物が変わるのではなく。我々が変わるのである。

 ──魔女子さんがピクシーさん達と一緒に魔法の練習をしている頃。


 森の違う場所では大カラスさん達の群れが入れ替わり立ち替わりやって来ては森のモンスターさん達に何かを渡していました。それを受け取ったモンスターさん達はバタバタと大忙しに体を動かすとそこには沢山の紙の山が出来上がります。


「──あ、それ、そっちじゃない、読み終わったのはこっち!! あ、それと、そこ、気をつけて。持って行くのは良いけど、慌てると走った振動で崩れちゃうから。あぁあ、それと、そこのゴブリンさん? 何もしないならちょっと離れててもらえます?」


 そこで大声を上げるのはしっかり者のリリパットさん。彼女はあちこちで山積みになった紙の山を見渡せる小高い丘に位置取るとテキパキと周囲のモンスターさん達に指示を出します。そんな山積みになった紙の奥、そこには一匹、目を真っ赤にさせながら何かを読み漁る動物さんがいました。


「──しろうさぎさん!! 持って来ました、新しい『言い伝えの書物』です」

「あ、ありがとうございます。後で読みますので、そこに置いて貰ってて良いですか」

「はい!! ……と、と、と……崩れないで、崩れないでねぇ……と、よし」


 今この場所ではしろうさぎさんを中心にある調べ物がされているところです。それはこの世界に伝わる『言い伝え』、『魔女』について。この世界には御伽噺、『赤い風車』のように数多くの言い伝えが残されていました。モンスターさん達にとってそれは口伝えで広まった『教え』みたいなものなのでしたが、ある日それを記した書物がこの世界にある事が判明します。


 そのきっかけをくれたのはたまに森にやって来てはお話を聞かせてくれる情報屋の大カラスさん。彼は少し前にここへやって来ると今この森で起こっている事を知りそれにとても興味を示したのでした──


 ※※※※※※


「──で、お前さん達はそれを選んだと、そう言うことか……」

「はい。そうです」

「それはまた思い切った選択をしたもんだ。自ら望んで人間と仲良くする? 俺も長く情報屋をしているが、そんな話今まで一度も聞いたことがないぞ、うさぎのぬしさんよぉ」

「いえ、人間ではないです。『魔女の子』です」

「……魔女の子ねぇ。寧ろ俺からすればその言い方の方が恐ろしくて関わりたくはないと思うがな」


「……それは、魔女が……不幸の象徴だから……」


「ああ、そうだ。前に先代に聞いた話によれば魔女っていうのは、モンスターでも人間でもない奴のことをそう呼ぶんだろ? 魔女が来れば必ず災いが起こる。そんな魔女は、モンスターと人間側どちらにとっても邪魔な存在。だから、不幸の象徴だってな」

「……はい……正直、私達も今まではそう思っていました。彼女を実際にこの目で見るまでは……特に深く何も考えることもしないで、そう決めつけていました」

「だけど、今は違う。魔女の子供を実際にその目で見たからか」

「……はい。それに……」

「それに?」


「それに、魔女がモンスターと人間両方に忌み嫌われているって……何かおかしくないですか?」


「……うーん、そうか? 別にそんなに不思議じゃないだろ。魔女は不幸の象徴、赤い風車の御伽噺だって一見モンスター側だけがやられたように見えるが、その裏には多大な人間達の被害もあった。だから関われば良くないことが起こる。そういう事なんだろ」

「でも、だったらやっぱりおかしいです。魔女って魔法を使う人間のことをそう呼ぶんですよね? それなら普段の冒険者さん達の中にも『魔法を使う魔女』は沢山います。今では共に一緒に冒険をしてるんですよ」

「……それは……確かにそうだな。ということは、そもそも人間にとって魔女は忌み嫌うような存在ではない……いや、違うな。実際に昔はそうだったが今ではそうではなくなった……が正しい、か」


