第40話 貴子 2

だんだんと集金になる回数が少なくなり、ウチの会社へ持参することが多くなってきた貴子の様子は、あきらかに余裕を無くしていた。何か因縁をつけて、保証人付けようと動いても良かったが、例のスパイダーマンが出てきてもややこしくなるしなと店長も困っていた。確かにあの類と揉めてもいいことはない。むしろ多少の損をしてもスルーする方がいい時もある。




そして貴子は一切集金にならなくなった。店すらも、やってるかどうかもわからん。そろそろゲームセットかなとも考えてるが、支払いはちゃんとしてるから何も出来んな。しかし経験上、こうなるとだいたい1~3週間程度でその時を迎える。めんどくさいことにならなければいいんだけどね。こんなことは思ってはいけないのだが、貴子、妹、母親全員で破産してくれんかなぁというのが、俺と店長の共通認識であった。




ある日、そろそろ17時になろうかというのに、貴子が払いに来てないことに気付いた。店長と顔を見合わせ、今日かな?なんて思っていた。俺は出撃準備を整え、静かにその時を待った。そして時計は当たり前のように17時を指したのであった。指したその瞬間、店長から行ってこいと言われ、俺は会社を飛び出した。車に飛び乗ると、まずは貴子も家に向かった。その最中にも貴子の携帯に連絡は入れてたのだが、取られることはなかった。残高10万少々、俺はなんとか取ることだけを考えてた。




貴子は一軒家に住んでいた。母親と同居。妹は外で一人暮らしと申告してたがどうかねぇ。貴子の自宅へ向かってる最中、店長から電話があった。




妹は昼の仕事を3ヵ月程前に辞めてるみたいや。俺は会社閉め次第、妹の家に行ってみるから、じょにー、そっちの方頼むぞ!




そう言われ電話は切れた。うまくやられたな。とりあえず母親押さえんとな。




貴子の自宅へ着くと、2台軽四が停まっていた。結構早く出てきたはずなんだが、こうなることを見越して会社出てたと推察。入金あれば帰って、無ければそのまま踏み込む方式か。ウチは動くことに関しては結構早めの方なんだけど、出し抜かれるってのは少々悔しいな。仕方がないので、俺の前に着いた業者から情報を貰おうと話かけた。母親が残ってるとのことなんだけど、タッチの差で先越されたから待ってるという。店長が妹のトコ行ったから、俺はここにいるしかないんだけどね。他に行くとこないし、貴子と妹にずっと連絡取るしかない。が、おそらくどこもかけているから、話し中みたいにしかならんのやけど。




俺が着いて1時間ほど経ったが、まだ動きはない。そんな最中、店長から電話があった。




妹は申告あった住所にはおらん。元カレというやつがいたわ。別れたのは1年ほど前。ウチで最後に書き換えした時は、すでにここにはいなかったってことだ。別れた理由は夜遊び。元カレの方から別れ話を切り出した時、手切れ金を要求したみたいでな。なんでそんなもん払わないかんねんと突っぱねたらしいんだけど、出ていった後で妙な連中を連れて押しかけて来たらしい。その時は自分の勤めてたとこの社長と警察呼んで、何もなかったらしいんだが、来てたのがどうもお前の見かけたっていうスパイダーマンらしいのよ。金になると踏んだんじゃねぇかな。まぁ警察きたらどうにもならんから、それからチョッカイを出されることもないみたいなんだけど。元カレの話では実家に帰るって言ってたみたいだが、そっちどうだ?




俺は現状行くとこがないから、ここで待つしかないと伝えた。店長もこっちに来ると言ったので、ここで勝負をするしかない。しかし、俺が着いてからそれなりに時間も経ってるのに、動きがないってのはあまりいい話にはなってないだろうってのは容易に推察できる。しかし、ここで待ってるうちにも、続々と軽四が来てるんだけど、近所迷惑極まりないな。




その後店長から、前を通ったけど車置けそうもないから、近所で停めてからそっちにいくと連絡があった。店長が来た時に待ってた業者はウチ入れて7社。中に1社。元カレのとこから現状はさほど変わってはなく、変わったとこと言えば、待ってる軽四の台数くらいか。そして2時間が経った頃、最初に入った業者が出てきた。顔を見る限り、いい話になったとは考えれんな。その業者は何か言葉を交わすこともなく、さっさと帰って行った。母親がいるという話だったが、何もできなかったのかねぇ。もしそうだとすると、結構な強敵だな。




それから次の業者が入って出てくるまで、さらに一時間を要した。その間、店長の電話にも情報が欲しくて問い合わせが多く入っていたが、今の現状ではどうしようもなく、話せる情報は母親がいるってことくらい。元カレの話も一応したが、まぁ溜息しか出んわな。しかし俺は、元カレの話からすると妹のことでもスパイダーマンが出てくるくらいだから、それなりにベッタリなのはわかる。しかし、暴力団介入ならこうなるまでに動くはずなんだよなぁ。ちょっと今までの話とは違うように思いませんか?と話すと、店長もたしかにおかしいよなと言う。この後介入があると仮定しても、今までのケースとは違うからなぁ。




そうこうしてると、俺の前に着いた業者が中から出てきた。トータル3時間余り。よう待ったな。出てきた業者の浮かない顔は最初に入ってた業者と同様だった。俺と目が合うと、首を横に振るだけだった。店長に行きましょうと促し、俺たちは中へ入って行き、母親と対峙することになったのである・・・・




