第123話 支店長への道 4

支店オープンの前日、俺は通常業務を終わらすと先に帰れと促された。残りの業務は新人くんと店長がやるとの事だ。まぁ明日オープンだから、しっかり休んで英気を養えって事だろう。お言葉に甘えて、俺は先に帰宅する事となった。帰りに晩飯を買おうと最寄りのスーパーに寄ったのだが、今日は豪勢にお寿司を買った。それとインスタント味噌汁とお茶。自宅ではお酒を飲まないので普段からお茶。




自宅に帰り着くと、まずお風呂にお湯を張った。張る間にスーツをクローゼットに入れて、洗濯ものは洗濯機に入れ、とりあえずのすっぽんぽん。お風呂にお湯が張れたので入浴。浸かりながらいろいろ考えてみたが、やってやろうという気概と出来るのか?という考えがぶつかり合う。元々がネガティブ寄りだったが、この仕事に就いてからは余計に寄った気がする。まぁ目の当たりにするのがだいたい悲惨な状況ってのも多いし、何より人間の汚い部分をダイレクトに見せられる事も多いからなぁ。それはそれとしても、店長から言われた言葉がやっぱり気になる。自分の性格上、貸せなくなるのではないか?まぁ、何年も俺の上司やってたらわかるわなぁ。【石橋を叩いて渡る】という言葉があるが、俺はどちらかと言えば、【石橋を叩いて壊す】タイプ。慎重すぎて失敗する事も多い。が、何かが弾けてしまう時は後先考えずにイケイケドンドンになってしまう時も多い。0か100かって考え方、白黒決着をつけなきゃ気が済まんってのもあるんだろうな。これからはそうも言ってられんのやけど。社長と店長にはこれから【石橋を叩いて壊す】俺と【イケイケドンドン】の俺のギャップ萌えを楽しんでもらおう。まぁそんなことはおそらくしないだろうけど。




身体を洗い風呂を出た俺は、スーパーで買ってきたお寿司のパックを開けて食べながらTVを観ていた。もっともTVの内容は上の空で、明日から始まる終わりなき支店業務の事を考えていたのだが。頭の中でシミュレーションはしてみるものの、やはり経験不足か、自分の都合のいいように考えてしまう傾向がある。もっともこの話が出てくるまでは貸付の事なんぞ、考えた事もなかったからしゃーない部分はあるものの、初めてだから、経験が無かったから、なんて言い訳が出来るハズもない。しばらくは店長の力を借りながら頑張るしかないかな。考えれば考えるほど貸せるヤツっていなくなっちゃうもんなぁ。




いろいろ考えてるとどうにもこうにも思考がこんがらがってくるので、その日は横になって目を閉じた。しかし、目を閉じても明日からの事が頭の中でグルグルと回ってなかなか寝付けず、結局まぁまぁの夜更かしをしてしまうのであった。遠足前の子供みたいだな。




翌朝5時に目覚めたものの、結構な寝不足になってたのだが、サクっとシャワーを浴びてシャキっとした。9時オープンなのだが、家に居ても落ち着かないので、7時半には家を出て、8時前には会社に着いた。シャッターを開けて、ゆっくりと会社を見渡してみた。これからここが俺のアジトになるのだ。そう思うと居ても立っても居られず、とりあえず四股踏んでみた。




気合を入れ直して、準備に取り掛かった。とはいえ、する事はPCの電源入れるくらいで他は無い。なぜなら全ての準備を入念に済ましているから。そうこうしてると事務員さんも来た。




「今日からだから緊張しちゃってね。早めに家出たらこんな時間に着いちゃった。」




まぁ事務員さんは俺よりもベテランだから、やるべき事もわかってるとは思う。それでもやはり緊張してしまうわね。書類の不備がないようにチェックしながら、スムーズに貸付を行っていかなければならないからな。開店15分前に社長から電話が掛かってきた。




「金持ってきたから降りて来て。」




エレベーターで下に降りると、いつもの高級車。窓が開き、社長がおもむろに紙袋を俺に差し出した。




「とりあえず一つ入れてるから。まぁ足りなくなるとは思ってないけど、万が一の時は店長に言えば回してもらうように言ってあるから。んじゃ頑張ってなー。俺はこれからゴルフに行って来るから。」




いや、まぁ、一応初日くらいはねぇ・・・と思ったが、社長はすでに走り去っていた。俺はため息をつき、会社に戻って紙袋のお金を確認した。でっかい帯が一つと千円札の帯が5つ。あとはコインホルダーに入った小銭。こんな大金持ったことないもんなぁ。事務員さんにレジへお金を仕舞うように言って、俺は本店にいる店長に電話を掛けた。




「おはようございます。改めて今日からよろしくお願いします。」




「おう!しっかりな!」




ハッパを掛けられ、俺も気合が入った。そして時刻は開店の9時を迎えた。




9時になった途端エレベーターが動き出し、会社のある4階で止まった。まぁ初日だし、そこまで客が来ることもないだろうという、俺の考えは脆くも崩れ去った。いきなり会社に入ってきたのは5人。全員顔見知りの客だ。




