第26話 アイコン
ホームルームが終了して。
小坂先生が退室するや否や、クラスは蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
中途半端な時期にやってきた
近藤君いわく、十河さんを男から護るグループがあるくらいだ。
女神はこのフィールドでも崇め奉られていることが窺える。
さすがみっちゃん。俺の手が届かなくなる前に遥さんのマンションに召喚しないと。
俺は周囲の騒々しさに構うことなく、十河さんとは別の、もう一人の顔見知りに挨拶をしておかなければと立ち上がった。
だが──。
俺の隣の席の男子──近藤君が言うには鷺沼君──が、すっと俺の前に立ちはだかった。
そして、
「おい、お前なに考えてんだ?」
ドスを利かせた声で突っかかってきた。
「ん? なに? つか君、誰?」
鷺沼君と聞いてはいるが、嘘を教えられている可能性もなくはない。
俺は、俺より少しだけ身長が低い鷺沼君(仮)に誰何した。
「あ? 俺が誰かなんて関係ねえ。お前の態度が気に入らねぇんだよ」
鷺沼君(仮)が顎をしゃくってくる。
すると、俺に話しかけようとしていたのか、近寄ってきていた女子たちと男子数人が、まるで波が引いていくように、さぁっ、と離れていく。
俺を取り囲むのは、男子が六人。
おそらく鷺沼君(仮)グループだろう。
これはなんとも失礼な男だ。名も名乗らぬとは。
「楽陽でどんだけ仲が良かったか知らねえけど、彼氏でもねぇお前がみつはに馴れ馴れしく近寄んじゃねえ」
こいつ女神を呼び捨てだと?
ますます持って失礼な奴だ。
「あのさ──」
「っと、はるおみ。トイレ行きたいって言ってたよな。案内してやるからついて来いよ」
俺が口を開きかけたそのとき、後ろの席の近藤君が俺の肩を抱いた。
いや、抱いたではなく組んできた、か。
というか、お前のそのウィンクなに?
『この場は俺に任せろ』ってサインなんだろうけど、そういうのって相手にバレないようにするのが普通だから。
君のはあからさますぎるから。
「ほらはるおみ。一限目が始まる前にトイレ行っておこうぜ」
「お、ちょ──」
俺は近藤君に肩を組まれたまま、教室から連れ出されてしまった。
「な? 露骨もいいとこだろ?」
別にトイレに来たくはなかったが、来てみればそれはそれで出るもんだ。
用を足している俺に近藤君が「あれが鷺沼だ」と教えてくれる。
いや、近藤君さ。便器ずらっと空いてるから。なんでわざわざ隣に並ぶんだよ。
「鷺沼ね。にしてもなんだあれ」
初等部にいたかな。ん~。いや、いなかったと思う……けど。
記憶にないということは中学から入った生徒かもしれない。
「だから言ったろ? 十河さんと沙月さんに近づく男にはああやって威嚇するんだよ。勝手に近づくんじゃねえぞばりに」
おい、そう言いながらも君の視線はなんで下がっていってるんだい?
ちょっと、先生! ここに変態がいます!
「はるおみさ。いちいち絡まれるのもあれだから、十河さんとの関係を先に説明しておいた方がいいんじゃない? ただの知り合いだって」
なんでそんな面倒なことを。
おかげで沙月さんに挨拶しそびれてしまったじゃないか。
「忠告ありがとうな。翔太」
「あ! 呼んでくれた!」
「まあ、翔太のおかげで今回は変なことにならなくて済んだからな」
「おお! はるおみ! これで俺たちは正式なともだ──」
「友達だけど、トイレは一緒に行かねぇからな」
「え──」
俺は手を洗うと、わたわたとチャックを閉めている翔太を置いて教室へ戻った。
◆
扉を開くと一斉に俺へと注目が集まった。
室内はまださっきの空気を引きずったままのようだ。
ひそひそと話している声も耳に入る。
翔太の忠告はありがたかったが、俺には関係ない。
十河さん自身が俺に不快感を抱いているのなら食事の招待をなかったことにするし、今後俺から近寄るような真似は一切しなければいい。
沙月さんに対しても同じだ。嫌だというのなら話しかけたりしない。
俺はそれを確かめるため、もう一度十河さんの席へ向かった。
「十河さん。さっきの件だけど、もし断りづらかったのなら──」
「逢坂さん。私は勢いでお返事したわけではありません。ご招待いただける日を楽しみにお待ちしていますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
ガラス細工のような儚くも美しい笑顔で十河さんはそう言ってくれた。
なんという女神力! 東京が浄化されていく!
ほんと、今夜にでも誘いたいけど、さすがに急すぎるよな。
「あ、えっと今日は習い事が……」
やべ。口に出してた。
「後日改めてお誘いします。それと、今後俺から話しかけては迷惑ですか?」
「迷惑だなんてこと少しもありません! あ、そうです! 良かったらLICEのIDを教えていただけませんか?」
「え? ああ、それは構いませんが……」
女子とLICEのIDを交換するなんて初体験。
初めてが女神様なんて、俺はなんて幸せ者なんだ。
そのことに、俺は少しだけ緊張しつつスマホを取り出した。
「あ、えと、お食事にご招待いただける日の逢坂さんの予定ですとか、それから私の……予定……ですとか……その……いろいろと……べんり……」
「あ、そうですよね。LICEでやり取りできれば早いですからね」
俺は可愛らしいケースに入った十河さんのスマホに俺のスマホを近づけた。
友達が申請され、許可を押す。
すると俺の友達一覧に、遥さん以外で初めての女性、十河さんのアドレスが追加された。
ん? なんだこのアイコン。
何気なく十河さんのアイコンをクリックする。
すると拡大表示された画像には
「あ、これ。あのときのボール」
俺が失くしてしまい、その代わりに用意したライトグレーのボール。
ん? なんか台座の上に乗せられてる?
大切にされてるのかな?
「あっ!」
「お?」
アイコンをまじまじ見ていると、俺のスマホが手の中から消えた。
正確には十河さんにひったくられていた。
「ええと、十河さん?」
「あ、あのこれはさ、さくらが神棚を」
「ん? ああ、さくらちゃん。そういえばさくらちゃんも元気ですか?」
「あ、は、はい! それはとっても! あ、す、すみません! これお返しします!」
視線を泳がせた十河さんがスマホを返してくれた。が、ご丁寧にも電源を落としてくれている。
電源を入れ、アプリが立ち上がるのを待つ。
その間、十河さんは自分のスマホを猛烈な速度で操作していた。
ようやくさっき表示していたLICEの友達一覧画面までくると、十河さんのアイコンはよくわからない戦国武将の写真に切り替わっていた。
ん~。だれだろう、これ。
「と、東京でもよろしくお願いいたします! 逢坂さん!」
「え、はい。こちらこそ。よろしくお願いします」
挨拶を済ませると、十河さんの席を離れた。
最後の引きつった笑顔が少し引っかかるが、話しかけても構わないということであれば心置きなく十河さんと会話ができる。
心の中で安堵した俺は、授業がまだ始まらなさそうなので、廊下側の後ろに座る沙月さんの席に移動した。
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