第六音③
翌日の放課後から、鈴たちのクラスでも来週の球技大会に向けて練習が始まった。ジャージ姿で体育館に集まった鈴たちは、ポジションをローテーションして練習していく。
「せーのっ!」
ポジションに入っていない生徒たちのかけ声に合わせてサーブが打ち出される。同じクラスの他のチームと共に始めた練習試合はその動向に一喜一憂しながらの練習となっていった。
「鈴、鈴!」
「んー?」
「あの人、めっちゃカッコよくない?」
コートの隅で他のチームの試合を眺めていた鈴に、チームメイトの女子生徒がヒソヒソと声をかけてきた。体育館の反面は別のクラスの男子たちがバスケットボールの練習をしていたのだ。その中の一人の男子生徒を指さしながら、女子生徒が鈴に言う。鈴がその指の先を追って見てみると、そこに居たのは、
「和真くん……?」
「え? 何、鈴。あの人の知り合いっ?」
鈴の声を聞き漏らさなかった女子生徒が興奮気味に鈴へと顔を近づけてくる。それから鈴へ、
「あの人、紹介してよ!」
「紹介って……」
その瞬間、鈴はあからさまに嫌な顔をする。
もし自分がこの女子生徒を紹介したら、和真は心変わりをしてしまうかもしれない。それだけではない。こうして見ると、やはり和真はモテるのだ。今は自分のことを好きだと言ってくれているけれど、いつ自分よりも魅力的な女性に心変わりするか分からない。
そこまで考えて鈴はどんどんと気持ちが沈んでいく。すると、
「あー、ダメダメ。あの人、心に決めている人がいるからって、誰の告白も受け付けないの」
他の女子生徒が会話に加わってきた。
「えーっ? そんなぁ……、私、もう失恋……?」
先の生徒が肩を落とす。しかし気持ちが沈んでいた鈴は、はっと顔を上げた。それから会話に加わってきた女子生徒の方を見ると、
「その話、本当?」
「本当、本当。私の友達、それで玉砕したもん」
その言葉を聞いて、鈴は嬉しくなってしまう。
(私、こんなにも現金だったんだな……)
そう思っても、自然と緩んでくる口元を隠すことができない。鈴がニヤニヤとしていると、
「鈴? 何、ニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」
「べっつにー? さぁ、練習、練習!」
鈴はそう言うと立ち上がり、身体をほぐすのだった。
テスト返しも一段落つき、通常授業が始まってきた金曜の放課後。
鈴たち『ルナティック・ガールズ』は地下鉄に乗って予約しているスタジオ練習へと向かっていた。外は今日も一日ぐずついた天気で、いつまた雨が降り出してもおかしくはない。ジメジメと肌にまとわりつく湿気も地下鉄の車内は冷房が効いておりその手が届かない。そんな地下鉄の車内でのことだった。
「ねぇ、鈴。小林くんにはちゃんと返事をしてあげたの? もう初デートから一週間は経つけど……」
カノンの言葉に鈴はふるふると首を振った。それを見たカノンはあきれ顔だ。
「何を平気な顔で首を振っているのよ!」
カノンはそう言いながら鈴の両頬に手を伸ばし、軽くつねってくる。
「ひひゃい! ……痛いよ、カノン!」
鈴はそんなカノンの手を振り払って文句を言った。
「もう! 急に何っ?」
「何って、鈴、アンタもしかして、小林くんが心変わりしないとでも思っているの? お山の大将気取りですかっ?」
「そんなことは……」
ない、とは言い切れない自分に鈴は気付いた。和真は今、確かに自分を好いてくれているし、それで他の女子からの告白も断ってくれている。しかしそれは、
(ずっと、続くこと……?)
鈴は球技大会の練習初日に聞いた言葉を思い出す。和真が『心に決めた人がいるから』と言って告白を断ってくれていることを。
(でもそれって、いつの話……?)
それだけではない。あの日、和真の姿に目が釘付けになったのは何もあの女子生徒だけではないのだ。
「ねぇ、鈴。愛されてる女は大事にされるけど、そこにあぐらをかいて努力を怠る女は、地に落ちるだけだよ?」
カノンの言葉は鈴の心に刺さる。努力をしても報われないことがあることも、高校生になった今なら分かる。だからこそ結果にあぐらをかいて努力を怠ることは、努力をしても結果を得られなかった人たちへの冒涜なのだ。
「鈴ちゃん、あまり和真くんを待たせないであげて?」
琴音の言葉は心からの願いだった。
鈴は二人の言葉に目が覚める思いだった。しばらく考えてから、
「二人とも、ありがとう! 琴音、帰り一緒に帰ろう!」
「え? 鈴ちゃん、もしかして……」
「うん! 今日、和真くんに返事するよ!」
(来て、くれるかな……)
スタジオ練習を終えた鈴は琴音と共に、琴音が普段使っている最寄り駅へと来ていた。琴音は、
「鈴ちゃん、頑張ってね!」
そう言い残すと、大きなベースの入ったケースを担いで帰っていった。外はいよいよ雨が本降りになってきている。鈴は改札を背にし大きく取られている窓を打ち付けている本降りの雨を眺めている。先程和真には、
『大事な話があります。和真くんの駅で待っています』
そうメッセージを送っていた。
忙しいのか、和真からの既読はまだついていない。鈴が和真にメッセージを送ってから既に十五分が経とうとしていた。ボーッと窓の下を走っている在来線の線路を見つめていると、鈴の中に不安と後悔が襲ってくる。
もしかしたら、和真はもう自分に興味をなくしてしまったかもしれない。
そうなっていたら、ここには来てくれないかもしれない。
最悪、メッセージはブロックされているかもしれない。
そんなことばかりを考えてしまう。雨の薄暗さがまた、鈴を憂鬱な気持ちにさせるのだった。
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