「店長、オープンおめでとう。早速寄らせてもらったで。」




「お兄ちゃん、これからよろしくね。」




俺と事務員さんは申し込み用紙を差し出し、それに記入してもらうように促してると、来てた1人が、




「ところで店長。大丈夫?下にまだ20人くらいいたけど。」




俺と事務員さんはおもわず吹き出した。マジか。テーブルに座れるのは4人。どう考えてもキャパ考えると10人がせいぜいだ。これは申し込み用紙をのんびり書いてもらってる場合ではないな。表だけ書いてもらって貸付の書類に移るよう、事務員さんに指示を出した。そうこうしてるうちにまた5人上がってきた。客のお金借りたい病を少々舐めてたわ。入ってきた客に申し込み用紙を差し出しながら、




「とりあえず書いてて。来た順番にやっていくから。」




そう声を掛け、申し込み用紙を書き終わった順番に貸付業務へと取り掛かった。そうこうしてると入口が渋滞してきだした。会社内に15人ほど、入口の外に10人ほど。これはやべぇと思った俺は、




「とりあえず申し込み用紙を書いた順番に伝票出していって。会員番号は出した順番でいいから。」




そう事務員さんに指示を出した。そして入口の外で待ってる客には、




「見ての通りだから、時間ずらすなり、日にち変えるなりしてくれんかな。出来れば来る前に電話くれた方がいいかな。」




そう言うと、何人かはまたあとでと言い残し、エレベーターで降りて行った。が、降りて行った人数と同じ人数がまた上がってきた。おいおい・・・。




もう知らね。




と俺は開き直り、申し込み用紙の表を記入し終わったやつを片っ端から貸付を行っていった。前もって事務員さんにも言ってあるのだが、今回のオープンに関して混雑する事が予想されるので、本店から引っ張ってきた客は特段の指示がない限り、一律10万と決めてある。その決め事に従って、職人並みにキーボードを叩いていく事務員さん。さっさと借用書を書かして、お金を渡し、




「御覧のような状況なんで、今日のトコはこれでこらえてね。また後日ゆっくり話聞くから。それと今週分入れてってね。それからまだひょっとしたら下で待ってる人いるかもしれないから、今来てもワチャワチャしてるから時間ずらして来てって伝えてくれるかな。」




そう言って貸し付けた順番に外へ放り出した。仕方ないんぢゃ。こっちは余裕がないんぢゃ。




片っ端から客を捌いていってたものの、いつまで経っても減る様子はなかった。会社内を覗いているんじゃなかろうかと思えるくらい、絶妙のタイミングで客が来訪するのだ。客が常時10人いるような状態を俺と事務員さんは捌き続けた。自分の机の上は申し込み用紙と借用書が散乱している。片付ける暇もない。いつ終わるかともわからない状態をずっと続けていた。ただひたすらに前にいる客を捌き続けた。




何時間経っただろうか?ふいに客の来訪が止まり、会社の中に客がいなくなった。これはチャンス。事務員さんに、




「お金合わすのは後でいいから。先にトイレ済ませて。それからコンビニにメシ買いに行って。自分の分も買って来ていいから。そうやねぇ・・・。パッと手間かけずに食べれるやつがいいかな。」




そう指示を出して、俺は書類の整理を始めた。ふいに時計を見ると、すでに15時過ぎ。事務員さんがトイレから出てくるとお金を渡し、コンビニへ走らせた。捌いた人数は50人ほど。机の上の書類群を見ながら、コレ片付けるんかと思うと少々憂鬱である。




溜息をつきながら片付けてると事務員さんが帰ってきた。裏でメシを食べさせ、せっせと書類をファイルに纏めていた矢先、また客の波が押し寄せた。




さながら祭りである。ワッショイワッショイと押し寄せる客はこっちの都合なんぞ知ったこっちゃねぇって感じで、




「せっかく来たのに待たされるってねぇ。」




「いつまで待たされるの?」




「来てくれ言ったから来たのに。これはないわー。」




好き勝手な事を言いやがって。なんか金貸したくなくなってきた・・・。今待ってる客を捌くだけでも、営業時間の17時は過ぎてしまう。そう思った俺は少々暴挙に出た。入口で待ってる客に対して、




「会社内に入れるだけ入って。入れなかったらもう明日。シャッター閉めるから。」




先を争って会社内になだれ込む客。まぁ気持ちはわからんでもないが、お願いだから備品壊さないでねと願うしかない俺であった。全員入ったとこで俺は張り紙を作り、シャッターに張り付けた。




【諸事情の為、本日の営業は終了します。】




会社のキャパもそうだが、俺と事務員さんのキャパも越えてんねん。もうこれ以上はムリ!




手続きが終わった順にシャッターを開けて客を放り出していった。それを繰り返してはいたが、残り10人程度というとこまで来たら、今度はシャッターを叩く音がした。




「店長~。やってるんやろ~。開けて~。」




俺はうんざりしながら、




「張り紙に書いてある通り、今日は終わったよ。貸せるお金もカラッポになったし。明日来てや。」




シャッターの内からそう言って追い返した。溜息をつきながら手続きをしてると、今度はジャンジャン電話が鳴りだした。全ての電話に、




「ごめん、今日終わり。明日来て。」




相手の言い分も聞かずに電話を切った。まぁ接客態度がなってないと言われそうだが、今日だけは堪忍やで。




そしてついに最後の1人を帰した。シャッターを閉めて、事務員さんと2人で机に突っ伏した。




「お疲れさん・・・。お金合わせて・・・。」




まぁ今日だけだろうけど、こんなの毎日やってたら死ねるわ・・・・。

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