第10話 襲撃 ネズミ軍団


 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 異世界生活六日目。


 いよいよ出所の日だ。来たばかりで牢屋にぶちこまれ、お先真っ暗の散々なスタートだった。


 だがこれからは違う。心強い同行者と共に異世界という未知の場所(厳密には牢も異世界なのだが)に出るのだ。俺はこれからに大きな期待と僅かな不安を胸に秘めて外への第一歩を踏み出す……つもりだったのだが。


「来ないわねぇ。看守ちゃん」

「そうですねぇ」


 肝心のディラン看守が一向に姿を見せない。配給に来たのも今日初めて見る男だった。ディラン看守のことを訊ねてみると、何やら急用が出来て遅れるらしい。


 ならばとイザスタさんとこれからの予定を話し合い、今の内に『勇者』の噂話から信憑性の高いものをすり合わせる。


 ほぼ確定だと、『勇者』は男性三人女性一人の計四人であること。それぞれ専属の世話役や奴隷が付けられて、悪くない待遇を受けているということ。加護は不明だが相当高い能力を持っているということが挙げられる。


 ちなみに今更だがこの国には奴隷制が存在する。ファンタジーではお約束だが、基本的には罪を償う為や借金によって奴隷になるらしい。


 奴隷は主人に従う義務が有るが、主人も最低限の衣食住を提供する義務がある。奴隷制の善悪は別として、この世界では一種のセーフティーラインになっているようだ。


「予定はこんな感じだけど、何か分からない所はあった?」

「大丈夫だと思います。出所したらまず拠点となる宿“笑う満月亭”に移動。そこで用意を整えてから『勇者』のお披露目の場に向かうんですよね?」

「バッチリ。何か気づいたことがあったら教えてねん。別の世界の人から見た意見も参考になるから」


 ちなみにイザスタさんには俺が異世界から来たことは既に話した。アンリエッタの事は伏せたが、それでも「ほらっ。アタシの勘も大したものでしょう」なんて笑っているから驚きだ。


「さてと、じゃあそろそろ自分の牢に戻るとしましょうか。最後はお行儀良く出迎えてあげないとね」


 茶目っ気たっぷりにそう言うと、イザスタさんは壁の穴に潜り込む。……戻る際にチラチラと見てしまうのは青少年の悲しき性だと言わざるを得ない。


「フフっ。触っても良いわよん!」

「さ、触りませんよ!!」


 途中でからかうように言うイザスタさんに、俺は一瞬ドキッとしながら見ないように必死に顔を逸らす。勘弁してくださいまったく。本当に触っても許してくれそうだから怖いんだよっ!


 その時、通路で何か音がした。ドタバタと何か転げ回るような音だ。不思議に思って格子から覗くと、


「キシャァァァ」


 通路の奥の方で、この牢のとは違うウォールスライムとネズミのような何かが争っていた。


 普通のネズミは額から角を生やさないし、サッカーボールくらいの大きさもしていない。そんな奴が瞳を真っ赤に充血させて、涎を垂らしながら暴れまわっている様は中々に恐ろしい。


「な~に? 何かあった?」


 穴の中からイザスタさんの声が聞こえる。まだ穴の途中らしい。


「通路で角の生えたネズミがスライムと揉み合ってます。こっちの世界のネズミはおっかないですね」

「角の生えたネズミ!? それはちょ~っとマズイわねぇ。待ってて。一度穴を抜けてまた戻るから」


 少し慌てたような声で、イザスタさんは急いで穴を通ろうとする。しかし慌てすぎたようで引っ掛かったらしく、こちらから見ると足だけでじたばたしている。何か微笑ましい。


「慌てなくても大丈夫そうですよ。スライムが優勢です」


 角ネズミは噛みついたり角で突いているのだが、何度やってもスライムは元通りになってしまう。


 それもそのはず。この世界のスライムは某国民的ドラゴンRPGに出てくるような可愛らしいものではない。核の以外への物理攻撃はほぼ無効。加えて体液は酸性を持ち、下手に攻撃すればそのまま呑み込まれるという凶悪さだ。


 ならば核をピンポイントで狙えばよいという話だが、奥の核を攻撃するにはそれなりのリーチが必要になる。角ネズミは大きいとは言えサッカーボール程度。中々核まで届かない。悪戦苦闘している内に、ついにスライムが身体を拡げて角ネズミに覆い被さる。


 う~む。想像してたよりスライムエグいな。あんなのが突然きたら、囚人逃げられずにそのままパクリとやられるんじゃないか? ウォールスライムのことを知らずにいたらと思うとゾッとする。


 角ネズミが逃げ出そうともがいてスライムの身体が内側からボコボコ盛り上がるのだが、ついに力尽きたのか動かなくなった。


「トキヒサちゃ~ん。そっちはどうなったの?」

「もう大丈夫みたいですよ。スライムが勝ったみたいで……」


 俺はそこで息をのんだ。決してイザスタさんの引っかかっている様子を眺めていた訳ではない。スライム後ろ後ろ!! 今の奴が団体でやってきてるよ!!





