第75話 添い寝。それもロマン……なのだけど


『…………それで? その後どうなったの?』


 その日の夜。俺は屋敷の自分に用意された部屋でアンリエッタに定期連絡をしていた。


 客人用の部屋だけあって内装も凝っている。さっき調度品を査定してみたが、どれもこれも高額な物ばかり。当然持ち主がいるので換金不可。泥棒ダメ。絶対。


「屋敷に戻った後、ヒースをしごき終わって一息ついていたアシュさんと合流。ジューネ達はまた何処かへ出かけようとしたが、もうそれなりに襲いので今日は休むようにと都市長に止められてた」

『そのようね。まあ都市長に頼んで手紙を何通か送っていたみたいだけどね。近々伺いますとでも書いたのかしら?』


 それ初耳なんだけど! 一応アンリエッタの分かる事は俺の周囲のみと聞いてはいるが、実際どのくらいの周囲なのかは詳しく知らされていない。普通に聞いても話を逸らすし、下手すると結構情報を掴んでいそうだ。


「ヒースについても明日からって事になった。正直な話、アシュさんがついしごきすぎてまともに動けないくらいになっていたらしい。ラニーさんがやりすぎだって怒ってた」

『まあワタシからすれば、途中でへばらずに最後まで耐えきったヒースはそれなりに評価に値するわね。少し見たけどあれは中々ハードよ。普通のヒトならすぐに音を上げるレベルね』


 確かに屋敷を出発する時のアシュさんとの試合は凄かった。あんなしごきを何度も続けられるのなら、それは評価されるだろう。


「あと気になると言ったらラニーさんかな。本来ならセプトの事が終わった時点で調査隊の所にとんぼ返りするはずだったけど、ドレファス都市長に止められて明日の早朝出発するって。……いや。言われたからかもな」


 夕食の時に分かったのだが、実はエリゼさんとラニーさんは叔母と姪の関係だという。エリゼさんの妹の娘さんがラニーさんで、御両親が子供の頃亡くなったラニーさんを一時期エリゼさんが親代わりとして育てていたという。


 そうして薬師としての技術を教えられていた時、昔の伝手でエリゼさんを頼ったドレファス都市長と出会い、それが元で調査隊の薬師になったとか。


「まあ大体そんな所かな。あとは夕食が豪華で美味かったとか、用意された部屋が良かったとかそれぐらいだな」


 夕食は鳥の丸焼きや果物と野菜を綺麗に盛り付けたフルーツサラダ等、調査隊での食事に比べてこっちの方が手間暇かけて作られたって感じがしたな。


 それと都市長はテーブルマナーにあまりうるさくなく、俺ものんびり夕食を味わえたのは幸いだった。昔冒険者だったので多少の行儀の悪さには寛大みたいだ。


 あと意外だがヒースも夕食に顔を出した。結構フラフラだったけどな。庶民と一緒に食卓を囲めるかと言いそうだったのだが、どうやらもっぱらラニーさん狙いらしい。


 口説こうとまた頑張っていたのだが、肝心のラニーさんはどうにもつれない感じだ。ジューネも会話に混ざろうとするのだが、ヒースはラニーさんにしか目がいってないようで難航している。


「夕食の後は各自に用意された部屋に行って、明日も早いからさっさと寝ようって話になった。それで俺は寝る前にアンリエッタに定期連絡をしてるって訳だ。ほら。話し終わったぞ」


 俺が語り終わったのに、アンリエッタはニヤニヤと笑ってこちらを見つめている。……何だよ?


『へぇ~。全部話し終わったんだ? じゃあ聞くわよトキヒサ。ワタシの手駒。……


 その言葉にゆっくりと後ろを振り向く。そこにはかなり大きめのベットがあり、セプトがスヤスヤと寝息を立てていた。


 そして、少し視線をずらすと人一人横になって眠れる大きさのソファーがあり、エプリがわざわざ横にならずに座ったままの状態で毛布に包まっていた。


 こっちは寝息が聞こえないから多分起きてるな。今の会話で起こしてしまったか。後で謝ろう。


「これは……やむを得ない事情って奴だ」

『へぇ~~~?』

「ああもうさっきからそのニマニマ顔を止めろってのっ! 見てたんなら分かってんだろ? エプリは護衛として同じ部屋に居るって聞かないし、セプトも離れようとしないから仕方なくこうなっただけだ」


 この部屋で眠れそうなのはベットとソファーの二つ。女の子を床に寝かせるなんてのは論外だ。


 なのでちゃんと横にならないと器具が外れるからとセプトを何とか説得してベットで寝かせ、エプリも適当な壁に背中を預けて寝るというのを妥協させてソファーを使わせた。そうして二人を起こさないように静かに今まで話してたって訳だ。


 ちなみに二人とも気を遣ってか、それぞれベットとソファーにスペースを空けてくれている。……気持ちは嬉しいんだけど、美少女に添い寝されるとか色んな意味で眠れないのでお断りします。


 ロマンだけどもだからこそ手を出すつもりは無いと言うか。まだまだ紳士でありたいと願う今日この頃と言うか。


 俺は軽く頭を振って煩悩と邪念を振り払う。こういう時は……そう。話題を逸らすのだ。


「そう言えばアンリエッタ。七神って何か知ってるか?」


 それはエリゼさんが別れ際に言っていた言葉。最初はこの世界でも何かの神様が信じられているのだろうと考えていたが、そういえば俺の目の前には神様がいるではないか。そう思って聞いてみたのだが。


『ワタシ達のことだけど、それがどうかしたの?』


 そう何でもない感じで返された。……いやもう少し重々しい感じで話してほしかったなそういう事は。





「え~っと……本当にその七神って奴なのか? アンリエッタは」

『本当だけど。何? やっと女神たるワタシへの崇拝と尊敬の念に目覚めたの? 遅すぎるわと言いたい所だけど、ワタシは寛大だから平身低頭して「これまでの無礼をお許しください偉大な女神アンリエッタ様」と言えば許してあげなくもないわよ』


 映像の中でアンリエッタがおもいっきり胸を逸らしてふんぞり返る。……やっぱり何度見てもただの偉そうな小学生にしか見えない。絶対ランドセルとか背負っていても違和感ないって。


「崇拝と尊敬って言うか、本当に神様だったんだなぁって思って」

『何よトキヒサ。手駒のくせに信じてなかったの?』

「只者じゃないとは思っていたけど、俺のイメージする神様とはどうにも違うから」


 ジト目でこっちを見るアンリエッタ。世間一般のイメージする神様と言うと、例えば白い服の髭を蓄えた老人とか、後光とかで良い具合に顔が見えない男性とかだろうか? 後はまあ日本神道の天照大神とかの女神のイメージだ。間違っても目の前の金髪ツインテ少女ではない。


『人が勝手に姿を想像するのは自由よね。それは咎めないし、実際そういう神も何処かに居ると思うわよ。ワタシ達の中には居ないけど』

「成程。じゃあアンリエッタは神様なのか?」

『それは……っと。そろそろ通信時間が切れるわね。十分後にまた掛け直しなさい。それと聞きたい事はまとめておくこと。気が向いたら話してあげるわ。じゃあね』


 その言葉を最後に映像が消える。報告で時間をくっていたからな。じゃあ質問をまとめておくとして、


「エプリ。起こしちゃったか?」

「……まあね」


 俺の言葉にエプリが毛布に包まったまま片目を開いて応える。やっぱり起こしちゃってたか。以前も眠りが浅い体質だって言ってたもんな。


「……また定期連絡?」

「ああ。毎回こんな調子だから、やっぱり別の部屋の方が良くは無いか? 話の度に起こすと悪いし」

「気にしないで。眠りが浅い分すぐに寝つけるように訓練してるから。……話を聞かれたくないなら少し離れていても良いけど?」

「う~ん。別にこのままで良いと思うぞ。どうせセプトの一件の時に顔を合わせてるし、アンリエッタも喋るなとは言ってないしな。それにエプリなら聞いた事をペラペラ話したりもしないだろ」


