大きな涙の粒は、ぼろぼろと。
驚きのあまりその場で固まるしろうさぎさんにピクシーさんは言います。
「──でも、うさぎ。この子はただの人間じゃない。人間は人間でも、立派な魔女の血を引く魔女の子よ……」
「……魔女の子……?」
「ええ、そうよ。魔女の子。だから安心して。この子は人間だけど純粋な人間じゃない。……今日の今日まで森の
その言葉を聞いて。
この光景を目のあたりにして。
しろうさぎさんの頭にはっきりと浮かぶ赤い風車の御伽噺。
──もしかしたら、この森のみんなの悩みごとになるかもしれない。
きっと先程駆けつけてくれたスライムさん達も今の自分と同じようにそれが頭に浮かんで……
敢えてそれを口にはしなかったのはその結末がどんなに恐ろしいものかを知っているから……
だから、森の事を思うとそれを口にしたくはなかった。
もしかしたら、それが本当に現実になってしまう、そんな気がしたから……
そう思ったしろうさぎさんはピクシーさんに言います。
「……安心? 何が?」
「それは……だから、その、この子は
「違う? ……どこが? だって、人間は人間でしょ?」
「だ、だから、この子は本当に魔女の力を持った子で、だから……」
「だから……安心? 純粋な人間じゃないから? 言い伝え通りじゃないから? だから教えには触れてなくて、だから悪い事は起きない?」
「……そ、そうよ。それに…………」
それから何かを続けて言ったピクシーさんの言葉はもうしろうさぎさんには届いていませんでした。
赤い風車の御伽噺。
それは一匹のモンスターの妖精と一人の人間の少女の物語。
その物語の冒頭で妖精は少女と出会い、そして『嘘』をつく。
それはまるで、先程のリリパットちゃんとスライムさんがそうしたように。
今、目の前に居るピクシーさんが森のみんなに隠し事をしていたように。
怖いくらいに重なるこの瞬間にしろうさぎさんは言います。
それは一匹の動物、しろうさぎではなく。
この森の
「……でも、スライムさんとリリパットちゃんは私に嘘をついた……ピクシーさんは私に隠し事をしていた……それは何かやましい気持ちがそこにあったからです。いけない事をしていると自覚していたから。……だから、何も違いません。同じです。言い伝え通り、良くない事はもう既にここで起きている……」
その言葉に三匹には何も返す言葉が見つかりません。
「……だから、その子を返して来て下さい。……その子を、これ以上……この森に置かないで」
それを聞いたリリパットちゃんが涙を浮かべながらしろうさぎさんに駆け寄ります。
「で、でも、しろうさぎさん。この子、森に捨てられていたんですよ。返すって言っても、この子に帰る場所なんてもう……それに……ピクシーさんはしろうさぎさんならもしかしてって……」
「…………」
続いてスライムさんもしろうさぎさんの元に駆けつけます。
「嘘をついたのは謝ります!! でも、それにはちゃんとしたピクシーさんの考えが、理由があって……」
「…………」
そんな二匹の呼びかけにしろうさぎさんは無言で意思を伝えます。
その光景を見てピクシーさんは言いました。
「やめなさい、二匹とも!! ええ。うさぎの言う通りだわ。私達……いえ、私が悪い。うさぎはこの森の
「……ピクシーさん」「ピクシーさん……」
「でもね、私は私で自分のやるべき事をやろうとしただけ。私はこの森の案内人。この森に居るみんなを笑顔に導く使命があるの。それはきっと、モンスターだけじゃない。こんな風に森に捨てられた魔女の子だって私は笑顔にしたいと思ってる。冒険者や人間は別としてね。……だけど、それは私の
そしてピクシーさんは横に居る魔女の子の頭を優しく撫でるとこう言ったのでした。
「だからさ、私、この森出るわ!! うさぎ、余計な心配かけてごめん。リリパットとスライムも巻き込んじゃって、ごめん……ありがとう。森のみんなには……まぁ、会わす顔もないし、うさぎから上手く言っといて。最後まで面倒かけるのはしゃくだけど、この際そうも言ってられないだろうしね。ま、じゃあ、そういう事だから。宜しく!! ……さ、行くわよ」
「……う、うん」
突然のその申し出にリリパットちゃんとスライムさんは何かを叫び。
だけど振り返る事なく手だけを大きく振り少女と森を後にするピクシーさん。
それは森の
悩みの種が芽吹く前に摘み取った正しき行動。
だけどなぜでしょう?
森の中へと消えて行ったピクシーさんの姿を見て。
しろうさぎさんの目からは大きな涙の粒がぼろぼろと溢れ落ちていたのでした。
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