそうじゃないですか!」
おかしそうに話す彼に、僕は苦笑を返す。もはや否定も肯定も出来ない。すると彼は僕の後ろに隠れていた章子の存在に気付き、
「あれ? そこの美しいお嬢さんは?」
「彼女が噂の、女学生ですよ。章子、挨拶をしてください」
僕に促された章子はおずおずと前に出ると、
「お初にお目にかかります。
大きくはないがはっきりとした声で自己紹介をする章子が深々と頭を下げる。その様子を認めた編集者の彼は目を丸くすると、
「まさか、島崎先生……」
驚いた様子の彼に、僕はしっかりと頷いた。すると彼は腹を抱えて笑い出した。しばらく笑っていた彼は目元の涙を拭うと、
「いやぁ、先生の意外な一面が見られましたよ。それはそれは……」
そう言って喉の奥をクツクツと鳴らして笑っている。その後、
「さぞや今、お困りでしょう。僕で良ければお力になりますよ」
「ありがとうございます、助かります」
僕はそう言って頭を下げた。隣の章子も僕にならって頭を下げる。そんな僕たちに彼は一枚の紙を渡してきた。
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