 エプリは何も言わずに頷く。まだ短い付き合いではあるが、依頼主の情報を漏らすような奴じゃないのは分かってるしな。


「……そう。じゃあ私はこのまま寝ているから、居ないものとして扱って」


 そう言うと再びエプリは目を閉じ、本人の言う通りすぐに寝息を立て始めた。


 そのまま起きているという手もあったのだけど、再び寝直してくれたのは話しやすいように気を遣ってくれたのだろう。俺の周りは気遣いの出来る人ばかりで困るな。





『……プツッ。それで? まずは何が聞きたいのかしら?』


 通信機で呼び出して早々アンリエッタは本題に入ってくる。こちらの考えを読まれているようでちょっと悔しいが、実際さっさと本題に入るのは望む所でもある。


「まずさっきの質問の続きから。アンリエッタは神様なのか?」

『そうよ。と言ってもだけどね』


 アンリエッタによると、世界には基本的に管轄する神が一柱以上は居るという。


 管轄と言っても大体はただ居るだけの管理者で、積極的に世界に関わる神は少数派らしい。アンリエッタはその少数派だ。元々別の世界の神だったらしいが、今回のゲームの為に一時的にこの世界に移動しているという。


「じゃあ自分の世界に神様が居なくて大変なんじゃないか?」

『勿論代理を置いているわ。それに時々元の世界に戻っているからそこまで問題にはなってないの』


 そりゃそうだよな。いくらゲームの為とはいえ、自分の管轄をほったらかしは正直どうよって話だ。


「では次の質問。そもそも七神って何なんだ?」

『この世界の住人からすれば一番メジャーな信仰の対象……といった所かしら。ヒトの間じゃ七神教って呼ばれているわね』


 聞いてみるとキリスト教のように唯一神を頂点とするのではなく、あくまで同格の七柱の神を崇める宗教のようだ。


 ただ宗派によって細かく分類され、特定の神のみを崇める七神教~~派なんてものもあるという。好きなアイドルグループの中でも更に推しメンは誰みたいな感じかね?


『まあ七神教の細かな点はエリゼにでも聞きなさいな。またその内会うでしょうし』


 それもそうだ。俺は宗教については絶対に正しい物はないと思っている。どれもそれぞれ真理があり、人によって捉え方もまるで違うのだから。ならまずはこの世界の人に話を聞いてからでも良いだろう。


『ほらほら。どんどん時間が経っていくわよぅ。他に質問はないのかしら?』


 アンリエッタは微妙に俺をおちょくるように言う。分かってるっての。しかし次は何を聞いたものか。


 願わくば七神繋がりで他の神様の事をポロッと漏らしてくれないかと期待したが、そう上手くはいかないみたいだしな。……そう言えば。


「なあ。一つ気になったんだけど、神様はどうなったんだ? 世界には一柱以上神様がいるんだろ?」


 それは何となく聞いた質問。次の質問に繋げるまでのほんの世間話的なものだった。だが、


『…………言いたくないわね』


 聞いた途端アンリエッタの機嫌が目に見えて悪くなった。少しの沈黙と共に声が少し低くなり、今の今まで俺をおちょくっていたとは思えない変わりようだ。……何か地雷を踏んだか?


「ああいや、別に言いたくないなら言わなくても良いんだ。俺もそこまで気になっている訳じゃないし」

『賢明な判断よワタシの手駒。まだ時間が少し残っているけど、今日はここまでにしましょう』


 咄嗟に俺が発言を撤回すると、アンリエッタの機嫌も少しだけ戻る。しかしどうも話をする気が無くなってしまったようだ。


「そうするか。……それとエプリの事なんだけど」

『私は構わないわよ喋っても。誰彼構わず話すのは面倒事が増えるかもだけど、彼女なら言いふらしたりはしないでしょう。それに依頼人に対して真摯な所は嫌いじゃないわ。富と女神としては多少の無礼を許せる程度にはね。……じゃ、また明日』


 そしてそのまま通信が終了する。……さて、一応お許しも出たけど。


 そこで俺がエプリの方をチラリと見ると、今度は本当に寝息を立てて眠っているみたいだ。また起こすのは悪いし明日話すとするか。


 出来るだけ静かに部屋にあった毛布を一枚床に敷くと、そこに寝転んで目を閉じる。掛け布団は以前ジューネから買った布で良いか。


 この世界に来た当初の牢獄やダンジョンの寝泊まりに比べれば、ここは十分寝やすいのでこれで良い。


 明日も確実に忙しくなりそうだ。だがやっぱり何だかんだワクワクは止まらない。こんな調子で寝られるかと思っていたのだが、目を閉じていると徐々に意識が薄れていく。そうして意識がなくなる直前、


「…………別にまた起こしても良かったのに」


 そんな言葉が聞こえたような気がした。……どうやら寝たふりだったらしい。

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