25,ハンブルク事件
「はぁ……なんか今日は色々あって疲れたな」
気がつくと夕方になっていた。
夏場ならまだ日が傾くには早い時間だが、もうすっかり秋も深まったということだろう。こうなってくると冬まではあっという間だ。
さて、一階に戻って夕食の準備でも手伝うか。
ガチャ、と部屋のドアを開けた。
ぬーん、と目の前にテディが立っていた。
「うわっ!? テディ様!?」
わりとマジでびっくりしてしまった。
「ど、どうしたんですかそんなところで突っ立って……? 壁のモノマネですか?」
「いや、お主に少し話があってな。ノックをしようとしたら丁度ドアが開いたのだ」
「そ、そういうことですか……えっと、ぼくに話ですか? いったい何でしょう?」
「お前の両親のことだ」
「ぼくの両親の……?」
「うむ。入ってもよいか?」
「あ、えーと、すいません散らかってるので少し待ってください!」
ドアを閉じてすぐに部屋を確認した。よし、見えるところに魔術道具はないな。たまに置きっぱなしにしてしまってる時があるからな。テディだともしかしたら気がつくかもしれん。用心に越したことはない。
「お待たせしました。どうぞ」
とりあえず、おれはテディを部屋に招き入れた。
椅子は普段使っているやつしかないので、ひとまずそれに座ってもらったが……サイズが明らかに間違ってるな。テディが座るには椅子が小さすぎる。
テディは物珍しそうに部屋を見回した。
「ほう、何やらオモチャがたくさんあるな?」
「それはぼくが自作したものです」
「なに? 自分で造った物なのか?」
「はい。工作が好きなんです」
「ふうむ……」
テディは机の上にあったものを手に取って、しげしげと観察しはじめた。
「……ようできておるな。とても子供が作ったとは思えぬ出来だ」
「はは、まぁ手先は器用なものでして……」
「……」
「あの、テディ様?」
「ん? ああ、すまぬ」
テディはオモチャを机の上に戻した。
……なんだ? やけにじっくり観察してたけど……?
「それで、話というのは何でしょうか?」
「うむ。まぁ少し長い話になるからな。お主も座るといい」
促されたので、おれはとりあえずベッドに腰掛けた。
テディは真面目な顔をした。
「シャノンよ。お主はなぜケネット家が降格したのか……その理由をダリルから聞いておるか?」
いきなりその話題だった。
おれは驚いたが、すぐに少し前のめりになった。
「い、いえ、知りません。聞いたことはあるんですが、なぜか教えてくれなくて……」
「ふむ。まぁそうだろうな。あやつの口からは言いにくいであろうしな……」
テディは顎髭を撫でてから続けた。
「お主は〝ハンブルク事件〟のことを知っておるか?」
「ハンブルク事件……? いえ、聞いたことないです」
「そうか、知らぬか。まぁお主が生まれる前の事件だからな。知らぬも無理はないか……」
「どういう事件なんですか?」
「……14年ほど前のことだ。この国――スクラヴィア王国に〝フェンリル〟と呼ばれる魔獣が出現したことがある」
「フェンリル……?」
「大きな狼のような魔獣だ。身の丈はかなり大きく、中型のドラゴンくらい大きい。馬など一口で食らってしまうような化け物だ」
大きな狼の魔獣……?
フェンリル、というのは聞いたことがない魔獣だ。狼のような魔獣というと、真っ先に思い浮かぶのは〝ガルム〟だが……でもあれはそんなに大きくないしな。
「フェンリルはとても凶暴で恐ろしい魔獣だ。我が国だけではない。これまで他国でも甚大な被害をもたらしてきた。その魔獣が14年前、この国に出現したのだ。そして、ハンブルクという中央にある街が襲われた」
テディは思い返すように少し遠くを見ていた。
「住民の死者は千人を超えた。それでもまぁ、人口全体から見れば奇跡的な数字ではあるのだが……その事件で、ダリルの両親はフェンリルと戦って死んだのだ」
「父さまの両親……? それってつまり、ぼくの祖父と祖母ってことですか?」
「そうだ。お前の祖父母は共に近衛騎士だったのだ。ケネット家は代々、近衛騎士の家系だったからな」
「え……? うちが近衛騎士の家系!?」
思わず立ち上がってしまった。
テディはおや? という顔をした。
「もしかして、その話もダリルからは聞いておらんのか?」
「いえ、祖父母に関することは一度も聞いたことがありません。物心ついた時にはもういなかったので……」
「そうか。まぁ、言い出すタイミングがなかったのだろうな。なにせ、あやつの両親はともに〝国賊〟にされてしまっておるからな……」
「こ、国賊? え? ど、どういうことです? ぼくの祖父母は恐ろしい魔獣と戦ったんですよね? そのハンブルクって街を守るために」
「ああ、そうだ。もちろん我が輩はあの二人が国賊などとは思っておらん。あの二人は本当に立派な、騎士の鑑のような人間だった。その二人が、自分の命惜しさに住民を見捨てて逃げ出すことなど有り得んのだ」
「住民を見捨てて……? どういうことです?」
「まぁ座れ。順を追って話そう」
「は、はい……」
促され、おれは再び座った。
「近衛騎士というのは、王都に駐留している近衛守備隊の騎士ということだ。普段は基本的に王都の守備を行うのが主任務だが、応援のために各地へ派兵されることもある」
「……そう言えば、テディ様も近衛騎士でしたっけ?」
「うむ。以前のドラゴンのように、管轄する守備隊では対処が難しいと判断された場合は我々近衛騎士が派兵されるのだ」
「なるほど……」
「ハンブルク事件の時もそうだった。現地の守備隊だけではとてもフェンリルには対処できなかった。なので緊急に近衛守備隊が派兵されたのだ。その隊の中に、ダリルの両親――お前の祖父母も含まれていた」
「……」
「ヨーゼフがお前の祖父、カサンドラがお前の祖母の名だ。ヨーゼフは第1近衛守備の副隊長で、カサンドラは同じ隊の隊員だった。王都からハンブルクまでは
「聖騎士? テディ様、聖騎士とは何ですか?」
「全知教団直属の騎士団のことだ。フェンリルや大型のドラゴンが相手だと国での対処が難しいからな。そういう場合は聖騎士団に頼るしかないのだ」
……聖騎士団。
この時代にはそんな連中がいるのか。
ていうかそいつらは〝騎士団〟なんだな。守備隊と何が違うんだろうか……? よく分からんな。
「結果を先に言えば、フェンリルは聖騎士団が封印した。それで事件のカタはついたのだ」
「封印、ですか? 討伐じゃなくて?」
「聖騎士団でもフェンリルを殺しきることはできなかったようでな。それでハンブルクの郊外にそのまま封印された。今もフェンリルを封じた
「……その事件で、どうしてぼくの家が降格になったんですか?」
おれが訊ねると、テディは非常に険しい顔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます