第三音③
完全に琴音はクラス中で班に入れなかった者として、見世物となってしまった。女子たちの嘲笑は針のむしろとなり、チクチクと琴音を襲ってくる。いたたまれないこの状況に琴音は身を縮ませることしかできなかった。
「どうしようかな、困ったな……」
琴音の隣に立っている担任の先生は、ほとほと困った声を上げている。琴音は叶うことなら、ここから消え去りたいと考えていたのだが、
「じゃあ、私たちの班に入れてあげてもいいですよー? 先生、困っているみたいだし」
リーダー格の女子がそう言って手を挙げた。その顔はニヤニヤと笑っている。しかし琴音の隣に立っている担任の先生はホッとした表情だ。
「清水さん、あの班でいいよね?」
担任の先生が断らないでくれと言いたげな目で琴音に言う。琴音はあの班に入るくらいなら一人でいたいと思っていたのだが、いつまでもこうして教壇の横に立っているわけにもいかない。
琴音は先生を見上げると、ぎこちなく頷いた。その琴音を見た先生はあからさまにホッとした安堵の表情を見せる。
「じゃあ、あそこに行ってください」
担任の先生に促された琴音は重い足取りでリーダー格の女子の元へと歩いて行く。傍に来た琴音へ、彼女たちは見下すような視線を向ける。
「調子に乗るから、こう言う目に遭うのよ」
そう小声で言うリーダー格の少女は、クスクスと笑うのだった。担任の先生は班決めで難儀したことなどなかったことと言わんばかりに次の話題へと移っていく。その話を聞きながらも、琴音の耳には彼女たちのクスクス笑いがこびりついて離れてくれないのだった。
「……音、琴音!」
「あ、何?」
「何? じゃないよ。急に立ち止まるから、どうしたのかなって」
「あ、あれ?」
琴音は鈴に声をかけられて我に返った。どうやら知らぬ間に帰り道の途中で立ち止まってしまったようだ。
「大丈夫? 琴音。具合、悪い?」
「大丈夫だよ」
鈴からの言葉に琴音は笑顔で答える。その貼り付けたような笑顔は見ていて痛々しい。カノンもそう思ったのか琴音の傍までやって来ると、
「ねぇ、琴音。言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、苦しいときは頼ってよ?」
そう言って琴音の肩に手を置いた。鈴はその反対側にやって来ると、
「そうだよ、琴音。私たちは琴音の味方だから。だから、困ったことがあったらいつでも相談してよ?」
鈴の言葉を聞いた琴音は、ぐっと両手を握り、自分のスカートに皺を作った。
(どうしよう……。相談、しようかな……)
琴音が俯いて考え込む。しかし相談したところできっと、鈴とカノンにできることはないだろう。何より琴音個人の問題に二人を巻き込みたくはないと考えてしまう。だから琴音は顔を上げると、鈴とカノンへ笑顔を向けた。
「ありがとう、鈴ちゃん、カノンちゃん。大丈夫だよ。私は大丈夫」
その言葉は琴音自身が自分へ言い聞かせているようにも聞こえたのだが、これ以上は鈴もカノンも入り込むことができなかったのだった。
それからの日々も琴音が何かに耐えていることは分かったのだが、鈴とカノンには為す術がなく、ただ、なるべく琴音の傍にいることしかできなかったのだった。
そうして春の遠足、当日を迎えた。
鈴たちの学年の行き先は予定通り遊園地である。朝からバスに乗り、地元から少し離れた遊園地へと向かった。一時間程で到着した遊園地では、園内に入った瞬間に班行動という制約以外は自由行動となる。
とはいうものの、ほとんどの生徒たちが班行動という制約を無視し、
鈴たちの班は仲が良かったためグループでの行動をしていたのだが、カノンはクラスの違う大和が迎えに来たため、大和と行動することになった。カノンだけではない。他にも付き合っている相手のいる者たちはカップルで過ごしており、それをとがめるものもいないのだった。
さて、琴音はと言うとこの日も休むことなく登校していたのだが、班ごとに座るバスの座席は地獄と言っても過言ではなかった。何故なら琴音の班の少女たち全員がこれから始まる遊園地の遠足に会話を弾ませているのに、その会話は完全に琴音の存在だけがないものとして進んでいたためだ。
(でも休むってなると、お母さんに事情を説明しないといけないし……)
それだけは琴音にとって避けたいことの一つであった。だから琴音は毎日、何食わぬ顔で家を出て、毎日登校しているのだった。
バスが遊園地に到着すると、琴音の班の少女たちは当然のように琴音を置き去りにし、悠々と園内を闊歩していく。遊園地の入り口で一人佇むこととなった琴音は、疎外感と孤独感に
(こんなにも、ここには人がいるのに。そして楽しそうに笑っているのにな……)
その現実が余計に琴音を惨めにさせるのだった。
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