「嘘だろ!? 何体いるんだアレ!?」


 通路の奥からどんどんやってくるネズミ達。一匹が二匹。二匹が四匹。四匹が八匹。その数は既に二桁に届き、これがホントのねずみ算かとつい思考が現実逃避する。


「キシャァァァ」


 奇声を挙げて進撃する角ネズミ達。それを止めようとスライムが立ち塞がる。頑張れスライム。負けるなスライム。下手に注意をひかないよう心中で応援するが、それがまずかったのか単に多勢に無勢なだけか、少しずつ対処しきれなくなっていく。


「あっ!? ヤバい!? こっちに来る!!」


 ついにウォールスライムをすり抜けて、角ネズミがこちらへ二匹向かってくる。こっちは牢の中。こんな狭い部屋では逃げ場がない。


 何かないかと荷物を探るが、残っているのは身に付けていた小物類くらい。……これでどうしろと。


 いよいよ角ネズミは牢屋の前までやって来た。格子はギリギリ奴らが入ってこられるサイズ。このままでは……いや待てよ。意外に話の通ずる相手ということはないか?


 人を見た目で判断するなと言うし、ましてここは異世界だ。正確には人ではないが、まずはコミュニケーションだ。


「や、やあ。こんにちは。ご機嫌いかが?」


 作戦一。話し合い。


 まずは挨拶から始め平和的に解決だ。そうさ。充血した瞳でこちらを見ているけど、明らかに敵意を向けているように見えるけども、話し合えばこちらを襲ってくるなんてことは……。


「キシャァァァ」


 やっぱりダメだったよコンチクショー!! 角ネズミ達は格子の隙間から入り込み、そのまま俺に向かって飛びかかってきた。


「うおっ!?」


 何とか身を躱すが、このまま逃げ続けるのは無理だ。かくなる上は……。


「まぁ落ち着いて。菓子でも食べない? 美味しいぞ」


 作戦二。エサで釣る。


 こいつらも腹が減って気が立っているだけかもしれない。俺は以前イザスタさんと食べた菓子の残りをそっと地面に置いた。さぁこれを食べて仲直りしようじゃないか。


 角ネズミ達は菓子に向けてふんふんと鼻を動かし、


「キシャァァァ」


 そのまま菓子を蹴散らしてこちらに突撃してきた。これも何とか回避するが、哀れ菓子は衝撃で粉々に。……おのれこのネズ公共めっ! 食い物を粗末にしやがるとはもう許さん!! 話し合いはやめだ。俺は拳を握り締めて構える。


 俺との距離はおよそ二メートル。さっきまでの動きを見るに、このくらいでは無いのと変わらない。


 だがこちらもアンリエッタの加護が効いているのか、動きに何とか対応出来ている。それにこいつらは愚直な突撃を繰り返すばかり。これなら何とかなりそうだ。


「さあ来いネズ公共。返り討ちにしてやる。……できれば来ないでくれると嬉しいが」


 初の戦いで内心ビビっているのは内緒だ。





 弱気な本音が出たのを見抜いたか、角ネズミは同時に飛びかかってきた。だがこれは想定の内。


「こっちは勇者らしい剣も盾もないけどな……代わりにこれがあるんだぞっ!!」


 俺は奴らの動きに合わせて貯金箱を取り出し、そのまま片方の角ネズミにカウンターで叩きつけた。


 何か折れるような音がして、角ネズミは壁に衝突する。見れば角が半ばから折れ、身体はぴくぴくと痙攣していた。そのままもう一体の突撃を貯金箱を振るった反動を利用してギリギリで回避する。


「見たか。これぞ秘技貯金箱マネーボックスクラッシュ。貯金箱を壊すかの如く相手に叩きつける必殺技だ。……まあビジュアルはいまいちだけどな。分かったらそこの奴を連れてさっさと帰れ。まだ上手くいけば助かるかもしれない」


 俺はなるべく強そうな雰囲気を醸し出しながら残った角ネズミに話しかける。適当なハッタリでこのまま帰ってくれれば万々歳だ。言葉は通じずとも戦わずに済むならその方が良い。だが、


「ギ、ギギャアァァッ」


 それでもこいつは突っ込んできた。その瞳は些かも怯えを感じさせず、映るのは只々狂気のみ。自分の命よりも相手の命を絶つことを優先するその様子に、寧ろこっちが驚愕で動きが止まる。


「やばっ。躱し切れない」


 必死に身を捩り、俺は迫りくる痛みを覚悟して歯を食いしばる。


 次の瞬間、目の前に突如一枚の壁が出現した。いや、よく見れば壁でなく、この牢のウォールスライムだ。身体を大きく広げることで、向かってくる角ネズミをそのまま包み込んでしまう。


 外で戦っていたスライムと同じやり方だが、明らかにこちらの方が動きが早くサイズも大きい。瞬く間に角ネズミを沈黙させてしまう。


「……ふうっ。ありがとう。助かったよ」


 スライムに礼を言うと、角ネズミを包み込んだまま身体をふるふると震わせて反応する。


「どうってことないって言ってるんじゃな~い?」

「そうなんですか。……ってイザスタさん!?」


 は~いと朗らかに返すイザスタさん。颯爽と立つその姿はとてもさっきまで穴に嵌っていたようには見えない。……いや、そうではない。何故、



「何で



「フフッ。さあてどうしてでしょう」


 舌を出して妖しく微笑むイザスタさんに、俺はなんとも言えない感覚を覚えた。

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