第14話
「ええ、シルフィさんでなければ鑑定はできないでしょう」
「ふむ……異界の漂流物か」
「さすが、ご明察ですな」
「漂流物?」
俺が横から口を挟むと、シルフィが答えた。
「大きなくくりで考えれば、我も漂流物だ。原因はわからんが、稀に異界からこの世界に流れ着く物や人の事を言う」
「なるほどなぁ……あ、すみません、話の途中で」
九石さんが「構いませんよ」と仏のような笑みを浮かべる。
「で、物か人か?」
「人ではありません、ある国の古物商から買い取った物でして……各国の専門家達に調べさせていたのですが、皆お手上げのようで困っております」
「まあ、別に鑑定するくらい構わん。だが我とて全能ではない、望む答えは出せぬかも知れんが……きっちり100万は貰うことになるぞ?」
「ええ、もちろんですとも! そうですか、やっていただけますか! いや~これはありがたい!」と、九石さんが鼻息を荒くする。
すげぇなシルフィ。
こんな大物にも一歩も引かねぇ……。
「それで、物は?」
「まあまあ、鑑定していただけると決まったのであれば、そう急ぐ必要もないでしょう。私としては是非、お二人に当家で日頃の疲れを癒やしていただきたいと思っております」
「ほぅ……?」
「ひとまず、当家自慢のスパなど楽しまれてはどうですかな?」
「「スパ?」」
* * *
「うひょー! 最高!」
「ほほぉ~! これは愉快だな!」
まさか個人宅にウォータースライダーが設置されているとは!
しかも、リゾートプールにあるようなデカいやつだ!
勢いよく下のプールに到着する。
「ぷはーっ! 気持ちいいー!」
「と~ちゃーくっ!」
水着姿のシルフィが俺に飛びついてきた。
「うおっ⁉」
「ははは! どうだ森田!」
シルフィに水の中に沈められる。
「ぶはっ! やったなこいつ!」
「ははは! 我に勝とうなど千年早いわ!」
何だこれ……楽しい。
世の中にこんな楽しいことがあったのか!
しばらくシルフィとじゃれ合った後、俺達はプールサイドの白いデッキチェアに横になった。
「ふぅー、疲れた~……」
「やれやれ、森田はだらしがないな」
そう言ってタオルで髪を拭きながらシルフィが笑った。
水着姿なのは良いとして、俺はその笑顔が直視できず思わず顔を逸らしてしまう。
ば……お、俺は何を意識してんだ!
慌てて誤魔化すように言った。
「な、何だよここ……本当に渋谷か? マジでこんな世界があるんだな」
「うむ、なかなか良い家だ」
その時、執事の橘さんが飲み物を持ってやって来た。
「こちらノンアルコールカクテルをお持ちしました、お口に合いますかどうか」
「うわー、ありがとうございます!」
「これは美味そうだな」
白い花が飾られたグラス、夏らしい青色のカクテルだ。
ストローで一口飲む。甘酸っぱくて美味しい!
柑橘系の爽やかな後味が口に広がる。
「これはさっぱりしてて美味しいですね!」
「うむ! 気に入った!」
「ありがとうございます、作った者も喜びます」
橘さんは嬉しそうに眉を下げた。
「いかがですか? 当家のウォータースライダーは?」
「いや、凄いですよ! 入場料取れるレベルです」
「はは、それはそれは。他にもサウナや岩盤浴、ジェットバスも一通り揃えてございますので、ぜひお試しください、では何かございましたらお近くの者に何なりとお申し付けください」
そう言って橘さんは静かに会釈をすると、その場を離れた。
* * *
「ふぅ~食った食った! もー食えねぇ!」
「我もだー!」
二人でベッドに大の字で横になる。
それでもベッドの広さにはまだ余裕があった。
あれからサウナにジャグジーにと散々堪能した後、夕食をごちそうになった。
若いから肉が良いだろうと九石さんが市場には出回ってないという幻の和牛肉を用意してくれていた。何でも専用の牧場を経営しているらしい……どんだけだよ。
ん……そういや、いつの間にか泊まる感じになってるけど……。
ふと、隣にシルフィがいることに気付く。
え? え⁉ ちょ……同じ部屋⁉
いや、流石にそれは……。
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「は、はい! どうぞ」
静かに扉が開く。
橘さんが顔を見せ、「お休みのところ失礼致します、シルフィ様、主人が『物』を見せたいと申しているのですが、いかが致しましょう? 今日はお疲れでしょうし……明日になさいますか?」と訊ねた。
「いや、構わん。行こう」
「ありがとうございます、ではご案内致します」
「うむ」
シルフィがベッドから降りる。
「森田、お前はゆっくり寝てろ」
「あ、うん……そうするよ」
二人が部屋を後にする。
スマホに手を伸ばそうとするが、猛烈な睡魔に襲われ、体が言うことをきかなかった。
昼間のプール遊びのせいか、疲れが出たのかな……。
瞼が勝手に降りてくる。
ちょっと、はしゃぎすぎたか……。
いやぁ、楽しかったなぁ……。
明日も遊べたら……。
……。
* * *
部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、シルフィは懐かしい感覚を覚えた。
(これは……かなり古い魔術式だ、こちらの世界のものではないな)
橘は平然とした様子で紅茶を淹れている。
(九石の姿は見えないが……一体、何のつもりだ?)
一見普通に見える室内であったが、幾重にも結界が張られていた。
シルフィが本来の魔力を有していれば、それは子供の遊びのような稚拙な結界であった。
だが、今の彼女にはそれを破る術はない。
(警戒するにこしたことはなさそうだが……)
「こちらの部屋でしばらくお待ちいただけますか? いま九石が参りますので」
「……いいだろう」
そう答えると橘が恭しく礼を取り、部屋を後にした。
部屋に一人残される。
ソファに腰を下ろし、シルフィは紅茶に口を付けた。
九石が持つ漂流物がそれほど危険な物なのか、または何か別の目的があってこのような結界を張っているのか、どちらにせよ、あまり好ましくない状況にシルフィは苛立っていた。
(リリスを呼んでおけばよかったかも知れんな)
窓は二つ、出入り口は一つだけ。
ふと、外が気になりシルフィは窓に近づいた。
カーテンを開け、外を見ようとするが何も見えなかった。
「これは一体……」
外は闇一色。
ベンタブラックをぶちまけたように一切の光が存在しない。
窓を開けようとしても鍵が掛かっているのか、結界のせいなのか、ビクともしなかった。
(しまったっ……!)
慌てて扉を開けようとするが、こちらも全く開く気配は無かった。
力一杯、扉を叩く。
「誰か! 誰かおらぬのか! 橘! おい、誰かっ!」
シルフィの声が部屋に響くだけで、外からは物音一つ聞こえない。
(やられた……! くそっ、森田は……⁉)
椅子を使って扉を破ろうとするが、椅子の方が砕けてしまう。
(窓も、壁も同じか、どうやら完全に……閉じ込められてしまったようだな)
シルフィは拳を握りしめ、扉を睨み付けた。
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