第23話 もう一度(by小蟹)
真柴真希、
真希、
マキ・・・・・・
可愛い。 可愛い。 可愛い。
もうそればかりだった。あの日1組の教室で会ってから、いやマキの顔を見た瞬間にこの気持ちが湧き上がった。
何の授業を受けていても、頭の中ではあの美しい瞳の色を思い描いている。1組が体育をしている時間は窓からその姿を目で追ってしまう。
ふわふわの髪の毛が、走る度にふぁさふぁさと空中に浮く。可愛い・・・・・・。
可愛いと思えるのが辛すぎて、はぁ~と溜息をこぼす。その溜息は甘く低く、質量が重くて口からこぼれた瞬間下へ下へと下っていくようなものだった。
「溜息なんてついちゃってどうしたのぉ~?和馬くぅ~ん 何か悩み事?」
知らない間に授業は終わっていて、俺の目の前には入学してからずっと付きまとってくる女が机に肘を乗せ、悩ましげな顔をしてこちらを見上げている。
何勝手に俺の机に腕乗せてんだよ・・・・・・!! え?それもしかして上目遣いやってる?やってるよね?? 言っておくけど、それ俺にやっても何の意味もないからね。
と、謎の自信ありげな女を、机に頬杖を突きながら無感情に眺め脳内で毒を吐いていた。てか俺すごく口悪くなったな。
すまない目の前の女子。今のはマキの可愛さに対する八つ当たりなんだ許してくれ。
「おーい・・・・・・。って、まじ大丈夫? 和馬くん 和馬くん?」
あまりにもぼーっとし過ぎて、痺れを切らした彼女は俺の目の前に手を
はああ、面倒くさと思いつつ、意識をこちらにもってくる。
「ごめんごめんっ。ちょっと眠かったからぼーっとしちゃった」
そう笑顔で言うと彼女の顔はみるみるうちに赤く染まり、まるで『ポーッ!』と効果音が聞こえてきそうだった。
「いやっ、うちこそごめんっっ! ちょっとお手洗いにっ・・・・・・!」
そう言って自信満々だった彼女は後ろのドアに向かって走り、壊れていて開きもしないドアを数秒焦ったようにガチャガチャと引っ張った後、故障中なのを思い出して再び羞恥で顔を染め、今度はそそくさと前のドアから姿を消した。
あれからマキたちとは、昼食時などに時々交ざらせてもらっている。変わらず黒原のオーラは黒く、だが俺はあからさまにマキに手を出していないので何も言ってこないししてもこない。
俺は紳士だからな。そんなすぐに手を出したりはしないさ。
それとあの分厚い眼鏡男子。あいつからも、少なからず不穏なオーラが漂っている気がする。一度マキをみて口がにやけてたら背後から寒気がして後ろを向いたらあいつがじっと俺を見てたんだよな。地味にコワイな。あれはきっと眼力だ。
猿里八は・・・・・・、まだ俺のマキへの思いに気づいてないな。おそらく。
ま、あいつだしな。
マキとクラスが違うのは悔しいが仕方がないことだ。だからクラスで縛られている時間以外は全力で側にいたい・・・・・・のだが、
授業後を見計らってすぐに生徒に絡まれてしまう。それに俺は、入学式に会話していた男子のグループに所属している体になっており、なかなか邪険にはできないのだ。実質、目をギラつかせて陰で蹴落とし合っている女子たちよりも付きあっていて気が楽は楽だし。猿里八よりは気を遣うけど。
そして何より最近は、部活の勧誘が激しい。主に時間の取れる昼休みに2,3年生が様々な部活動の勧誘に押しかける。俺は非難しようにもまず1人になれないから、いつも巻き込まれるのだ。
そういった理由により、俺はあまりマキの側で時間を過ごすことができていない。
あ、猿里八といるときは誰も近寄ってこないな。あいつも一応イケメンではあるが・・・・・・第一印象がなぁ。つーかあいつ、授業終わったら真っ先に教室からいなくなりやがって。
はあぁー人間と付き合うって面倒くさ・・・・・・と、本日何回目かの溜息を吐く。なんか俺、『面倒くさい』ばっか言ってない? でも、本当に面倒くさいんだもんなぁ。
