極秘プロジェクト

前書き


 この話はフィクションです。

 また、犯罪行為及び刑罰法令に抵触する行為を推奨するものではありません。


 ブラックな話です。

 そういう話を読んで気分を害したくない人は決して読まないでください。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 豊田はZテレビの報道部門の部長である。

 その日、制作関連の部長の主要な人物だけが会議室に集められた。

 社長自ら、人選したそうだ。


 会議室は、重苦しい雰囲気。

 何の会議かの事前情報は無いし、資料の事前配布もない。

 異常な状況である。


 やがて、会議室に社長が入って来た。

 プロジェクタに資料が表示される。

 そこには”極秘プロジェクト。社内を含め展開禁止”と書かれている。

 大きく”シークレット”の赤い文字。


 社長が重苦しく話し始めた。


「この度、オリンピックの放送から、大手スポンサーのX社が降りるとの情報が入った。その場合、大幅な減収となることが分かった」


 噂はされていた。

 感染状況の悪化。そのために国民の理解が得られないという理由でのスポンサー撤退。


 最悪の状況。

 Zテレビはオリンピックに向けて、莫大な投資をすで行っている。


 画面に表示される、今期の売上予六および損益予測。

 大幅な売り上げ減少・・・そして・・・


「何・・・こんなに、赤字になるのか・・」

 ザワザワと会議室に動揺が走る。


 大幅な赤字。それも、会社の存続が危ぶまれるほどだ。


「もちろん、我々はこの状況で何もしないわけにはいかない。そのために諸君らに集まってもらったのだ」


 社長は、話し続ける。


「この危機を乗り越えるためには、思い切った損益改善施策を打つ必要がある。そのための極秘プロジェクトを立ち上げる」


 そして、次に表示された画面にみんな息をのんだ。


”オリンピック中止による、放映権料の払い戻しと賠償請求”


 もちろん、今の段階でオリンピック中止との話は政府からは出てきていない。


「君たちは報道やワイドショーの担当の部長職である。報道の力によって、政府にオリンピックの中止と言う判断に至ってもらいたいというのが、今回のプロジェクトだ」


 ざわざわと顔を見合わせる各部長。

 だが、次に表示された画面に書かれていたのは。


”赤字を出すということは、企業の国家的国民的な罪悪だといってよろしいかと思う。 松下幸之助”


「君たちは、この言葉をご存じだろうか?松下幸之助の言葉だ。

 松下幸之助が言っているように、企業にとって赤字は罪悪です。例えば、わが社が倒産の危機に陥った場合に外資が乗っ取りをかけてきたらどうする?公共の電波が外国の企業に利用されることになるのだ。それは絶対に阻止せねばならん。

 わが社を守るという事は、国を守ることになるのだ」


 見ると、社長は涙を流していた。


「むろん、私もこんなことはしたくはない。だが、この国を守るためには仕方がない事だ。なお、ここだけの話だが他の局も同調することになっている」


 会議室は、シン・・と静まり返った。

 外資によるのっとり。それはあってはならないことである。

 しかも、他の放送局も同調しているとは・・・


「頼む!何とかして、この損益改善施策を成功させてくれ!!」


 社長は立ち上がり・・・我々に向かって頭を下げた。


――――

「部長。今日のニュースの原稿になります」


 部下が持ってきた台本。

 パラパラとめくり、赤ペンを持つ。


 台本に書かれている、STAY HOMEの文字に取り消し線を入れる。


「今後、この文言を使う必要はない」

「え・・でも・・」

「そう言う時期は終わったんだ。もう今では、これは必要はない」


 そう部下に指示した。


 さらに、手を打つことにした。

 ニュースやワイドショーで使う通行人のインタビュー映像。

 意識的に、選別する。

”この状況でオリンピックやる必要はないんじゃないですか?”

 などのオリンピックに否定的な映像を多用する。


 観光地の映像。楽しげな観光客のインタビュー。

 そして、人流が先週より何%増えたなどのデータをセンセーショナルに報道する。


 日本人と言うものは、単純だ。

 他の人が出歩いているなら自分も・・・と考えるものである。


 医療関係者の映像。

”オリンピックが原因で、全国的に感染が爆発する恐れがあります”

 なぜ、オリンピックは東京で開催されるのに、全国的に感染するのか?

 細かいことは考えてはいけない。


 画面に映っている、飲食店の店長。

”もう、これ以上の我慢はできないですよ。この状況なのにオリンピックですか?政府は状況を把握できていると思えませんね”

 そう、怒りながら話している。

 もちろん、これも意図的に誘導して得たコメントである。

 こうして、感情論を盛り上げていくのだ。

 感情論にするのは、冷静な数字を出させないためである。


 要は、理屈の通らない難癖をつけるのだ。



 それだけではない。

 ロケ番組や食レポなどを増やし、外出する気分を盛り上げるように番組構成を変更した。

 そうすることで、外出したいという欲求を刺激し人流が増えるように誘導していく。



「なんだって!?」


 そんな時に入って来た情報。

 政府は、国税局を使って酒の卸売りに圧力をかけるという。


 そんなことしたら、じゃないか!

 そしたら、

 それは阻止せねば!! 


 そう判断した俺は、ニュースを使って政府に対してネガティブな報道を大々的に流した。

 理屈や筋なんか関係ない。

 本来、酒の提供は自粛要請していることは承知の上。

 そのうえで、

”酒を販売して何が悪い””弱い者いじめをするのか?”

”もう我慢の限界だ”

 などの感情的な映像を集めて流す。

 

 他の放送局も同様だった。


 ついに政府は、この案を撤回した。

 これで、今後も政府は施策を打ちずらくなったに違いない。




「これ、本当に報道していいんすかね・・・」

「何が問題なんだ?真実を報道するだけではないか」


 今流しているのは、自粛要請に従わない飲食店の様子を撮影した映像。

 駅名も報道している。

 報道のナレーションとしては、自粛していない店を”いかがなものか”とまとめている。

 だが、これを見た一部の視聴者はどう思うか?

 あの駅に行けば飲める・・・と思うものもいるだろう。

 これも、作戦の一つである。


 こうして首都圏では人流は増え、感染者も急増していった・・・



――――


 結論としては、オリンピックは中止にならなかった。

 もうオリンピックも終盤。あと数日で閉会式である。


 豊田は敗北感を感じながら、デスクの椅子にもたれていた。

 目を閉じ考える。


 まだ、やり方が甘かったか・・・


 そう考えていた時、電話がかかって来た。




 また会議室に部長たちが集められた。

 皆、敗北感で暗い目をしている。


 その時、社長が入って来た。

 その表情は硬い。真剣な表情で、話しだした。


「誠に残念ながら、オリンピックは中止にならなかった」


 そういう社長は、思いつめたような表情。


「だが、まだパラリンピックがある。

 今度こそ、中止にすることで少しでも損益改善するのだ。

 そのためには、さらなる対応が必要になる!」


 全員の眼が、だんだんと燃えてきた。


「みんなの力で、なんとしても会社の危機を乗り越えよう!」

 社長の言葉。


 全員の心が一つになった。

 そうだ、今度こそ会社を守ろう!!


 Zテレビにおいて、ふたたび極秘プロジェクトが立ち上げられた。

 今度は、パラリンピックを中止に追い込むために。

 


◇◇◇◇◇

 あとがき


 改めて、この話はフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る