流行る気持ちを押さえつつ、俺は呼び鈴を鳴らした。そして、こんばんわーと声を掛けた。鍵は開いてるのでどうぞという声に促され、玄関のドアを開けると、そこにはうんざりした顔をした母親がいた。自己紹介は一回会ってるから省く。会社の名前だけ言って、俺は話し始めた。




貴子さん、どこいった?今日の分が入金にもなってないし、店も当然のようにやってないし、妹もどこ行ったかわからんし、いったいこの家はどうなっとるん?お母さんも保証人やから、全部払ってもらわないかんよ。




俺は鼻息荒く捲し立てると、母親は悪びれる様子もなく、淡々と話し始めた。




さあ?私が最後に会ったのは1週間ほど前かな。普段からそんなに帰ってくる人でもなかったしね。保証人っていうけど、こんなしょぼくれたババアからどうやって取るの?




その話し方に頭きた俺は、怒鳴り気味で




じゃあなんで保証人なったの?払えんもんがなったらアカンやんけ。それともウチ来て言ってたことはウソかね?




と言い放った。母親は全然堪えることもなく・・・




娘に言われたからなっただけ。娘が困ってたから助けただけ。でもね、保証人はワタシでいいと言ったのはお宅じゃないの?見たらわかるでしょ?払えるかどうかくらいは。仕事もそこまでしてるわけじゃないし、日々食べるので精一杯。それを見抜けなかったアナタたちがダメなんじゃないの?詐欺というのなら、警察でもなんでも突き出してもらってかまわんよ。どうせ老い先短いから。それとも腹いせに殴るかね?殴って気が済むなら、やってもかまわんよ。




まさにド正論である。こちらの調査ミスもさることながら、暇さに負けてってのがチクチク刺さって来るな。店長も参戦し、それからタップリと2時間、あの手この手で話してみたが、この手の人間は言ってることが翻ることはほぼない。決定的な弱みがないからである。店長もさすがに無理かなと囁いてきた。俺はあきらめたくはないが、どこをどう攻めていいのかわからん。そして店長がついに白旗を上げた。先に出て車で待っとくから、後締めといてと。そう言って外に出た。俺は最後に捨て台詞を吐いた。




おばちゃんね、今まで何があってそうなったかは知らんけど、人間生きていく上で他人には迷惑かけないってのが大原則やろ?それをアンタもアンタの娘も他人に迷惑かけてるのよ。言っとくけど、ウチもこのまま終わる気はないからね。いつかどっかでこの借り返すから。因果応報って言葉、覚えときや。




そういうと俺は外へ出て、車に戻った。すでに2台しか軽四は残ってなかったが、先に出てた店長が説明を待ってた業者さんにはしてくれてたので、そのまま車を出し、貴子の店に向かった。この際なりふり構ってる場合ではないしね。行ってる最中に店長はさすがに悔しかったらしくって、




久しぶりにあんなヨゴレ見たわ。多分昔になんかあったんやろな。そうじゃなかったら、あんな悟った物の言い方せんわな。全部を捨ててる人間は強いからな。




そう言いながら、2人で溜息をついた。




店に着くと、当然のように開いていなくて、店長が持ってきた鍵を使って中に入った。灯りを点けようとスイッチを入れたが、灯りが点かない。これは・・・っと思い、キッチンに行きガスを点けてみたが、やはり点かない。当然のように冷蔵庫にも電気が通ってなくて、ドアを開けるとすさまじい匂いがしてきた。慌てて閉めたが、鼻の奥にその匂いがこびりついて、リバースしそうになった。これはライフライン止められてるな。だから集金に来られたらマズイと思って、持参すると言ってたのかと納得した。一緒に入ってきてた店長は、携帯のライトを頼りにいろいろ漁ってたが、なにか手掛かりになるもんって、なかなか残ってるもんではない。手がかりと言えば、例のスパイダーマンくらいしかおらんのやけど。アレに関わるのは危険と思うし、好き好んで危険に飛び込んでいくこともないやろ。しばらくは母親のとこに通うしかないんかねぇ。どこ行ったかだけでも知りたいんだけどね。




その日は店長の乗ってきた車を拾って帰り、翌日社長が来た時に店長は説明してたが、こちらのミスってこともあり、だいぶお叱りを受けていた。とはいえ、長くやってるとどうしてもこういったことはあるからなぁ。仕方がないと言えば仕方がないが、こういったミスは無くしていかなければならないと、改めて褌を締め直す気持ちであった。




それから何度か、母親の所に通ってはいたものの相手にはされず、その態度にムカついてムカついて、何度殴ろうかと思ったことか。




アンタらも商売でやってるんやろ?それならそれで損したと諦めにゃいかん。こんなしょぼくれたババアを保証人にしたんやから、見る目が無かったと思って諦めや。いつまでもここに来られても迷惑やから、もう来んとってや。気に入らにゃあ、裁判でもなんでもしたらいいし、警察に突き出してもかまわんからね。




そう言われて玄関を閉められたりもした。しかし俺はあきらめが悪い。どこまでも食らいついていってやる。




そう心に決め、更に何度も通うのであった・・・




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