また溜息が出るのを耐え、先ほど屋外で体育に勤しんでいたマキの姿を思い出す。あっ、幸福の溜息が出そう・・・・・・。
今日のマキも可愛かった。
だが、最近少し気になることがある。マキの顔がどこか曇っているように見えるのだ。ほんの少しの違いだが、人の動きや仕草、“空気”に敏感な俺が見ればすぐわかる変化だ。おそらく黒原や眼鏡くんも気づいてはいるだろうな。猿里八は・・・・・・どうだろうか。
最近のマキは、あの綺麗な目をキラキラと輝かせ屈託なく笑うマキではない。何か、悩み事を抱えている顔をしている。
一体何を悩んでいるのだろうか。力になりたいな・・・・・・
今日最後の授業は、委員会決めだった。皆積極的なのか、順調に人員が決まっていったが、最後の図書委員だけ誰も手を挙げなかった。
話で聞いていたが、図書委員は図書室での昼の時間や授業後の当番がありさらに夏休みなど長期の休みは本の整理を手伝わされるとか。
そりゃあ誰もやりたがらないわな。
俺? 俺はもう体育委員に決まっている。
体育委員は体育の時間前に出て準備体操をやったり、使う物の準備などを行うのが面倒で皆やりたがらない委員会の一つだが、定期的に開かれる委員会会議の数が他のものに比べて非常に少ないのだ。
準備などは面倒くさいが、授業後に時間を拘束されるよりはマシだと思いチャラチャラと手を挙げたら即刻決まった。
いや、実はマキは何に入るかなと考えたところ、元気いっぱいなマキは体育委員っぽいと思い思わず手を挙げてしまったのだが。
マジでマキも体育委員でいてくれないかな~・・・・・・。
教室は図書委員に立候補する奴がおらず、シーンと静まったままだ。
まだ決まっていない奴はかなりいるが、誰もやりたくないオーラを出していて顔を下に向けている。
すると、今まで黙って椅子にもたれていた我がクラスの担任、
「ん~、もう猿里八にやらせりゃいいんじゃねぇ~?
寝てる奴が悪いんだぁよ」
と零した。
必死で回避しようとオーラを出していた生徒たちは、その言葉にパアァッと顔を輝かせて、前に出て黒板に記録をとっている学級委員に全力で首を振っていた。
眼鏡を掛けた、いかにも真面目そうな学級委員の男子が溜息をひとつつき、図書委員の人員の空白に猿里八と記した。同じく学級委員のこれまた真面目そうな眼鏡女子が、黒板の記録を必死にノートに写している。
そして、委員会決めは無事に終わったのだった。
授業が終わった後、眠りから覚めた猿里八が黒板を見て『はあぁ!? なんで俺が図書委員なんだよ!!』と騒いでいたが、皆見て見ぬふりをしていた。
HRも終わり、各々が先ほど決まった委員の初会議のため決められた教室へと向かう。
授業が早めに終わったため、向かった教室にはまだ誰もいなかった。
さて、マキはこの委員会なのか・・・・・・
そのとき、ふと『直接マキに聞きに行った方が早かったんじゃ』と思い、自分の馬鹿さに呆然とした。
心のどこかでマキは絶対俺と同じ委員だと決めつけていたのだ。なんて根拠のない自信なんだ恥ずかしい。
それにマキが教室にいるのではないかと楽しみで、早足で俺1人来てしまったが、今までだったらもう1人の体育委員の女子と共に来ていたはずだ。
まったく、恋はこうも人をバカにさせるのか・・・・・・
期待虚しくも、マキは体育委員にはならなかったらしい。残念だ。
委員長、副委員長もさっさと決まり、第一回目の会議は15分という速さで終わった。1年生の委員たちはそれぞれ自分の気になる部活動の仮入部へと向かっていった。俺はまだ部活動なんてなんにも考えておらず、どこか覗きに行く気にもなれなかったため、もう帰ろうと鞄を背負い外に出た。
そして俺は、部活を覗かず素直に帰ろうとした自分を褒めた。
だってそこには、あんなにも頭の中を占領していたマキがいたのだから。