「だったら、なんで。なんで、彼女はこの森に捨てられたんでしょうか?」


「……なるほど……お前さんの言う事も一理ある。その子が魔女だからという理由で捨てられるのなら、他の魔法を使う魔女達も同様でなければいけない。それなのに現実はそうではない。捨てられたのは何故かその子だけ。それはおかしいな、つまり俺達の知らない『何か』がそこにはあると?」

「ある、かもしれません。それに……」

「それに……なんだ?」


「それに、それがわかればあの子を救うきっかけに『それが』きっとなる。この森の皆さんは彼女を受け入れてくれました。その為に必要な準備だって今してくれています。だけど、あの子は、あの魔女の子の心はまだ救われてないんです」

「……それで、ぬしであるお前さん自らそれを調べようってわけか。でも、お前さんの言う『それ』というのがイマイチ理解出来ない。そんな都合よくその子を救う『何か』があるものなのか?」

「それは……ない、かもしれません……でも……」

「……でも、なんだ。聞かせてくれ」


「でも……例えば、何もなくても……変われば変えられると思うんです。私達にとっての『魔女』という存在の解釈や認識を……そうすれば、きっとあの子も……」


「……ったく、健気だねぇ……よし、わかった!! うさぎのぬしさんよ、俺もこの一件に興味が沸いて来た、協力するぜ。で、聞くところによるとお前さんは人間の文字が読めるらしいが、そいつは本当か?」

「え? 私が人間の文字を、読める?」


「いやな、ここに着く途中で森の案内人さんだかのピクシーが自慢気にそう言ってたんだよ。なんでもお前さんが『言葉』を伝える時には必ずその本の文字を読むんだろ? で、そこに書かれていた文字が冒険者達の扱う文字にそっくりだとかなんとか」

「あ、確かに……言われてみれば、そんな気が……」

「おいおい、まさかの本人にはその自覚はなしってか。ま、いずれにせよ、本当に読めるかどうか試してみる価値はあるだろう?」

「た、試す?」


「ふふふ。俺達大カラスは集めものが大好きでな。まぁ、一般的には光ものが主流だが、俺の家系は先祖代々情報屋で通ってる。だからな冒険者達が落としていった書物を集めて家に飾ってあるんだ。ま、実際に読む事は出来ないが風格は出るだろう? 形は大事だからな」

「……人間達の書物……」


「ああ、だから、やってみようじゃないか。お前さんがもし本当に人間の文字を読めるなら、何か見つけられるかもしれないぜ。そしてこれは革新への挑戦だ。もし本当にそうなればこの世界をひっくり返すことになるぞ。なんせ、長い長い言い伝えを覆すってお前さんは言ってるんだからな。で、因みに今回のこの一件をお前さん達のいう『言葉』ってやつで例えるなら一体なんて言うんだ?」

「そ、それは……」


 大カラスさんに言われ本を捲るしろうさぎさんはあるページで止まるとその言葉を読み上げます。


「物が変わるのではなく、我々が変わるのである。ですかね」


「なるほどな。変わらない何かを変える事が出来るのは変わる事の出来る自分達だけってか。粋だねぇ。変わらないはずの過去を変える為の挑戦、こりゃあ忙しくなるぞ、これからな!!」

「はい──」


 ※※※※※※


 そうしてそれから大カラスさんが持って来た人間の書物を目にしたしろうさぎさんは不思議とその意味が理解出来て森のモンスターさん達は大騒ぎ。そしてその日からというもの、大カラスさんの知り合いの大カラスさん達も一緒になって書物をこの森に届けては読み漁る日々が続いていました。そして、その成果もあり遂にしろうさぎさんはその書物へと辿り着きます。


「──あ、あった!! これだ、ま、魔女の手記!!」


 その言葉に崩れる山積みの紙達。

 魔女の手記。

 そこに記されていたのはモンスターさん達の知らない魔女の魔女による魔女の手によって残された本当の言葉達だったのでした。

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