風に読ませて、風車。
「──嘘だ!! 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」
少女が絞り出した言葉。
そこに込められたいくつもの想い。
確かなかたちを形作る事の出来ない少女の言葉は、だけど、だからこそ無垢な響きで。
今、目の前に居る妖精へと向けられます。
「嘘だ、嘘だ、嘘……」
「嘘じゃない!! お前はただの人間で……私の敵だ!!」
それは少女の言葉をピシャリと止めるには十分な言葉。
たとえその言葉がどれ程少女を傷つけたとしても。
生きる事の方がどれだけ幸せなことかと妖精はわかっていました。
無言で泣きじゃくる少女の手を全力で引くと、妖精は森の入り口の方へと体を向けます。
「い、イタいっ、痛いよ、ねぇ、止めてよ、お母さん!!」
「ウルさい!! お前は黙って言う事を聞けば良いんだ!! こっちへ来い!!」
「わ、わかった、わかったから……言う事聞くから……ど、何処へ、行くの……?」
「──お前を……今からアイツらに、返しに行く……」
「……ぇ?」
その言葉に素直に従う事が一体少女に出来たでしょうか?
少女は妖精から手を振りほどくと全力で抵抗します。
「嫌、嫌だよ、私、行きたくない!!」
「こら!! なんで言う事を聞かないの!?」
まだ小さな少女にとって現状の全てを頭で理解する事は出来ません。
それでも、頭ではわかっていなくても少女にはわかっていました。
「だって私お母さんと一緒が良いから!! お母さんと一緒じゃなきゃ嫌だから!! だから行かない!! 行きたくない!!」
この先、もしも自分がそこへ行ってしまえば。
もう二度とお母さんとは会う事は出来ない。
言葉では説明は出来ずとも彼女はそれを理解していたのでした。
「行くなら、お母さんも、お母さんも一緒じゃなきゃ、嫌!!」
「い、いい加減にしなさい!!」
──パンッ!!
轟々と音を立てて森を焼く炎の音を切り裂く渇いた音。
少女の頬に付いた真っ赤な小さな手の跡。
全ての言葉を失った先で、少女は言葉に出来ない想いを声にします。
「……う……うあぁぁああん!!」
妖精は一度だけ目を伏せましたが直ぐに鋭い目付きに戻ると少女に魔法をかけます。
キラキラと少女の体を包む優しい光。
少しだけ宙に浮く少女の体。
妖精の弱い力でも簡単に動くようになった少女の体を引くように。
妖精は少女を連れて森の入り口を目指します。
すると、そこへ現れたのは冒険者の一団です。彼等は目の前で泣き叫ぶ少女と妖精の姿を見つけると一斉に武器を構えます。そんな中、冒険者の一人が言いました。
「──お、おい、ちょっと待て。こ、この子は……人間、だ」
モンスターと人間。
その間にある大きな溝、その内の一つに『言語の壁』というものがあります。
妖精は目の前の人間が何を言っているかを理解することは出来ません。
ですが、その男の表情と仕草を見ると瞬時に察します。
今が、その時だと……
そして妖精は勢いよく少女を人間側のいる方へ放り投げると、今までのどんな時よりも悍ましい表情で、今までのどんな時よりも恐ろしい声で叫んだのでした。
「もう、こっち側へは帰って来るな!! この人間風情が!!」
それは身の毛もよだつ咆哮の様に冒険者達の元に届くと、投げ出された少女を後ろにいた冒険者が受け止めます。
「お、おい、きみ。大丈夫か? 安心しろ、たかが妖精一匹、今すぐ殺してやる」
──ですがその声は少女の耳には届きません。
冒険者の腕の中に全身を包まれながら少女は思います。
それがお母さんの言いつけなら。
それがお母さんの望みなら。
私は私で無くなっても良い。
これから私は人間として生きていっても良い。
だってこの言いつけを守る事が出来たなら。
それは私がお母さんの子で……
お母さんが私のお母さんで……
私達は親子のままでいられるという事なんだから……
そして少女は泣きながらにこう言ったのでした。
「わ、私を、私を、助けて下さい……」
──※※※※※※※※。
その言葉を聞いた冒険者は少女を押し除けると震え上がります。
そうです。
この時冒険者の耳に届いた少女の言葉。
それは紛れもない少女が母親である妖精から教わった言葉、モンスターの使う言語だったからです。
男は言います。
「……こ、コイツ、『魔女』だ……お、おい、魔女がここにいるぞーー!!」
たった今、男が言った『魔女』というフレーズ。
それは人間が生み出してモンスター達の間でも同じように使われる様になった固有名詞。
皮肉にもそれは相容れぬ二つの種族間にとっての共通言語だったのでした。
──その言葉を聞いて、儚くも目論みが打ち砕かれたと悟った者。
──その言葉を聞いて、躊躇する事無く一匹と一人を切り裂く者達。
──その言葉を聞いて、はからずも自身の在り方を認識し笑顔を浮かべた者。
──ザシュッ。
火の手の大きくなる森の中で切り倒され横たわる二つの影。
取り残されたその場所で、力なく、だけど必死に伸ばした小さな手。
その手に触れて涙を溢す小さな光。
繋がった先で一人と一匹は想いを伝えます。
「……ね、ねぇ……お母さん……」
「……なに?」
「……私ね、やっぱり……魔女なんだって」
「……ええ……そうね……私が間違っていたわ……あなたは魔女で……私の子……ごめんね……」
「……ううん。えへへ……」
それは幸か不幸か。
それは言葉少なく。
それは溢れ出た
ここに一つの物語は幕を閉じていきます。
「……お母さん……」
「……なに?」
「……大好きだよ」
「……ええ。私もよ。あなたを……愛しているわ」
「……うん」
そしてどこからともなく吹いた一陣の風に触れて一人と一匹の近くで回った風車。
それはまるで最後の最後に起きた奇跡のようで。
一人と一匹は最期に風に想いをよみます。
「……どうか生まれ変わっても……」
「……またこの子の……」「……またお母さんの……」
「……お母さんでいれますように──」「……子供でいれますように──」
そうして時同じくして静かにその瞳を閉じた一人と一匹の想いを受け止めて、真っ赤な風車はいつまでもそこで廻り続けていたのでした──
※※※※※※
──そんな一人と一匹の物語は今では誰もが知る逸話となってこの世界で語り継がれています。
モンスターにはモンスターの、人間には人間の、その形は違えど伝えられて来た同じ御伽噺。決して相容れぬ二つの種族間の関係はそれ以降触れてはいけない禁忌の教えとして、この世界の理として深く根付いていました。
そして今、そんな世界の理を自らの意思で打ち破る一匹のモンスターがここにいました。そのモンスターは妖精とピクシーのクォーターで、とある森に住む森の案内人さんピクシーさんです。
「……ったく、よりにもよってなんでこんな日に……でも、大丈夫よ。私が何とかしてあげるから……」
それはまるで御伽噺をなぞり辿るように。
再び紡がれた物語。
物語はその先で、どんな未来を描くのか。
それを知る者は誰もいませんでした。
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