第16話 決着は突然に


「……ひとまず、ここを何とかしないと追いかけることも出来ないわね」


 最初に重苦しい沈黙を破ったのはイザスタさんだった。話をしながらも、エプリと向かい合いつつ眼を逸らさない。エプリも時折こちらに鋭い視線を向けるのだが、イザスタさんを無視することも出来ずに周囲に再び竜巻を展開して機を伺っている。


「さっきの言い方だと、どうやら『勇者』にちょっかいを出すのが狙いみたいだし、急げばまだ間に合うかも知れないわね」

「そうだな。だが、こちらは多少時間がかかりそうだ」


 ディラン看守も鬼となった巨人種と戦いながら答える。こちらはやや一方的な展開になっていた。看守は鬼の攻撃を避けるばかりで、自分から一度も攻撃していないのだ。ただ鬼の方も当たらないので膠着状態になっていた。


 余裕はありそうだが、このままじゃクラウンに逃げられてしまう。


「よし。俺ももうちょいと踏ん張って……って!? おいっ!?」


 何とか身体を動かして援護に行こうとすると、急に何かに持ち上げられる。慌てて見ると、ウォールスライムが俺を触手を伸ばして担ぎ上げていたのだ。


「トキヒサちゃんは無理しないで一度下がりなさい。さっきの戦いでダメージを受けてるのは分かっているんだから、あとはお姉さん達に任せなさいって。スライムちゃん。ヨロシクね」


 イザスタさんの言葉にスライムは、俺を担いだまま牢の入り口近くまで下がって牢を閉める。万が一にも鬼が外に出るのを防ぐためだ。一応看守なので牢全体のこともちゃんと考えているらしい。


「すみませんイザスタさんっ! 少し休んで身体が回復したらすぐそっちに行きますから」


 情けない。こんな時にふらつくなんて。


 スライムは俺を下ろすと、そのまま俺を守るように前に陣取る。俺のことはいいから早く二人の掩護に行けって。こっちは大丈夫だから。





 俺が下がったのを横目で確認すると、イザスタさんはエプリに話しかける。


「あなた。何とか隙をついてトキヒサちゃんを狙おうとしてるでしょ? 何でそこまでこだわるの?」


 エプリは何も答えず構えたままだ。


「あらだんまり? もう少しお喋りを楽しんでも良いじゃない。あなたの顔を見ちゃったのはアタシも同じだし、看守ちゃんだってそうよん。……となるとさっきの揉み合いが原因か……それとも別の何か?」


 それを聞くやいなや、エプリは周囲に展開していた竜巻を一つイザスタさんに向けて放つ。危ないっ!! このままではイザスタさんも俺と同じくきりもみ大回転にっ!? ……しかし、


「“水壁ウォーターウォール”」


 イザスタさんは向かってくる竜巻にまるで動じず、前方に水で出来た壁を出現させてそれを防ぐ。今の魔法はさっきエプリが使ったものの水魔法版か!? 


「フフッ。や~っと反応した。揉み合いだけじゃなく他の何かも有るっぽいわねん! となると……まだ交渉の余地はありそうね。感情を捨てた人形でないのなら、話し合いが通用するってことだもの」


 ここでイザスタさんはちょっと黒い感じの笑みを浮かべる。何だろう? 今までのお気楽オーラと言うよりもいじめっ子のオーラに近いと言うか。この状態の彼女に近寄るとマズそうな雰囲気を感じる。


 エプリもそれを感じ取ったようで、一歩後退りをして再び竜巻を放てるよう態勢を整える。残り竜巻の数は二つ。向こうもそうほいほい竜巻を補充することは出来ないようで、二つのままでとどまっている。


「本来ならここからじ~っくり話し合いといきたいところだけど、今は時間がないのよねん。だから……ちょっと手荒くいくわよっ!」


 言い終わると同時に今度はイザスタさんの方から仕掛けた。エプリと同様に水玉を周囲に数個出現させ、それを飛ばしつつ自分も突撃をかける。


 エプリは竜巻一つを出して迎撃する。それも当然か。水玉は明らかに小さくて威力も弱そうだ。例えいくつも飛ばしても、竜巻一つで全て吹き飛ばされてしまうだろう。あとはやってくるイザスタさん本人にもう一つの竜巻をぶつければいい。


 実際エプリもそう思ったのだろう。フードの下から見える口元に、うっすらと勝利を確信した笑みが浮かんでいた。そして予想通り、水玉が竜巻に触れてパチンとシャボン玉のように全て弾け飛び、一つたりともエプリの元には届かない。


 そして、そのまま突撃するイザスタさんにもう一つの竜巻がカウンターで襲い掛かる。竜巻はイザスタさんを飲み込み、ゴオォと音を立てながらその勢いのままで天井に叩きつけた。