帰ろうと廊下を歩いていたら、中庭のスペースにぽつんと1人でいるのが窓から見えたのだ。
靴を履き替えて近づき、少し離れた場所で様子を窺ってみる。
きっとマキは委員会には入らなかったんだ。だって、体育委員より早く会議が終わる委員会なんてないからだ。
あ~あ、ヘタに入らなければよかったなぁ。委員会。
だったら他の奴らがいない間、マキを占領できるのに・・・・・・
見たところ、黒原と眼鏡と猿里八を待っているのだろう。
なんだか冴えない顔をしているな。やはり、なにかに悩んでいるのだろう。
するとマキは隅に造られた花壇の花を見つめて、
「はぁーーーー」
大きな溜息をついた。
話かけようとドキドキしていたら、気持ちの準備より体の方が先に動いてスタスタとマキに近づく。
そして真横まで来たが、マキは俺に気がつかないままだ。少し寂しいが、それほど悩みが深いのだろう。
「どうしたんだ?そんなに大きな溜息をついて」
声をかけて、話を聞こうとベンチへ向かう。
ついいつもの癖で肩を抱いてしまった。
手を置いた瞬間『何をやっているんだ俺は!手が早い!!手が!』と内心パニクったが、こんな機会でもないとあの黒いオーラ出す奴らのせいで触れることができないと思い、ラッキーだと思うことにした。
強いと噂だが、見た目と違わず体が細い。細いが、薄いというわけではない。肩も、薄くはなく、俺とか黒原、猿里八に比べたら細い方だけど、ふっくらと肉がついていて、触っていると気持ちが良い。
あ~~、かわいい~・・・・・・
本当に、マキと一緒にいると俺はバカになる。
マキに暖かいココアを渡し、話を聞く。
マキは、家庭部に入るかはいらないか迷っているらしかった。
でも、本人はすごく入りたいと思っている。ように見えた。
たぶんマキは家庭部に入りたいんだと思う。
色々入れない理由を言ってはいるが、実際のところはそうだ。
人の目が気になるというのは共感できる。だって俺も、ずっとそうしてきたから。人の目には自分はどう映っているのか、兄に訳もわからず避けられ続け人と接することに自信をなくしたとき、無性に気になりだした。だから、皆が見ている俺を演じてきた。必死で。正直、面倒くさいことを『面倒くさい』と言える様な人間になりたい。だって楽じゃん。
エプロンとかすごく似合うと思うけど、マキ本人は周りの反応が気になるらしい。おそらくいつも共にいる人間の反応にも少しだが恐れているように感じる。
だけど、その理由だけじゃないような気がする。
なにか他に、部活に入ることで不都合なことがあると、そんな風に感じられた。
でもまあ、マキが話したいことだけ話せばいい。
マキの話を一通り聞き終わった後、俺は実直に思ったことを言った。
だって背中押してあげないと、マキは本当に自分がしたいことをできないと思ったから。
「やるかどうか迷った時はやる。やらない後悔よりやった後マズった時の方が自分に納得できるしな。これ、俺の座右の銘な」
まるで、自分に言い聞かせているみたいだ。
いつからか、諦めた兄とのコミュニケーション。
兄を抱きしめたいという願望。
俺を避ける理由は何か。
マキは、それは清々しい顔をしていた。これでいつもの可愛いマキだ。
悩んでいるマキも可愛いかったけどね。
これでマキの悩みは解決だろう。きっとあの3人にも背中を押して貰える。
俺が思うに、マキの悩みはもともと悩みなんてものにはならなかったのではないか。だって、3人に率直に思っていることを告げていれば、案外あっさり選択できたかもしれないから。
ま、3人にも相談できなかったことを俺にだけ打ち明けてくれたっていうのは、嬉しかったけどね。
さて、やらずにする後悔よりやってする後悔ね・・・・・・。
俺ももう一度やってみるかな。
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