第五音②

「大和から朗報。五限目、小林くんのクラスが木村の授業だって」

「和真くんのクラス?」

「五限目って言ったら、昼休みのすぐ後じゃん! 琴音、和真くんのクラスに案内よろしく!」


 大和からもたらされた情報に鈴が急いで残っていた昼食をかき込む。それを見ていた琴音も慌てて残っていた弁当を平らげていく。

 そうして急いで昼食を食べ終えた三人は琴音の案内で、教室棟にある和真のクラスへと急ぐのだった。




「ここだよ」


 琴音の案内でやって来た教室は、教室棟の端だった。奥まった場所にあるこの教室は他の教室に比べて広いという噂だ。鈴たちはその教室の扉を開けると中を確認した。和真はと言うと、自分の席で突っ伏して居眠りをしている。

 鈴たちは教室の出入り口付近でお喋りをしていた女子へと声をかけた。


「あの、小林和真くんを呼んでくれませんか?」


 鈴の声に女子二人組は一瞬だけ嫌そうな顔をしたのだが、黙って和真を起こしに行ってくれる。女子二人に起こされた和真は寝ぼけ眼で鈴たちの立っている教室の出入り口を見た。目が合った鈴は一瞬だけドキッとしてしまったが、すぐに平静を装って、ちょいちょい、と和真を手招きした。

 和真は緩慢な動きで立ち上がると鈴たちの方へと歩いて行く。そんな和真の様子に、彼を呼びに行った女子二人はたいそう驚いたようで、何やらヒソヒソとお喋りを再開した。


「どうした?」


 出入り口まで来た和真が教室の外へと出ながら鈴たち三人へと声をかける。鈴たちは和真の場所を空けながら見上げて口を開いた。


「和真くんって、この後、木村先生の授業だよね?」

「あー……、確かそうだったはず?」


 琴音の言葉に和真の返答は何故か疑問形だ。どうやらまだ少し寝ぼけている。


「放課後、カノンの教室に来て欲しいって、木村に伝えてくれないかな?」


 上目遣いでの鈴からの頼みに和真の目が覚める。和真は鈴の様子に軽く目を見張ると、そのまま何も言わずにじっと鈴を見つめていた。その視線に鈴はドキドキしながらも尋ねる。


「ダメ?」

「ダメじゃない」

「良かったぁ~……」


 和真からの即答に鈴は胸をなで下ろした。


「じゃあさ、木村へ伝言できたら、鈴にメッセージを送ってよ」

「それ、いい!」


 カノンの提案に琴音が手を叩く。鈴が驚いて二人を見るが、カノンと琴音はそんな鈴にニヤニヤ笑いを返すだけだった。その間に和真は自分のズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、連絡先を交換する準備を進めている。それを見ていたカノンが鈴の脇腹を小突いた。


「ほら、鈴も早く」


 カノンにそう言われ、鈴も胸ポケットからスマートフォンを取り出すと、和真との位置情報から連絡先を交換した。


「これで良し! じゃあ小林くん、木村の件、よろしくね!」


 何故か鈴と和真の連絡先交換にカノンが満足げだ。カノンの言葉を受けた和真は、うす、と短く答えると鈴に向き直り、


「後で連絡する」


 それだけを言い残して自分の席へと戻っていくのだった。

 鈴たちも和真のクラスに背を向けると自分たちの教室へと戻っていく。その道すがら、カノンがウキウキした様子で鈴へと声をかけた。


「やったじゃない、鈴!」

「な、何の話?」


 鈴はカノンの勢いに気圧されてしまい、思わずどもってしまう。そんな鈴へカノンは勢いを殺すことなく言った。


「小林くんの連絡先だよ! ゲット出来て良かったね、鈴!」

「後で連絡する、だって!」


 カノンの言葉に続き、琴音がわざと低い声で言う。大方、和真の声真似をしているに違いない。その後、二人はキャッキャッと楽しそうにしている。


「もう、二人とも! 和真くんからの連絡は何も、私じゃなくても良かったじゃん! 琴音でも良かったじゃん!」

「私、和真くんの連絡先は知らないよ?」

「ウソっ?」

「ホント」


 琴音からの言葉は鈴にとって寝耳に水であった。中学から仲の良い二人はもうとっくに連絡先を交換していると鈴は思っていたのだ。


「安心して、鈴ちゃん。この中で和真くんの連絡先を知っているのは、鈴ちゃんだけだから」


 琴音はそう言うと、にっこりと微笑んだのだった。

 五限目の授業が終了し休み時間に入ってからしばらくして後、鈴のスマートフォンが震えた。胸ポケットからスマートフォンを取り出して液晶画面を見てみると、


(あ、和真くん……)


 そこに表示されていたのは和真の名前だった。鈴はドキドキしながら届いたメッセージを開く。そこには短く『放課後の件、木村に伝えた』と書かれていた。あまりにも短すぎるその文章に鈴はなんだか落胆してしまう。


(って、何を期待しているのっ? 私!)


 鈴はブンブンと首を振るとすぐに和真へ『ありがとう』と返信を送る。その後、鈴も短文で『ルナティック・ガールズ』のグループメッセージに木村の件を書いて送った。すぐにそのメッセージには既読が二件つく。それを見た鈴は一仕事終えた気分になる。

 そうして考えてしまう。

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