第三章

11,侵略

「魔族だ!! 魔族の連中が襲ってきたぞ!!」


 夜中、誰かが叫んだ。

 慌てて起きて外に出ると、すでに村は火の海だった。

 おれたち家族もすぐに逃げようとした。

 だが、突然光が降ってきて、おれたちは吹き飛ばされた。

 生きていたのはおれだけだ。

 父親も母親も、妹もみんなそれで死んだ。


 おれはもうどうしていいか分からなくって、ずっと瓦礫の中に隠れていた。

 ブリュンヒルデが探しに来てくれるまで、おれはずっと膝を抱えて震えていた。


 魔族はおれの故郷を奪い、家族を殺し、何もかもを奪った。

 おれの人生は連中のせいでめちゃくちゃになった。


 その全ての元凶が――魔王。

 おれはあの日からずっと、連中を恨みながら生きた。

 ずっとずっと、心から憎みながら――


 μβψ


「うわぁ!?」


 飛び起きた。

 慌てて周囲を確認した。


「……ああ、くそ。夢か」


 すぐに〝シャノン〟だったことを思い出した。

 戦争はもう昔の話だ。

 ここは平和なのだ。


 ……最近あんまり見なかったのにな。

 くそ、これも全部魔王のせいだ。


 おれは頭にこびりついた血生臭い景色を振り払って、パジャマから普段着に着替えた。


 ……よし。

 これでもう、おれは〝シャノン〟だ。

 

 今日も平和な一日の始まりだ!!!

 やっほーい!!


「お義母さま、味付けはこんな感じでどうでしょうか?」

「あら、とても美味しいわね。エリカはとっても料理が上手なのね」

「いやですわお義母さま、わたしなんてまだまだです」


 一階に降りてくると魔王とティナが仲良く朝食を作っていた。


「……」


 おれは呆然とその様子を眺めていた。

 そこにいる魔王――いや〝エリカ〟は、とても愛想が良くて気立てのいい女の子だったのだ。


「あら、シャノンおはよう」

「あ、ああ、うん。おはよう、母さま」


 ティナがおれに気がついた。

 魔王もおれの方を振り向いて、ふわりと顔を綻ばせた。


「おはようございます、シャノン様」

「……」

「あら? どうかされましたか、シャノン様?」


 魔王は可愛らしく小首を傾げていた。

 いやお前誰だよ!?!?!?!?!?

 心の底から突っ込んでいると、魔王が〝エリカ〟の笑みを浮かべたまま近づいてきた。


「――おい、貴様。妾が挨拶しているのだ。返事くらいしたらどうだ?」


 鋭い気配がした。

 ハッとして顔を見ると――魔王があの小憎らしい笑みを浮かべていた。

 こ、こいつ……猫被ってやがる!?


 いや、待てよ?

 そう言えば、初対面の時もこんな感じだったな……?

 ……そうか。なるほどな。どうやら普段おれが〝シャノン〟として振る舞って生活しているように、こいつは〝エリカ〟として振る舞って生活してきたのだろう。


 ここは大人しくおれも〝シャノン〟として対応すべきだろうが……くそ、誰が魔王なんぞに愛想良くしてやるものか!

 おれがツーンとしていると、魔王は軽く溜め息を吐いた。


「はあ……やれやれ。つれないなあ。仕方ない、あのことバラしてしまおうか……」

「!?」


 おれが目を剥いて振り返ると、魔王はニヤニヤした笑みを浮かべた。


「いいのか? それもバラすだけじゃないぞ? 殴られた上に脅されて口封じされたと話を盛ってやるぞ?」(小声)

「てめぇ!? おれを脅すつもりか!?」(小声)

「さて、それはお前の態度次第だなぁ……」(小声)

「ぐぬぬぬぬ!!」(小声)


 ぶ、ぶん殴りてえ!

 ……いや、待て落ち着け。

 そんなことしたらこいつの思うつぼだ。

 クールになるんだ、大賢者。相手に踊らされるな。喧嘩というのは冷静になったほうの勝ちなのだ。

 決して魔王の卑怯な脅しに屈したわけではない……!!

 おれは出来る限り笑みを浮かべた。だいぶ引きつっていたような気はするが。


「……お、おはようエリカ」

「はい、おはようございます。シャノン様」


 魔王は〝エリカ〟になった。

 ――ま、眩しい。

 とんでもない美少女スマイルだった。

 そう、中身はどうあれ、確かにこいつは超絶美少女なのだ。ふわりと微笑むだけで大抵の男はよろめくだろう。この年齢でこれほどの美少女なのだ。成長したら微笑むだけで男を殺せるようになるかもしれない。


 くそ!!!!!

 中身が魔王でさえなければ!!!!

 中身が魔王でさえなければ本当に完全無欠の美少女なのに!!!!!!(血涙)


「と、ところでエリカ。どうして君が母さまと一緒に朝ご飯を作ってるんだい?」

「あら、嫌ですわシャノン様。わたしは将来この家の娘になるのですから、料理など当然のことです」


 魔王は美少女スマイルを浮かべた。

 それを聞いたティナは嬉しそうな顔をした。


「まぁ、エリカはとても良い子ね。エリカみたいな子がシャノンの許嫁になってくれて本当に良かったわ」

「いやですわ、お義母さま。わたしのほうこそ、シャノン様のような素敵な方が許嫁で本当に嬉しく思います」

「……」


 こ、こいつ……ヌケヌケと……。

 おれが睨み付けていると、魔王が少しこちらを一瞥した。


 ――フ。


 一瞬だが、魔王は笑った。それは人を魅了するような可愛らしい笑みではない。人を小馬鹿にするようなむかつく笑みだった。


 くうううううううううううううううううううううう!!!!!

 こいつうううううううううううううううううううう!!!!!

 むかつくううううううううううううううううううう!!!!!


 朝からストレスでハゲそうだった。

 魔王による〝侵略〟は、すでにこの時点で開始されていたのだ。

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