「イザスタさんっ!?」


 天井からボロボロになって落ちてくるイザスタさん。全身は風の刃で切り傷だらけになり、肌はぶつけた時の打撲であざになっている。その痛々しい姿に俺は思わず駆け寄ろうとするのだが、ウォールスライムが壁になって通してくれない。


「通してくれって。このままじゃマズイ」


 だがスライムは動かない。すでに大勢は決しているかとでもいうかのように。


「……“竜巻トルネード”」


 エプリはさっきのクラウンのように近づかず、再び周囲の風を集めて竜巻を作り始めた。迂闊に近づいてまた接近戦に持ち込まれるのを防ぐためだろう。


 そして次の竜巻が出来上がり、今にも倒れたままのイザスタさんに向けて放とうというところで、


「勝った……と思うでしょ。でも残念。


 そうイザスタさんが倒れたまま呟いた。


「何を言って……うっ!?」


 エプリは訝しげに言ったかと思うと、片手で顔を押さえるような仕草をする。そして一瞬こらえるも、そのままの体勢でドッと崩れ落ちた。





「なっ!? ええぇっ!?」


 俺はあんぐりと口を開けてそう言うしかない。何せ完全に劣勢。もうあと一撃でトドメを刺されるという崖っぷち。その状況で急にこんな結末になったのだから仕方のないことだと思う。


「よいしょっと。ふぅ。今のは結構痛かったわ。やっぱりこの子うちに勧誘しようかしらん」


 体を撫で擦りながら立ち上がるイザスタさん。その飄々とした態度にはまだまだ余裕が見られ、よく見れば身体中にあった切り傷もほとんどなくなっている。


 残っている傷も、もうほとんどかすり傷程度に塞がっていて動きに支障はなさそうだ。そのままエプリの所まで歩いて行って何か確認している。


 どうやらエプリは意識を失っているようで、イザスタさんが軽くトントンと身体を叩いても反応がない。かなり深く熟睡しているようだ。


「……傷が無くなってるのはもう何も聞きません。さっきも毒を受けたはずだったのにピンピンしていたし、どうせ「アタシのスキルでちょ~っと傷や毒が治りやすい体質なの」とか何とか言うんでしょうから。それについてはもう驚きませんとも。しかし、なんであの状況でこうなったのかくらいは教えてくれませんか?」


 まだ戦闘は終わっていないのに不謹慎かも知れないが、いくら何でもこれは訳が分からない。俺の質問にイザスタさんも苦笑する。


「う~ん。時間がないから手短に言うとね、アタシは水属性の一つである“眠りの霧スリープミスト”を使ったのよ。もちろん普通に使っても風で散らされちゃうから、ちょっと工夫してね」


 眠りの霧って言うと字面からしたら相手を眠らせるような感じだけど、イザスタさんが戦っている最中に使っていたのは水玉だけで……あっ!


 思い出すと少し違和感が有ったのだ。水玉なのだから、つまりは水の塊だ。それなのにさっき竜巻とぶつかった時、水玉はシャボン玉のように弾けた。つまりあれは、だったということか。


「気が付いたみたいね。あとは適当にやられた振りをして、向こうが魔法でトドメを刺そうと周囲から風を集めるのを待つだけ。さっきアタシが近づいてきたクラウンを吹き飛ばしたのを見ていただろうから、近づいて攻撃するのは避けるはずって予想できたからね。と言っても、想定より“竜巻トルネード”の威力が強くて受け身に失敗した時はどうしようかと思ったけど」


 イザスタさんは軽く舌を出して照れ臭そうに話す。なるほど。種を聞いてみれば納得できる。つまりエプリは眠りの霧を自分で自分の所に運んでしまったということか。


 しかしわざわざそうしなくても、普通に勝つことだってイザスタさんなら出来そうなもんだけど。

 

「さてと、看守ちゃんの手助けに行くとしましょうか。トキヒサちゃんはここでスライムちゃんとお留守番よ。流石にあんなのに殴られたら危ないから」


 ディラン看守を手助けに行こうとするイザスタさんに、俺は先ほど思い浮かんだ疑問をぶつける。質問が多いと言われそうだが、ここはどうしても聞いておきたかったのだ。わざわざ自分が傷つく危険を冒してまで、何故あのやり方にしたのか。


「何故って、ただ単にだけど? それにとても可愛かったじゃないあの子。もうそれだけでアタシが身体を張ったやり方をする理由は十分よん」


 そう言ってイザスタさんはクスリと微笑んで駆け出していった。こんな事どうってことないとでもいうかのように。


 う~む。俺なんかよりよっぽどこっちの方が『勇者』だと思うんだが。強いしカッコイイし、なんか俺ホントに自信なくしてきた。こっそりそう思って落ち込んでいる俺なのだった。

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